第37話・TACO

 時刻は昼休みになり、凪と玲奈と幽麻と亜由美の4人は屋上の隅にいた。


「で? 転校生とは一体何があったんだ?」


 玲奈の質問に対して凪は思い出したくもないような怪訝な顔で朱霧の事を話した。


「アイツと会ったのは今年の4月のことだ……俺が死神として高い能力を持っていることをどこかで聞いた朱霧は「処刑人になれ」と奨めてきた。俺はクランマスターでもあるし、処刑人になる気は無かったから断ったんだが……諦めが悪かったアイツはヨイチを人質に取って強要してきた……まあ、その後のことはそっちの想像に任せる」


 今年の4月となると凪がまだ伊佐乃市にいた時の事になる。話を聞いた玲奈は朱霧が凪にボコボコにでもされたのだと容易に想像できた。


「向こうも災難だな。勧誘ならまだしも強要したらどうなるかわかっていなかったんだろう……」


 そして、凪は玲奈にこんなことを聞く。


「ところで玲奈、風紀委員の方で朱霧に対してなんか言ったりしてなかった?」


 それを聞かれた玲奈は、昨日の会議の事を凪に話す。


「転入前に問題を起こしたとかで、もし何かあったらすぐに「鎮圧」を行うように通達が出てる」


 凪はそれを聞いて怪訝な顔でこう言った。


「アイツ相手に「鎮圧」なんて生温いわ! ここの連中じゃ相手にもならんぞ?」※ちなみに、この学校では凪を除いて「鎮圧」を受けるような異能者の生徒が出た例は無い。


 予想外な凪の発言に、玲奈は「そんなに強いのか?」と尋ねると、凪は朱霧の実力を教える。


「……俺がアイツに勝てたのはアイツがほんの一瞬だけ油断したからだ。おまけに殺す勢いで打ち込んだ「オーバードライブ」を喰らって打撲で済んでるようなタフガールで「処刑人」と言うだけあって「デスサイス」も使う。開幕から殺す気で行かないとなます切りにされるぞ」


 それを聞いた玲奈は「ちなみに実力としてはこの街のランキングでは何位に入る?」と興味本位で尋ねると、凪は当時の実力などから予想を口に出す。


「あれから半年近く経ってるんだ。もし、仕返しするために鍛えていたとすれば……1位に入っても不思議じゃない」


 つまり、現在この学校にいる異能者の中で一番強い凪でも手に負えないということを意味する。


「フルパワーで行けば勝算はあるが……この場所が地図から消えることになっても面白いと思う奴はいないしな」


 ここで、亜由美と一緒にずっと口をつぐんでいた幽麻が口を開く。


「この街だと俺より上の人って破壊能力に特化してるもんな」←霧雨市のランキング4位


 スピード特化の異能を持つ幽麻の言う通り、亜由美の姉であるチェンも含め、凪も巨大隕石の衝突並みの破壊能力を持っていることもあり、一般人がいる場所では巻き添え被害が起こるため、むやみやたらに異能の力を使って戦うことが出来ない。※そもそも火力過多な魔法スキルしか取ってないのが主な原因でもある。


 ここで気になったことがあった亜由美は「そもそも、なんでそんなに苦戦したん? 能力の相性?」と凪が朱霧に対して持つ苦手意識のようなものについて言及する。


 同時刻、伊佐乃市にあるヨイチ達が通う学校にて……夜天華撃団のメンバー全員が屋上の隅に屯していた。


「凪君大丈夫かな? 全力出さなかったとはいえ、ズタボロになるまで苦戦を強いられたあの朱霧さんと再戦することにならないといいんだけど……」


 そう言うヨイチに対して、朱霧の転校の経緯を知っていた咲は「でも本人はあの街の連合の支部に呼ばれたと言っていましたし、流石に私怨とかは無いでしょう?」と話す。


「解らねえぞ? 凪にブッ飛ばされてからだいぶ荒れたことをしていたって話だからな」


 朱霧の近況を知っているサムは焼きそばパンをかじりながらそう言うと、その隣で赤の表紙の手帳を開いている眼鏡をかけた青髪のショートヘアの女子生徒がこんなことを言った。


「おまけに咲さんの能力が通用しない数少ない能力者ですからね。まあ、凪は魔法使いとして本職のあたしとは別次元のポテンシャルがありますし、そこを上手く使えば何とかなるんじゃないですか?」


 詩織媛(しおりひめ) 文(あや) 16歳、夜天華撃団に所属する魔法使いで常に一日の予定を纏めた手帳を持ち歩いてることから「手帳の魔法使い」の通り名を持っている。


 夜天華撃団がそんな心配をしている中、異能風紀委員の会議室にて……

会議を始めるために席に着こうとしている中、委員のひとりが部屋の隅に置いてある段ボール箱に気づく。


「あの荷物って何?」


 委員の女子生徒がその段ボールを指差して周りに尋ねるも「知らない」「何も聞いてない」などと答え、全員が疑問を持つ。


 好奇心は猫を死に至らしめると言う……段ボールの中身が気になった女子生徒は魔がさしたのか箱を開けた。


 そこに入っていた物を見て「これは……っ!」驚きの声を上げて取り出したのは……


「なにこれー! 超かわいい!」


 そう言って女子生徒が取り出したのは目の部分がシャツのボタンで出来たお手製と思しき可愛らしいタコの人形だった。


 見ると、箱の中にはぎっしり同じものが詰め込まれており、会議そっちのけで全員がそれを手に取る。


 男子生徒も「なんでこんなものが?」と疑問に持つ者もいれば「結構いいんじゃないか?」気にいる者もいた。


 しかし、そんなほのぼのとした空気が流れているこの会議室が、これから起こる騒動の発生源になるとはこの場の誰もが思っていなかったのである。

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