第10話 新学年、クラス表

 高校まで、ここから自転車で十五分ほど。

 伊池いいけ市は人口八万人ほどの都市だ。

 都会へのアクセスがよく、ベットタウンとして開発が進んでいる。

 新興のマンションと古くからの一軒家が混在する住宅街を抜け、駅前の商店街を通り過ぎれば、新栄にいえ高等学校が見えてくる。

 進学校の一歩手前といった学力の高校だからか、真面目な優等生から外れモノまで多種多様。だが、本当に問題を起こす生徒はいない――そんな評価の高校だ。


 駐輪場に自転車を置き昇降口へ――その前に、人だかりのある掲示板に向かう。

 今日は高校2年になる始業式。

 つまり、クラス替えの発表の日だ。


「あたしは……あっ、2組で……やった! ほら、一緒! 今年も一緒だよー!」

「わわ、俺だけ、別のクラスじゃん……マジかよ」

「え、え? ぜんぜん、知らない人しかいないんだけど……」


 今まで仲の良かったクラスメートと一緒になった安堵や、離れてしまった悲しみ。

 まったく知らない人たちと一年過ごすことになるという戸惑い。

 掲示板の前にはそんな声たちが、ざわめきとなって響き渡っている。


 クラス表は五十音順で書かれている。

日辻ひつじ』の『ひ』から始まる姓を探すなら、一覧の中央から下を中心に見ていくのが手っ取り早い。

 1組、2組名前なし。

 3組、4組、これまたなし。


「あった」


『2年5組』


 これから一年過ごすクラス。

 新しいクラスメートの名前を見ていく。


「あ、ズミーとオギやんも一緒か。こりゃ賑やかになりそうだ」


 見知った名前があると少しホッとする。

 それから、一番上の『あ』行の場所を確認。


「……いないか」


 思わず隣のクラスの一覧も確認していると、トン、と隣の人と肩が触れる。


「あ、すみません」

「いえ――あら」


 1組から順にクラス表を見ていたらしい女子生徒が俺の顔を見て驚く。

 その顔はよく知ったものだった。


「……明宮あけみや

「おはようございます」


 切れ長の瞳で俺の顔を見てから丁寧に一礼をしてくれたのは、去年クラスメートだった明宮心詠こよみだった。


 少し巻いたロングボブの髪は、烏の濡羽色を思わせるしっとりとした艶がある。

 スラリとした長身で、出るところは出て、締まるところは締まるという、高いレベルで均整のとれたスタイル。

 多くの学生が開いているブレザーの前を閉めており、落ち着いた印象がある。

 その大人びた雰囲気から、密かに男女の憧れの的になっている人だ。


「お久しぶりです」

「ああ、久しぶり。元気だった?」

「それなりに……引っ越し、されたと聞いたのですが」

「ああ、誰かに聞いた? 昨日引っ越しが終わってさ。でも今住んでるところは、前の場所とそんなに離れてないかな」

「でしたか……話を聞いて、びっくりしました」

「ごめん。急に決まって、春休みに会ったやつにしか話さなかったから」

「いえ、お忙しい中でしょうから気にしてません」


 淡々と話す明宮の表情から、本当に気にしてないのかどうかはわからない。

 クールビューティを地で行く彼女だから、顔に出ないのは知っている。


 それでも――いや、今さらか。


「日辻さんは何組ですか?」

「俺は5組」

「5組……私は1組です」

「あ、けっこう離れたな」

「……ええ」


 明宮が自分の頬の辺りの巻いた髪を軽くいじりながら頷く。

 頭の中で色々考えている時に、よくやる仕草。

 1年の時もよく見た、彼女の癖だ。


「5組は、中住なかずみおうぎも一緒みたい」

「1組だと、伴野とものさんと相田あいださんが一緒です」

「そっか。明宮は二人と仲良かったから、良かった」

「……ですね」


 そのまま二人、無言になってしまう。

 周りの生徒はクラス表を見ながら一喜一憂して騒いでいるのに、俺たちだけやけに静かだ。


「私、確認終わりましたから、教室へ行きます」

「ああ、それじゃ」

「はい、また」


 頭を下げる明宮に軽く手を振る。

 彼女が昇降口に入るのを見送ってから、俺も教室へと向かった。

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