第54話・新学期

 あれから数分後の風見鶏にて・・・・・・奥の席で凪は夏美と向かい合うように座って、お茶を飲みながら膝を交えることにした。


 時間帯も相まって、客は凪と夏美の二人しかおらず、ちょっと声を荒げたところで気にする必要もない。


「で? なんで俺がヨイチとつるむのがそんなに気に入らないんだ?」


 凪の質問に対し、夏美は何の躊躇もなく腹を割って話した。


「兄貴はアタイ同様に友達がいなかった・・・・・・だからいつも兄妹2人で楽しく過ごしてた。親は友達を作れだの兄離れしろだのうるさかったけど、アタイはそれで満足だった」


 それを聞いた凪はなぜ夏美が自身の事を毛嫌いする理由がすぐに解ったが、あえてまだ口をつぐんだ。


「でも、アンタが兄貴の友達になった日から、アタイは孤独になった・・・・・・学校でも家でも……自分の居場所が無かった・・・・・・兄貴を見習って友達を作ろうと思った事もあったけど・・・・・・周りにいるのはアタイを怖がる人間か喧嘩を売ってくる人間しかいなくて、アタイには兄貴しかいないと解った」


 そこまで聞いたところで、凪は固く噤んでいた口を開いた。


「本当にそんな奴らしかいないのか?」


開口一番の質問に対し、夏美は怪訝な顔で「何が言いたい?」と返す。


「確かに異能者を恐れる人間はいるし、それなりに強い異能者に喧嘩を売るアホも珍しくはない。ヨイチはどちらかと言えば前者だが・・・・・・他の奴らとは決定的に違うところがひとつある」


 そんなことを言う凪に夏美は「それは?」と尋ねると、凪はお茶を一口飲んでから答えた。


「ヨイチが恐れるのは異能の力であって、異能者が怖いと思っていないところだ。異能の力は時として善人を狂人に変えることがある。お前が仲良くなろうとして仲良くなれなかった奴らとは無理に付き合う必要は無い。代わりに俺のクランがお前を受け入れてやる」


 友人の妹とはいえ、先ほど殺す気で襲い掛かったのにも関わらず、なぜ自分に対してここまで受け入れてくれるのか? 疑問に思った夏美は「どうしてそこまでアタイを庇う?」と尋ねると凪は湯呑を右手に持ってこう言った。


「親友であるヨイチの妹だってんなら俺の妹分も同然だ。それに「もしお前と喧嘩になった場合は戦わずに逃げてほしい」ってヨイチに頼まれたからな。怪我して欲しくないんだと・・・・・・」


 凪はそう言って、一枚の折りたたんだ紙切れを夏美に渡す。


「帰ったらそれをヨイチに渡せ。それと・・・・・・来週にある鈴羅ファミリーと夜天華撃団の懇親会には必ず参加しろ」


 それから凪とお茶をして、日が暮れた頃に帰宅した夏美は、自宅のリビングのソファーに座って、スマホを弄っているヨイチに声をかけた。


「兄貴・・・・・・コレ・・・・・・」


 台所で母親が嫌悪を含んだ視線を夏美に向ける中、ヨイチは夏美が渡してきた紙切れを受け取る。


 どうやら手帳の切れ端のようで、それには走り書きでこう書かれていた。


「来週の懇親会は以前話した時間に「風見鶏」へ集合、夏美も俺たちのメンバー同然として参加させるように」


 ヨイチはそれを読んで「僕の親友と会ってみてどうだった?」と尋ねると、夏美は凪の印象をヨイチに話した。


「うーん・・・・・・うまく言えないけど、なんか変わったやつだった」


 それ聞いたヨイチは夏美に「みんないい人たちだから向こうに行ってもすぐに馴染めるよ」と言うと、母親が急にこんなことを言い出した。


「夏美! この前の縁談の話を忘れてないでしょうね!」


 母親は家庭内で夏美だけが異能の力を保持していることもあって、他所の家系の魔祓い師の嫁に出して目の上のたん瘤を家から追い出したいのである。


「そんなもの数日前に破談にした。あんな口だけの奴と付き合いたくない」


 夏美はそう言って自室へ向かってしまい、母親は茫然としており、ヨイチはそんな母親を見て苦笑いを浮かべながらスマホをいじり始めた。


 母親はヨイチに「あんた何か知ってる?」と尋ねると、ヨイチはスマホをいじりながらこう答えた。


「夏美が自分より弱いやつに興味ないって言ったら決闘しかけられたけど、たったの1秒で相手が病院送りになった」


 母親はそれを聞いて「本当にもう・・・・・・どうしてそんな暴力的な子になっちゃったのかしら」と呆れたように言うと、ヨイチは勢いよくソファから腰を上げて声を荒げる。


「自分の胸に聞けばいいじゃないか! 夏美だって好きで異能の力が欲しかったわけじゃないんだから!」


 そこからは母親との口論である。ヨイチは夏美ほど両親と仲が悪いわけではないが、妹であり血の繋がりがある夏美を目の上のたん瘤のように扱うことだけは絶対に許せなかった。


 そんな口論が自室まで響いてきており、夏美は壁にかけてあるカレンダーの翌週の日付に「楽しみな日」と書いて、3月の下旬のある日付けに「いやな場所から出ていく日」と書いた。


(移籍したい場合って支部に行って申請書出さないとダメなんだっけ?)


夏美はそんなことを考えながらペンを勉強机の上に投げ捨てる。


 そして、懇親会当日・・・・・・夏美は学生服姿でヨイチを筆頭に夜天華撃団のメンバーと一緒に風見鶏を訪れた。


 今まで他人と関わるのが苦手だったのがウソのようにすぐに鈴羅ファミリーのメンバーと打ち解けることができた。


 自身のことを怖がる様子もなく・・・・・・普通に接してくれた。今まで他人に煙たがられていた夏美にとってそれは初めての体験だったが、とても居心地のいい体験であった。


 そして、季節の流れは早く・・・・・・秋と冬が過ぎて、春が来た。

桜が舞う季節、凪たちが通う霧雨高校の校門を霧雨高校の制服を纏った夏美がくぐる。

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