第45話 いま、来たところ

「いってきまーす!」

「いってらっしゃい」


 ドアの向こうで、シアの出かける声が聞こえ、玄関の扉が閉まる。

 それを確認してから、こちらも出かける準備を始める。

 シアがおしゃれするのなら、普段どおりというのもしまらない。

 真新しいベージュのスラックスとネイビーブルーの襟のあるシャツを着込む。

 一応、持っている新しい服で、それなりに落ち着いて、かっこ悪くない格好にしてみたつもりだが、女性の視点というのはわからない。

 お互い部屋着を見せているような状態だから、どんな服装でも幻滅されることはないはず。


 ――ホントにそうか?


 ふともたげる疑問。

 部屋着を見せているからこそ、逆にデートでの審美眼は厳しくなるのでは?


『部屋着は仕方ないとして……デートまでダサい格好なんて――幻滅』


 ……いや、シアがそういうことを言うわけがない。

 そのくらいわかっているが、もたげた不安はなかなか消えないもの。


「……大丈夫だよな」


 髪も軽く整髪料を使ってまとめる。寝癖がついていたらたまったものじゃない。


「あ、時間」


 そうこうしているうちに、二十分ほど経ってしまったから家を飛び出す。

 このれならアを待たせず合流――いや『シアとの待ち合わせ』に間に合うはず。


「晴れたなー」


 青空の広がる爽やかな陽気は、まさしくデート日和。


 そう、デート。

 自分にとっては初デート。

 シアにとってもきっと初デート。


「……っ!」


 思わず歩く速度が上がる。浮かれている。

 シアも楽しみにしてくれていることに、ワクワクしている。

 急いで走って汗だくになるのも良くないので、早足で駅前まで向かった。



   ◇ 

 

 ――伊池いいけ駅。


 伊池市の玄関口になる駅で、快速が停車することもあり、ほどほど大きな駅だ。

 西口と東口に分かれており、西口は大きなロータリーがあり、東口を出ればすぐ商店街がある。

 俺たちの待ち合わせ場所は東口。駅前広場には、花壇が整備されており中心には大きな時計がある。『駅前時計』という身もフタもない呼ばれ方をしているその周りが定番の待ち合わせスポットだ。


 休日ということもあり、駅前には多くの人が行き交っている。

 俺たちの通う新栄高校だけでなく近くに大学もあるから、学生が多い気がした。


 そして駅前時計の花壇の利用して作られたベンチに座っているのが――


「…………♪」


 通り過ぎる人が、老若男女問わず思わず振り向くほどの美貌。

 楽しそうに宙を見上げ、小さく鼻歌を歌っているのか、身体を軽く揺らす姿。

 美女にありがちな近寄りがたさよりも、微笑ましさがあふれる少女。


「シア」


 ネイビーブルーを基調にしたワンピースに、ホワイトベージュのカーディガン。

 髪はいつもの下ろした髪型ではなく、後ろでまとめている。

 きっちりまとめているのではなく、あえてルーズにお団子をくずしているためか、ストレートな髪なのに、カールがかかっているような印象だ。

 白い首筋からのぞく艷やかうなじも、初めて見る美しさ。

 大人っぽさの中に、可愛らしさや柔らかさがあり、ものすごく新鮮。

 思わず目を奪われる。


「あっ♪」


 俺を見つけたシアの顔がぱっと輝く。


「やぁ」

「来てくれた♪」


 間の抜けた挨拶しかできなかった俺に、立ち上がるとシアが微笑みかけてくる。

 そうだ。デートは始まっている。


「えっと……ごめん、待った?」

「あっ……ふふふ、いま来たところ♪」


 お望みの台詞が言えたからか、シアが満足そうに頷いてくれる。


「ヒツジくん、やっぱりその格好だったんだ。うん、かっこいいよ」

「サンキュー……って、『やっぱり』?」


 シアの確信めいた言葉に聞き返す。


「昨日準備してたから、きっとその服なんだろうなーって思ったの。

 ねっ、見て見て!」


 シアが手を広げて、自分の服装を見せつけてくる。


「どう?」

「なんか、新鮮すぎて」

「うん」

「びっくりして」

「うん!」

「可愛い」

「ふふふ……それだけ?」

「えっ?」


 シアがイタズラっぽく問いかけてくる。


「てっきり、パーカー姿とかそっちかと思ったけど、綺麗な服装で驚いて。それに髪型もいつもの下ろしてるのと違って……普段もいいけど、今もいいというか……」

「あは……そっかぁ」


 あれ?

 シアがはにかんでいる。明らかに照れてる。

 俺のそういう発言を望んでたんじゃないのか?


「あ、いや……」


 というか、俺、かなり思ったことをストレートに言ってなかったか!?


「その、ね。服の色がおそろいって……それだけだったんだけど」

「あ」


 言われてみれば……今日の俺たちの服装は似たカラーだ。


「でもヒツジくん、私の言って欲しいこと、いっぱい言ってくれたね」

「いや、『それだけ』っていうから、てっきり!」


 頬が一気に熱くなる。

 せっかく汗をかかないように歩いてきたのに、一気に汗ばんでくる。


「照れない照れないっ、私は嬉しかったんだから♪」

「……まぁ、似合ってるよ」

「よかったぁ」


 観念して伝えればシアがまた目を細め、はにかんでくれる。


 ……まぁ、デートだしいいのか。

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