第3章 『二人の午後』
第14話 『恋人』のラーメン、その味
『ラーメン作る?』
シアがそう言ってくれたので、お言葉に甘えて作ってもらった。
インスタントラーメンの味噌味。
ベーコンと玉ねぎ、人参とキャベツをごま油で炒めたものとゆで卵が乗せてある。
「ありがとう、いただきます」
「いただきまーす♪ ……ドキドキ」
シアが、わざわざ心音を口にしてアピールしてくる。
女の子の手料理だから、当然、期待はある。
味噌のスープに麺を絡め、ラーメンをすする。
この味は――
「どう? 遠慮なく言ってくれていいのよ」
「……普通」
あれぇ……?
こういうのはすごい美味いか、見た目に反して個性的な味かの二択だと思ったが、申し訳ないがとても普通だ。
自分が作ったものと、そこまで違いはない。
むろん美味しいが、『遠慮なく』と言われたので素直に答える。
「えーっ、こういう時は嘘でも美味しいって言うものよ」
「じゃ、『嘘でも美味しい』」
「もーっ、使い古された冗談はやめなさいってばー♪」
そのまま返せば、シアが口をとがらせるが、楽しそうだった。
「ごめんごめん、ちゃんと美味しいよ」
「ホントに?」
「インスタントラーメンとしては十分」
「なーんか、引っかかる言い方ー……つるるっ、うーん」
自分でもラーメンを食べながら、シアが首をひねる。
「普通ね」
「認めるのか」
「自分で作ったものだからね。判断は冷静に……でも、おかしいなぁ」
ラーメンをもうひと口すすって考え込む。
「愛情はたっぷり込めたつもりなんだけど、やっぱりそういう曖昧なものだけじゃ、美味しくはならないかー」
「愛情?」
「意外そうに聞いてくるなんて心外だわ。恋人に食べてもらう料理に、愛情を注がないなんて論外でしょう? 料理は愛情。誰でも知ってることよ」
「……まぁ」
シアに恋人と断言されると、まだ慣れない。
俺から告白したわけだけど、『恋人』を強調するのはシアの方。
グイグイ来られると、戸惑いが先に立ってしまう。
「あら♪」
そしてシアは勘がいい。
俺の反応から、こちらの心情などとっくにお見通しなのか、目を輝かせる。
「ふふ……そうね。恋人なのに大事なこと忘れてた」
言いながらベーコンを一切れ箸でつまみ上げると、俺の口元へと持ってくる。
「はい、あ~ん♪」
「えっ」
「なぁに? おかしいことはないでしょ。愛情を込めるならこれも定番よ」
イタズラっぽくニヤリと笑い、シアが見つめてくる。
「ほーら、ジューシーなベーコンだぞー。4切れしか入れなかった貴重な1枚を、恋人にあ~んしちゃおう♪」
「そこまで貴重なら、シアが食べればいいさ」
「そんな! 私のこの愛、ヒツジくんわからないかなぁ……♪」
悲しそうな顔をしたいのかもしれないが、口元はしっかり緩んでいる。
「それに今日の朝、あ~んしてくれたのはヒツジくんの方でしょ?」
「あれは、シアがして欲しいって言ってたから」
「そ。だから今度は私がしたいの。するのが良くて、されるのが嫌だなんてヒツジくん、不公平よ」
「どんな不公平だ」
「細かいことはいいっこなし! さ、あ~ん♪」
また差し出してくる。
程よく焼き色が付き、味噌のスープが滴るベーコン。
シアみたいな可愛い子が『あーん』してくれる。
憧れる人は山といるシチュエーションだろう。
「はぐっ」
……俺も、例外ではなかった。
「ふふふ、美味しいでしょ?」
「……美味い」
普通に美味しいインスタントラーメンだった。
こうやって食べると恥ずかしくて照れくさくて、味なんてよくわからない。
なのに、『美味しい』と思えてしまう。
「なるほどなるほど……料理は愛情ってこのことね。
こうやって美味しくすれば良いんだ♪」
「何か間違ってる気がする……」
「あら、そうかしら。食事は美味しいものを食べることが喜びでしょ?」
「そりゃね」
「だったら、一番美味しく食べられる方法が間違ってるはずないじゃない」
「ま……そうか」
クスクスと笑いながら断言されては、こちらも否定する言葉がない。
口では到底、『恋人』に勝てないことを思い知らされる。
「クスッ♪」
「はは」
でも、それが嫌じゃなくて楽しいのも、新鮮だった。
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