第35話・お互いの身内が青春を始めたらしい

 霧雨署で事情聴取が終わり、凪たち3人は署を出て商店街に向かっていた。


「本当は他のメンバーと一緒に来て欲しかったんだどな」


 ヨイチ以外のメンバーがこちらに来れないことを残念に思った凪はそう言うと、ヨイチはこう言った。


「仕方ないよ。もしかしたら今回の主犯が伊佐乃市に潜伏している可能性だってあるんだから、なにより凪君が率いるクランが狙われたことに関しては高校卒業後に吸収合併する僕たちからしてみたら堪ったものじゃないからね」


 そして、ふとあることを思い出したヨイチはこんなことを凪に尋ねた。


「ところでさ……ここ最近になって咲さんが笑うようになったことで皆すごく驚いていたんだけど凪君は心当たりとか無い?」


 ヨイチの質問に心当たりしか無かった凪は、心の中で「あれか」と思いながらこんなことを尋ねる。


「うーん……質問で返すようで悪いが今日、咲って誰かと出かけるようなこと言ってたか?」


 凪の質問にヨイチは、本人がそのようなことを言っていたことを思い出す。


「そう言えば今日は「両親と一緒に買い物に行く」とか言ってたね」


 それを聞いた凪は、心の中で「ああ、確信したわ」と納得してこう言った。


「多分だが俺の友人の幽麻だな。俺はまだ咲が笑った顔を見たことは無いが、記憶違いでなければあの「ドールフェイス」と呼ばれていた咲が表情を変えるようになったのは幽麻と出会ったからだ」


 玲奈は「ドールフェイス」と聞いて、凪に「どういうことだ?」と尋ねると、凪はそのことを話してくれた。


「訳ありで詳しくは話せないが、咲はあることが原因で自分の顔に無表情の仮面をつけていた。俺が咲と出会ったのは仕事で一緒になった時で、学校では世間話する時も笑うことも無ければ眉一つ動かさない……まるで人形のような顔だった」


 ここで凪は一区切りをつけたこともあり、ヨイチが横から初めて咲と会った時のことを話す。


「僕も初めて咲さんと会った時は話しかけづらかったな。なんか近寄りがたい感じがしちゃって……」


 それについては凪も心当たりがあり「解る……クラスの奴らやけに咲から距離を取っていたからな」と当時の事を思い出す。


 ここでふと「ん? 待てよ」とあることを思い出した玲奈は、凪にこんなことを尋ねる。


「……凪、そう言えば幽麻は今日アルバイトだったか?」


 尋ねられた凪は心当たりがあり過ぎるせいで、玲奈とヨイチに隠すのをやめた。


「いや、今日は咲に誘われて伊佐乃市に買い物に行って……お赤飯炊いてやったほうが良いかな?」


 凪が早とちりしていることもありヨイチが「え? もうそんな仲なの?」と困惑する。


「私は咲の両親がどう言った人かは知らないが、流石に魔祓い師の家が死神との交際を許すと思うか?」


 玲奈の疑問に、凪はキッパリと「許す人は普通にいるぞ。てか俺の知り合いにそういった恋愛事情の人がいる」と答える。


 凪に答えに乗るようにヨイチも咲の両親のことを知っていることもあってこんなことを玲奈に教える。


「それに椿臥家って意外と死神とか魔界連合の人たちを助けたりしてるから案外あり得るかもね」


 そんな話を聞いている玲奈の隣で凪は右手を顔にやりながら「はぁ~、にしても咲が幽麻に……アイツ大丈夫かな?」と何やら幽麻が心配になっている様子だ。


 玲奈は2人の話を聞いて少し困惑していた。

なぜ困惑したのか? それは玲奈がまだ幼い頃に父親から言われていたことを思い出したからだ。


「魔界側の奴らには碌な奴がいない! 異能の力を持つ犯罪者を殺す許可を持つ処刑人はともかく人体実験! 違法な魔法薬物の売買に破壊行為! そんな奴らばかりだ! だからこそ、魔界側の奴らと関わるんじゃないぞ」


 そのようなことを思い出した玲奈だったが、ここ数ヶ月凪たちと関わっていたせいか疑問を持っていた。


(……魔界側の異能者=悪とは限らない。天界側の異能者である魔祓い師にも京地先輩のように自身の欲に駆られて卑劣なことする奴もいる。逆に幽麻のように自分の身の危険も顧みずに人を助ける奴もいる)


 考えに耽っていた玲奈は、隣から「おーい玲奈ー?」と凪に声をかけられているのにも関わらず考え込んでいた。


(凪はどちらの方になるんだ? 天界? それとも魔界? 血筋は魔祓い師だから……いやでも能力自体は死神だから……)


 そんな玲奈に痺れを切らした凪が「玲奈ぁ!」と叫んで右手で玲奈の左肩をガッと掴んだ瞬間、目にもとまらぬ速さで玲奈は竹刀ケースを凪の右腕に巻き付けて地面に抑え込み「喧しい! 今の私に触れるな!」と激怒し、思わぬ出来事に凪はミシミシと軋む右肩の痛みに「ギャアアア! ギブ! ギブ! ギブゥ!」と叫ぶ。


(仲いいなぁ。この2人は……)


 そんな風に凪と玲奈がじゃれ合っているのを後ろでヨイチはそう思いながら眺めている頃……


 幽麻は初めて会った時と同じ格好の咲に右腕に抱き付かれた状態で、伊佐乃市の駅近くにある商店街を歩いていた。


(有り得ないことが起こっている俺は今日ただ買い物に来ただけのはずこんな怖い顔の男にこんな美少女が近づいてこないはずこれはリアルすぎる夢のはず)


 ズモモモモモモという重い瘴気のようなオーラを放ちながら幽麻は現実逃避していると、咲は抱き付いている幽麻の右手の手の甲を左手でギュッとつまんだ。


 現実に戻った幽麻は「いっ!?」と驚くと咲が駅前であったことをほじくり返す。


「緊張しすぎですよ? それと、さっきみたいに能力使って逃げないでください」


 そう言われた幽麻は顔を青くした。※駅前で正面から咲に腕を掴まれた時に驚いて能力使ってその場から逃げようとしたが咲が時間を止めたせいで逃げ切れなかった。


「同い年の女の子に近づかれることが今まで無かったから……どうも慣れなくて……」


 ここでふと、幽麻は自分達が歩いている商店前の屋根が途切れて、日差しが強く降り注ぐアスファルトの地面が見えた。


「……右に曲がったところに何かオススメのお店とかある?」


 突然、幽麻にそう尋ねられた咲は心当たりを探る。


「確かサムが教えてくれたハンバーガーの美味しいカフェがあります。寄って行きますか?」


 それを聞いた幽麻は「咲さんが良ければ」と言って咲は小腹も空いていたこともあって「じゃあ、行きましょう!」と2人は右に曲がるとちょうど建物が日差しを遮って影になっていた。


(咲さんはアルビノだと凪が言っていたからな。なるべく日陰の多い道に誘導しよう)※幽麻はこう見えてお節介焼き


こうして幽麻と咲は楽し気に伊佐乃市を歩くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る