第2話 夜に、彼女とベランダで

「へぇ……キレイなものね」


 部屋に入ると、さっそくシアが室内を見回す。

 1Kのシンプルな部屋は、玄関を開けると短い廊下があり、左側にコンロやシンク、冷蔵庫といった調理関係。右側には風呂とトイレがある。

 それなりに街中にある部屋だけど、風呂トイレ別というのはありがたい。


 その奥には、フローリングの六畳間。

 ベッドとこたつ机。向かい合うようにテレビと棚、そしてパイプのハンガーラックと衣装ケースがある。


「引っ越してきたばかりだから。さっき片付け終わったんだ」

「それじゃ、私が最初のお客さん?」

「いいや、二人目」

「そう、残念」


 シアがため息をつく。

 閉じた目元のほくろが、涙のように一瞬見える。


「……一人目は、宅急便のおっちゃんだった」

「ふふふ、なぁんだ」


 目を開いた瞳は、パッと笑みへと早変わり。

 すごく嬉しそうにも、俺の反応を楽しんでいるようにも思える。


「これがヒツジくんの部屋かぁ……」

「あんまり見ないでくれ」


 見られて困るものを置いてないが、それでも落ち着かない。

 約束通り、冷蔵庫からコーラを取り出して差し出す。


「はい」

「あっ、私サイダーがいい」


 冷蔵庫を開いた瞬間に、目ざとく見つけたらしい。


「それとも、コーラ以外はあげない派?」

「どんな派閥だよ。ほい」


 改めてサイダーを差し出す。これでミッションクリアだ。


「ありがと。わっ、すごい。ここから公園、見下ろせるんだ」

「え、ちょっと」


 シアが肩にかついでいた鞄を置くと、ベランダに向かう。


「いいところに越してきたね」


 靴も履かずに飛び出したシアが振り返る。

 サンダルはあるけど、シアに合わせて、なんとなく裸足で俺も出る。

 ベランダの床はひんやりして心地よかった。


「そうかな」

「違うの?」

「引っ越してきたばかりだし、まだわからない」

「そんなの、もうわかるでしょう?」


 シアがサイダーを開ける。ベランダに炭酸の吹き出す短い音が響く。


「いつでも花見ができるんだから、いいところよ。はい、カンパイ」


 手すりに片ひじをついたシアがサイダーを差し出してくる。

 風に巻き上げられた桜の花びらが、目を細めた彼女の周りを舞っていた。


「……カンパイ」


 そんな光景にいざなわれるようにコーラを差し出し、打ち合わせる。

 ビンでも缶でもないペットボトルが、ぼふ、と鈍い音を立てた。


「んくっ、んくっ……えほっ、えほっ……あは、喉がジンジンする」

「一気飲みしたら、そうなるに決まってるじゃん」

「でも、これが楽しくて一気飲みしちゃわない? んくっ、んくっ、んんっ

 ――けほっ、えほっ」

「何やってんだか……」


 容姿は大人っぽいのに、さっきから行動は奔放――じゃじゃ馬だ。

 シアを尻目にぬるくなり始めたコーラを飲む。

 一気飲みじゃなくて、ただ一口。


 変な状況だ。

 今まで接点のなかった少女とベランダで炭酸飲料を飲んでいる。

 眼下に広がる花霞の世界のせいか、どこか現実感がない。

 夢見草におかしな夢を見せられているのだろうか。


「シアの家は近く?」

「うーん、近いといえば近いし、遠いといえば遠いかな」

「なんだそれ、ちゃんと帰れるのか?」


 花見に出たのは午後十時。

 その後、シアと会って部屋に戻ってきたから、俺たちぐらいの年頃が出歩いていると文句を言われる時間だ。


「うーん、そこはヒツジくんしだいかな」

「なんで?」

「簡単よ。とどのつまり――」


「――泊めてくれない?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る