第36話・凪が怖いもの
ヨイチと一緒に霧雨市を回り終え、気づけば時刻は18時を回っていた。
「じゃあ、また時間があったら遊びにいこうぜ!」
駅前で凪はヨイチにそう言うと、ヨイチは何かを思い出したかのように凪にこう言った。
「そうだ忘れるところだった! 凪君……多分なんだけど、もしかしたらこの街に「あの子」が来るかもしれない」
それを聞いた凪は一瞬、ビクッとなるがすぐに戻り「おお……そうか……覚えとくぜ」と若干震えた声で返してヨイチと別れた。
ヨイチと別れてから玲奈は凪の先程の反応について本人に尋ねる。
「伊佐乃市に因縁のある子でもいるのか?」
玲奈の質問に対し、凪は「ナンノコトカサッパリワカランナ(棒)」と片言で誤魔化すように答えた。
一方、幽麻と咲も駅前で別れるところだった。
「じゃあ、今度お時間できたら遊びに行きますね!」
そう言ってくる咲に幽麻は「その時は駅まで迎えに行きますよ」と返して別れた。
帰りの電車で席に座って揺れながら幽麻は今日の事を思い返す。
(ああ、楽しかった……初めて凪たち以外の人と仲良くなれた気がする……)
西日が顔に当たり、幽麻は新調したティアドロップのサングラスをかけた。
(こっちに来るときにどこに行くか決めておこう)
今後の予定が決まった幽麻の心は楽しみでいっぱいだったが、彼は後に自分と咲の共通点を知ることになるのだが、それはまだ先の事である。
そして、夏休みが終わって始業式の終えた次の日……
「はあ~、出来れば休みてえ……」
学制服の夏服に着替えて、自室で頭を抱えながらそう呟いた。
だが、そんな凪の気も知らないで「ピンポーン!」と玄関のチャイムが鳴ってインターホン越しに「おはようございます! 異能風紀委員の玲奈です!」と玲奈の声が聞こえた。
「ああ……来たか……」
凪は血相の悪い顔でそう呟くと「おや、玲奈ちゃん悪いね。今日はウチのバカが珍しく学校行くのを渋ってるんだ」と凪の母である薫の声が聞こえる。
「部屋まで上がっていいのなら無理矢理連れて行きますが……どうしますか?」
玲奈がそう言ってジャラジャラと鎖を揺らすような音が聞こえたため、凪は溜息をついてサブバックを取って部屋を出た。
重い足取りで登校して、自分達の教室の席に着いてからも凪の顔色は悪いままだった。
(随分と具合が悪そうだな。とはいえ、私もあまり人の心配できる状態でも無いが……)
玲奈はそんな凪を見ながら昨日の緊急会議の事を思い出す。
それは風紀委員会の会議室でのことだった……
「明日か来る転校生には全員注意しておくようにね。魔界連合の処刑人で前の学校で軽く問題を起こしているような生徒だからもし、こっちで問題を起こしそうなら全力で止めるように!」
委員長が真剣な顔でそう言っているのを玲奈は聞いていると「特に玲奈ちゃん!」と委員長は突然、玲奈を指差し、こんなことを話す。
「転校生はアナタのクラスに入るからもし、教室で問題を起こしそうになったら即応して、可能なら凪君にも手を貸して貰うように!」
そんなことを玲奈は思い出していると、近くにいた男子生徒たちの会話が聞こえた。
男子生徒A「なあ、伊佐乃市から来る転校生の話聞いたか?」
男子生徒B「聞いた聞いた! なんでもすごい能力者らしいじゃん」
男子生徒C「確か名前はアカ……なんて言ったけ?」
突然、玲奈の左隣の席に座っている凪がガタッと席を立った。
玲奈は「どうした?」と尋ねると凪は「お袋が心臓発作起こしてそうだから早退するわ」と訳の分からないことを言って廊下へ向かって走りだす。
だが、玲奈が「おう待てコラ」といつの間に凪の右足首巻き付けていたグレイプニルをグイッと引っ張って凪を前のめりに転倒させる。
「転校生に何か心当たりがあるんだろう? 以前、ヨイチが言っていた人物がそうなのか?」
玲奈の質問に、凪は「あーっとだな」とどもっていると、SHRのチャイムが鳴り、担任の先生が入ってきた。
「全員席に着け! SHR始めるぞ!」
クラスの生徒が席に着く中、凪は教卓側の廊下へ続く扉から感じる圧に顔が強張る。
「転校生を紹介するぞ! 入ってこい!」
担任の先生が扉の外にいる生徒に言うと、引き戸が外からガラッと開かれて生徒が入ってきた。
入ってきた生徒は右手にサブバックを提げて、紅葉のような赤髪を右後ろに寄せたサイドテールの女子生徒で目鼻立ちは整っているが、目つきが少し鋭い。
「朱霧(あかぎり) 美佐(みさ) 魔界連合所属の処刑人……今日からお願いします」
朱霧は手短に挨拶を済ませると教師が「君の席は日比谷の後ろだ」と玲奈の後ろにある空席を指した。
朱霧は真っ直ぐ自分の席に向かいながらすれ違いざまに凪に「凪、久しぶりね」と静かに声をかける。
(やはり知り合いなのか……ということは彼女も夜天華撃団のメンバーなんだな)
凪がお顔真っ青になっている隣で玲奈は悠長にそう思うが、この時……凪たちは気づいていなかった……自分達に牙を剥く存在があまりにも近くにいたということに……
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