第11話 そのクラスメート、不在

「――それじゃあ、自己紹介をしようか。出席確認もかねて、出席番号1番の人から順にお願いするよ」


 教室で始業式前のLHRにて、担任がそんな提案をする。

 2年5組担任となった一守いちもり先生は三十代後半。

 メガネをかけた、ひょろっとした印象のある男教師だ。

 優しい性格と穏やかな物腰、さらに授業がわかりやすいので、生徒受けは良い。

 先生の言葉に姓が『あ』から始まる人より挨拶が始まる。

 新谷、安藤、飯山、上田、榎本……順々に、部活動や趣味など自分のことを話していく。

 

「――おうぎ直久なおひさ。映像研。去年の文化祭で旅行のムービー流したけど見てくれたやつもいるんじゃないか? え、見たことない? それはもったいない! 今すぐ、そこのテレビに繋げるからぜひ見て――」


 まくしたてるのは、去年も一緒だったオギやんだ。

 がっしりした体格から運動部系に見けるけど、本人の言う通り映像研。

 自他ともに認める目立ちたがり屋だから、当然自己紹介にも熱が入る。


「――門井かどいこと。剣道部所属。趣味は……料理かしら。最近はレシピ動画を見て作るのに凝ってるかな。よろしくお願いします」


 長々話すオギやんの言葉をさえぎって、後ろにいた女子が立ち上がり言い放つ。

 ポニーテールで髪を結い、背筋を伸ばす凛としたたたずまいは、実に『侍』と言った雰囲気がある。


「え、オレまだ話してるんだけど……」

「まだ後ろの自己紹介が詰まってるのよ。このまま聞いてたら始業式がはじまるし、手短にすませなさい」

「あんだと?」


 正論ではある。

 でも、言葉自体にトゲがあるから、オギやんも振り向いて睨みつける。


「まぁまぁ、皆に自己紹介はしてもらいたいからね。扇くんの話は、放課後、興味のある人たちと話す……これでどうかな? その時は僕も聞きたいね」

「ま……そうっすね」


 一瞬、険悪な空気が流れるが、先生の仲介もあってオギやんも引き下がる。


「うん、扇くんも門井さんも自己紹介ありがとう。

 次は――ああ、九条くじょうシアさんか」

「え?」


 九条――『』?


 耳慣れた響きに思わず門井さんの後ろの席を見る。

 その席には、誰も座っていない。空いている。

 休みなのか。


「うーん、九条さんから連絡が来てなくてね。九条さんから何か聞いてる人はいないかな?」

「――いません」


 門井さんがすぐに反応する。

 先ほどより声が冷たい。


「え、いや、お前さんが聞いてなくても、他の人が聞いてるかもしれねーだろ」

「私に連絡来なかったんだから、他の人に来てるはずがありません」

「あ、はい……」


 オギやんの言葉にも、門井さんはっきりと断言した。

 九条シアと……知り合いなんだろうか。


「そ、そうかい……もし、何か知ってる人がいたら教えてね」


 先生の言葉を聴きながら、不在の席を見つめる。


 ……『彼女』なのか?

 そんな偶然があるのか?


 シアが『九条シア』で、俺と同じクラス?

 その真実を早く確かめたい。しまった。

 スマホの連絡先ぐらい、聞いておけばよかった。


「――あれ? 日辻くん。次は君だよ」

「あっ、はい」


 先生に言われて立ち上がる。

 でも、頭の中に占める『九条シア』のことで、自己紹介にまったく集中できない。


「日辻一郎です。よろしくお願いします」


 結局、そんな自己紹介にもならない挨拶しかできなかった。

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