第15話 もし、ここに泊まらなかったら

「はー、食べた食べた……食器洗ってくれて、ありがとね♪」

「作ってもらったのは俺だし、片付けぐらいやるさ」


 ラーメンも食べ終わり、ほうじ茶を淹れてひと息入れる。

 俺は座布団を敷いて床に座り、シアはベッドの上に座っている。

 帰宅時もそこにいたし、彼女の中ではベッドの上が定位置となったらしい。


「紅茶とか、カフェラテとかのほうが良かった?」

「んーん。こういうのも好きよ。美味しー……」


 ほうじ茶をすすり、力を抜いた姿は溶け出しそうなほどゆるい。

 この部屋ですっかりくつろいでいる。


「なーに?」


 俺が見ていることに気づいたシアが、視線だけ向けてくる。


「俺より、この部屋に馴染んでるみたいだ」

「ふふ、今日ずっとここにいたし……それにこの部屋、すごく過ごしやすいの」

「へぇ……」

「『へぇ』じゃなくて『どうして』って訊いて?」

「ん? ……『どうして』」

「恋人の部屋だから♪」


 臆面もなく言ってのけた『恋人』は、楽しげにクスクスと笑う。

 明らかに狙った言葉でも、こちらの心はざわつくもの。

 たなごころの上で遊ばれている。


「俺がカッコつけてるってシアは言うけど、シアの方がよっぽど大胆だ」

「そうかもね」

「認めるのかよ」

「だって私の気持ちを伝えれば、ヒツジくんが喜んでくれるって信じてるし」


 シアは自信満々に断言すると、流し目で見つめてくる。


「違うかな、ヒツジくん?」

「そーだけど」

「でしょでしょ♪」


 ぶっきらぼうに返した俺の言葉に満足したのか、澄ました笑みでお茶をひと口。


「はー……ホント、ヒツジくんの部屋に泊まれてよかったぁ」

「そういや昨日、うちに泊まれなかったらどうするつもりだったんだ?」


 シアがここにいる事情はともかく、あの時間に家に帰らないのなら、どう一夜を明かそうと考えていたのか。


「適当に……一晩ぐらいなら、ベンチでも眠れたでしょ」

「えっ! いや女の子には危険すぎるって。門井さんとか、そういう友だちの家を頼ってもよかったんじゃないか?」

「そうね……でも、気が引けちゃって」


 シアが困ったように苦笑いをする。

 シアがこうしていることを、周りは知らないのか。


「そういや門井さん、連絡来てないって言ってたな」

「あっ、連絡ならしたよ。二度寝して反応できなくて、ごめんって」

「そんな理由か……」


 朝のシアを見れば納得できるものの、ひどい理由だった。


「あはは……コトちゃんには明日、ちゃんと謝らないとね」

「今、ここにいることは門井さんも知らない?」

「ええ、まだ誰にも話してないから。それに事情を色々聞かれそうだし……ね」


 友だちなら心配して、シアに話を聞こうとするだろう。

 そうなれば『覚悟』してもらうことになるから、ためらっているのだろうか。


「ヒツジくんの家に泊まれなくて、ベンチで寝るのもダメなら……うーん、誰かその辺の人でも捕まえたかも?」

「え?」

「いるでしょ。そういう困ってる女の子を泊めてくれる人って」

「でもそれって、つまり」

「そうよ。運が悪かったら、学校には二度と行けなかったかも。毒牙に掛かる可能性もあるし」

「いや、シア――」

「みんながヒツジくんみたいじゃないもの」


 話を止めようとしたが、シアは軽い調子で語り続ける。


「欲望のおもむくまま、ケダモノみたいに、イケナイことされちゃう――」

「――やめろって」


 想像したくない内容に、思わず強い声が飛び出した。

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