第13話 聖女で魔女、つまり悪女

 笑う。

 シアが笑う。


 同じ年の少女が見せるには、あまりに不釣り合いな艶笑。

 あたかも十歳も年上の、人生を重ねた女性が見せる笑みのようにも思える。


「シア――」


 それ以上、言葉が継げない。

 軽い調子で聞いたら、とんでもない破壊力の返答が来たのだから動揺もする。


『人生を捧げる覚悟』


 あまりにも現実離れした言葉に『冗談なのか?』と思ってしまう。


「やっぱり悩んじゃうよね」


 そんな俺の考えに気づいているのか、いないのか。

 シアがおかしそうに、口元を緩める。

 いつもの調子のシアなら、あっさり『冗談よ』と笑ってくれそうな気がする。


 でも――


「クスッ」


 口元は笑っているのに、目は笑っていない。

 動揺した俺の顔を映し出すだけの瞳。何を考えているのかわからない。

 嘘をつかない――シアはそう言っていた。

 だとしたら、これはシアの本心?


「――いいのよ」


 黙った俺にシアがポツリと呟き、手を伸ばしてくる。

 朝、俺の首元を整えてくれたように、ネクタイを指先でつつく。

 そのまま、指は俺の首筋を撫でる。

 汗をかいたサイダーを持っていた指は湿っていた。

 そのせいか、首筋を舐められているような錯覚におちいる。


「覚悟だなんてドン引きよね。私だったら引いちゃうかなぁ……。

 だから、覚悟する必要はないわ」


 優しく囁かれる。 

 それは贖罪を受け入れる聖女のようにも、契約できずに残念がっている魔女のようにも思えた。


「でももし、覚悟ができたらいつでも話すわ。

 さっ、お腹空いたでしょう? ラーメンでも作ろっか」


 いつもの楽しげな表情に切り替えたシアが、俺の横を通って流しへと向かう。

 これ以上、踏み込んでくるなという警告なのか。

 それとも、覚悟をして欲しいという願望なのか。

 『恋人』の考えはわからない。

 けど――


「シア!」


 思わずシアの手を取った。

 なにか、そうしなければいけないような気がした。


「なぁに? 無理しなくていいのよ」

「そうじゃなくてさ。ありがとう」

「えっ?」


 振り向いたシアが目を丸くする。

 それだけで、彼女の顔つきは一気にあどけないものに変わる。


「お礼なんて言われること、してないけど」

「ちゃんと、俺が考える時間をくれてるじゃないか」

「私の事情だもの、決まってるでしょ」

「それでも嬉しいって」


 言ってから思う。

 また、カッコつけた台詞を発してしまったと。


「……ん。それなら、良かったかな。ありがと」


 でも、シアは嘲笑わらわなかった。

 俺が握った手をきゅっと握り返し、どこかホッとしたように、はにかんでくれた。


「でも一つ訊かせてくれ」

「一つと言わず、いくつでもいいのに」

「シアはここにいて、何の問題もないのか?」


 覚悟するほどの事情があるのなら、この部屋にシアがいるのも問題が出てくるかもしれない。それだけは確かめておきたかった。


「それは大丈夫。ヒツジくんが良いって思ってくれる限り。ここにいたいな」

「じゃ、問題ない。その……『恋人』だから」

「ぷぷっ、またカッコつけたこと言った」


 シアが吹き出す。

 時間差でからかってきた言葉に、照れくさくなる。


「シアだって、俺のこと恋人だ恋人だって言ってるくせに」

「それもそうね。ごめんなさい。ヒツジくんったら、妙なところで真っ直ぐだから」

「笑えるって?」

「うぅん、安心する」


 シアが目を細め、安堵したように体の力を抜く。

 きっと言葉通り。シアは嘘を言っていない。 


「それじゃ、あとは待ってもらうしかない」

「ええ。ヒツジくんがどんな結論を出すか、楽しみね」


 シアが不敵な笑みを見せ俺も笑う。

 きっと今はこれで十分――そう思えた。

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