第5話 お風呂上がり、『恋人』は自然体

「はー、さっぱりさっぱり。ありがとー♪ 一番風呂もらってよかったの?」

「別に、気にしなくて――わわわっ!? なんて格好してんだよ!」

「へ? お風呂から上がったら、いつもこんな感じよ」


 長い黒髪をせっせと拭きながら話すシアは、パステルブルーのキャミソールに黒のショートパンツというラフな出で立ち。

 風呂上がりで上気した鎖骨に、肩から腕にかけてのまばゆいライン。

 スラッとしたいい太ももを惜しげもなくさらしている。


(思った以上にスタイル、いい……)


 パーカー越しだとわからなかった、想像より豊かに盛り上がった胸元。

 そこに釘付けになりかけ、慌てて目をそらす。

 言葉通り部屋着なのだろうが、あまりに警戒心がない。


「ここには男がいるんだから」

「あら、私たち恋人同士なんでしょ。だったら問題ないんじゃない?」

「けど、恥じらいはあったほうがいいだろ」

「あっ、なるほど。ヒツジくんはそう言うのがいいんだ」


 ポン、とシアが手を叩くと、ぺたんとその場に腰を下ろし体を丸めて胸元を隠す。


「ご……ごめんなさい。こんなはしたない格好して……私、恥ずかしい……」


 ポッと頬を染めて、口元を押さえる。

 控えめにこちらを見つめる瞳は潤み、恥じらいをにじみ出しており――


「いや、急にやられても……」


 露骨すぎる過剰な演技に、ときめきもしない。


「あらま。ダメだったかー。

 恋人なんだからヒツジくん好みになりたいと思ってるのになぁ」

「そんな無理はしなくていい」

「わかってないなぁ。彼氏にイイところ見せたいと思うのは恋人のエゴよ。

 ヒツジくんもそうでしょ?」


 ピン、と人差し指を立てると、イタズラっぽい笑みでシアが見つめてくる。

 『恋人』と言われても、まだ実感がわかない。

 でも、シアがこの状況をしっかり楽しんでるのはわかる。


「それは思うけど、シアも俺も、お互いのこと知らないわけだろ。

 変に演じられるより、素のほうが良いところを探しやすい」

「そうかしら?」

「そりゃ、良いと思ったところが実は演じてたところだった……なんて事態は避けられるし」


『恋人』とはいえ、俺たちは見事なほどに初対面だ。

 性格も嗜好もロクにわかっちゃいない。

 だったら、小細工はされないほうがいい。


「ふーん、でも私、イイところゼロかもよ?」

「それはないだろ」

「どうして断言できるのかしら。ヒツジくんの言葉を借りるなら、私たち、お互いのこと知らないんでしょ」

「少なくとも話していて、嫌な気持ちはしない。シアの話し方が良いってことだ。

 ほら、さっそくゼロじゃない」


「ぷぷっ」


 思い切りシアが吹き出す。


「へ?」

「だ、だってヒツジくんったら……もうっ、大真面目にカッコつけたこというから、びっくりしちゃって……ぷぷぷっ」


 笑いはこらえているが、よほどおかしかったのか目尻に涙が浮かんでいる。


「う……そういうヤツなんだよ、シアに告白したのは」


 真面目というより思ったことを言っただけ。

 でも、指摘されると後頭部の辺りが妙にこそばゆくなる。


「ごめんごめん。笑っちゃって。別に揶揄やゆしてるわけじゃないの。

 私もさっそく、恋人のイイところが見つかったって思っただけ」

「ホントかよ」

「もちろん、まっすぐ自分の気持ちを言えるのは素敵なことよ」

「そのわりに、ずいぶんお笑いのご様子だったな」

「ふふ、すねないすねない。私は嘘をつかないことを信条にしてるんだから。

 ね、信じて♪」

「わー……そのセリフがすでに嘘っぽいぞ」


 嘘をつかない人間は、普通、そんな断言したりしない。


「あはっ、そこは付き合ってるうちに判断してもらうとしましょ」

「そうだな、りょーかい」


 偶然となりゆきではあるものの、俺の意思でシアに告白して、シアはそれを受け入れた。

 『恋人』になったのだから、これからだ。


(ぜんぜん、実感ないけど……)


 恋情があったわけでも、惚れたわけでもない。

 もちろん、シアは可愛いと思うし、話しやすい。

 でも、さすがに出会ったばかりで『恋』とはいえない。 


 告白したのは俺自身の気持ちの問題。

 だが、冗談で告白したつもりはないし、『恋人』になりたいと思う。

 色々な前提がおかしいのはわかってる。

 ……でも、そうしたい。


「どうしたの?」


 シアが俺の顔を覗き込む。

 心配そうに見えたのは、俺がそう思いたいからか。


「いや……そんな床に座ってたら痛いだろ。ほら、座布団」

「うーん……こっちでいい?」


 差し出した座布団――ではなく、シアがベッドの縁に腰を下ろす。

 俺の隣だった。

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