第12話 『恋人』、問う

「ただいま」

「おかえりー。お昼まだよね。私もだから、ラーメンでも作る?」


 放課後まっすぐ家に帰ってくれば、まだ昼過ぎ。

 部屋にはシアは――いた。

 昨夜、出会ったときと同じパーカーとスラックスに着替え、長い黒髪をしっかり整えている。いつでも外に出られそうな姿でベッドに座り、スマホをいじっていた。


「どこかに出かけた?」

「うぅん、ずっと家」


『帰ってくる頃にはちゃんとしてる』と言ったことを守ってくれたのか。

 有言実行――それとも『俺のしたいことを否定する気はない』の言葉通り、俺の言ったことを守ってくれたのか。


 ――だとしたら、この問いは?


「『九条』……シア?」

「えっ?」


 もし違っていたら、かなり勇み足の行動だ。


「どうしたの? かしこまって私のこと、フルネームで呼んで」


 あっさり頷かれる。

 シアの今までの言動を考えれば、驚くことではないかもしれない。


「それじゃ、門井琴……って知ってるか?」

「コトちゃん? うん、去年一緒のクラスだったし。

 あっ、もしかしてコトちゃんと同じクラスになった?

 私は? 私は何組?」


 シアの質問に、もう一つおぼろげだったものが確信に変わる。


「俺と同じ5組」

「わっ、同じクラスなんだ。やった! よーし、お祝いしよー♪」


 冷蔵庫に向かうと、コーラとサイダーを取り出してくる。


「ほら、カンパーイ」

「いや、そうじゃなくて!」

「え、カンパイしちゃダメ?」


 右手にサイダー、左手にコーラを掲げながら、シアが首をかしげる。


「それはいいけど」

「じゃ、カンパーイ!」


 ぱっと笑顔になったシアが俺にコーラを渡し、自分はサイダーのフタを開けて乾杯の音頭を取る。

 ペットボトルを打ち合わせると、昨日の夜と同じ、ぼふ、と気の抜けた音がした。


「んく、んくぅっ、はー……はふっ、えふ、えふっ!」

「また、咳き込んでるし」

「ふふ、だって嬉しいから一気飲みぐらいしちゃうでしょ?」

「嬉しい?」

「ええ、恋人と同じクラスよ。嬉しいに決まってるでしょ。

 ヒツジくんは嫌だった? 私と同じクラス」


 唇のサイダーの雫を指でぬぐってシアが目を細める。

 それだけで、この小柄な少女は大人びた雰囲気に変わる。


「シアは、やっぱり俺と同じ高校なんだな」

「ヒツジくんの制服見たらピンと来たけど、別に聞かれなかったし」


 またシアが平然とした様子で頷く。

 言われてみれば、どこの高校かは聞いていなかった。


「そっかー、クラスメートになれるのなら、明日は高校行くのも良いなぁ」

「え、学校に行けない事情があるんじゃないのか?」

「別にないよ」


 これまた、どうということはない様子でシアが首を横に振る。


「ほら、始業式って休んでてもなんとかなるじゃない。授業の内容に遅れないし、校長先生の長話を聞かなくてもいいし、起きるの大変だし……だったらサボっちゃってもいいかなーって」

「そんな理由か……」


 ただのおサボりの告白に脱力する。


「それじゃ、家出してるのも、もしかして『なんとなくで』?」


 シアのこの軽い調子だとあっさり答えてくれそうで、ずっと聞けなかったことを、聞いてしまう。


「――クスッ」

「あ……」


 シアは俺の言葉に小さく口の端を上げる。

 この表情を知っている。

 夜桜を見上げた時に見た、笑顔とも憂いとも取れない表情。

 何か、強い想いを覆い隠すような――かんばせ


「……聞きたい?」


 言葉は弾み楽しげなのに。

 なぜか、それ以上のきしみを感じる。


「――まず、本当に私は家出、なのかしら?」

「えっ?」


 そうだ。シアは『泊めて欲しい』と言っただけで、自分が家出しているとはひと言も口にしていない。


「ふふ……そうよね。ヒツジくんだって気になるよね。

 私がどうしてあの夜公園にいて、誰と待ち合わせしてたのか」


 シアがサイダーをひと口飲む。

 そして、小さく吐息を漏らす。

 自分の中にある言葉をおくびに混ぜて、吐露するようだった。


「ヒツジくんになら、話していいわ。でも、そうしたら本当に『責任』をとってもらうことになるの。その覚悟はあるかしら」

「……覚悟?」

「ええ――」


 ペロリと舌なめずりをするとシアが俺の顔を覗きこむ。

 口元を、悦ぶような笑みに歪め。

 瞳を、俺の顔を映し出すだけの感情の無い鏡に変えて。

 囁くようにか細く、祈るようにはっきりと。


『問い』を、紡ぐ。


「――ヒツジくんの人生を捧げる覚悟」

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