第20話・激しい鼓動

 あれから2日後……GWがそろそろ終わりを迎えようとしている頃になって、いつもの私服を纏った凪と結局仕事用の服が見つからず、メリッサに見繕ってもらった私服姿の玲奈は商店街に来ていたのだが……普段は人でごった返しているはずなのに、周りに人はおらず、時計は14時だというのに空の色は夕焼けに染まっている。


「中間世界は不思議なところだよな? 空はいつも夕焼けか夜しかないし雲もないのに雨や雪も降る時がある……不気味だけど面白い場所だ」


 凪はいつもの格好で後ろにいる玲奈に楽しそうに言った。


「普段人が大勢いる場所の中間世界は不気味すぎて私は好きになれないな」


 楽しんでいる凪とは裏腹に玲奈は常に周りを警戒している。

そう、凪たちは今、霧雨市であって霧雨市でない場所にいる。ここは中間世界と呼ばれる場所で天界かまたは魔界の境界線上にある通路のような場所だ。


 玲奈が警戒しているのは中間世界に住まう天界や魔界の眷属だ。人間界まで来れない彼らも中間世界まで来ることは出来る。


「俺と一緒ならそこまで警戒は要らねえよ。向こうが俺の気配にビビッて逃げちまう。眷属狩りも最初の頃は楽だったんだけどな……今じゃ気配を消さないと姿も現さないときた」


 凪は困った顔でそう言うと、玲奈には納得のいく節があった。


(まあ、魔神級の存在感を出しただけで異形が塵と化すのだから当たり前だろうな)


 そして、今日ここへ来た目的を凪は玲奈にもう一度話す。


「さっきも言ったがわざわざこっちへ来たのはこの世界で薬物の密造をしている密造者の捕縛依頼だ。人間界と地形や街並みはあまり変わらないとはいえ、普通の警察官がここへ捜査に来るには命がいくつあっても足りない。だからこそ俺ら「異能探偵」の出番ってわけだ」


 凪の言う通り、中間世界は危険区域のため、迷い込んでも意図的に入っても保険などは適用されない無法地帯だ。


 それ故に邪な輩の隠れ家になりやすく。闇取引や非合法品の密造場所に使われることも多いのだ。


「とりあえずは数年前まで使っていた「隠れ家」に行こう! 結界も張ってあるし、あと中間世界のこの辺りの地図と寝床や救急キットもあったはずだ」


 異形や異界の眷属が跋扈する中間世界に人間は住めない。だが、凪たちが追っている密造者のように多少の異能の知識があればそこを拠点にすることは出来る。


「中間世界に来るようになってからいっそのことこっちに住もうと考えたこともあったな……「師団」の連中に狙われずに済むし、魔道具の素材になるテクトムと魔石は取り放題に近いし、魔導研究の隠居生活も悪くもないと考えたけど……」


 中間世界への移住は難しが不可能ではない。問題となるのが物資と通信面だ。ここはスマホなどの通信機器の電波が入らない上に、地形と街並みは人間界のままでも食料品店などには何も置かれていない。


 そんなことを話しながら凪が入ったのは商店街にある個人経営の靴屋だった。

蛍光灯で照らされた店内の商品棚には靴は並んでおらず、凪は商品棚に置いてある一振りの刀を手に取る。


「玲奈! これを持ってけ!」


 凪はそう言って玲奈に投げ渡したのは黒い鞘に納められた刃渡り1m程の日本刀だ。


 玲奈はそれを受け取るなり「どうして中間世界にこんなものが……」と疑問を口に出すと、凪の口からとんでもない言葉が出る。


「それは「テクトム」とチタンで作った特殊合金の刀だ。刃引きしてあるから物理の切断は難しいが、霊的存在なら簡単切り裂くことが出来る特殊な武器だ。暤がお前の刀を折ってダメにしたからな。代わりにソイツを使ってくれ」


 それを聞いた玲奈は「ちょっと待て! これいくらするんだ!?」と驚きの声を上げるが、凪は「材料は自力で集めたものだから実質タダだな!」とケラケラと笑いながら答えた。


(笑いながら言えたことか!?)


 玲奈は驚きながらもチキッと鞘から少しだけ抜いて刀身を見ると、刃紋の輝きとは違うぼんやりとしたオーラのようなモノが刀身から溢れ出ているのを感じる。


「そもそもだ! 支部長の娘とあろう者があんな安物の玩具みたいな刀で異形や能力者を制圧しろって言うのがおかしな話だぞ?」


 そんなことを言っていると表の方からガシャーンと何かが倒れる音と誰かが走る靴の音が聞こえてきた。


「ん? 迷い込んだ人間が何かに追われているのか?」


 凪はそんな疑問を口に出しながら外へ出ると、白の黄色のYシャツと黒のプリーツスカートで両腕の裾をまくった白衣を羽織った亜由美がそこにいた。


「ウチの獲物横取りなんてエエ度胸やな?」


 両手に白い塗料で文字のような物が描かれた黒の布製手袋を嵌めた亜由美が黒のボロを纏った人物を追いつめていた。

 そんな亜由美に対して凪は無神経にも声をかける。


「おう亜由美! こんなところで何してんだ?」


 亜由美は凪の声に気づき、振り向いて「凪!」と驚いてからここにいる理由を話す。


「ただの素材集めや! 質のいい魔石がいくつか必要やからそれをとり……」


 悠長にそんなことを話しているとボロを纏った人物は懐から右手でミニハンマーを取り出して亜由美に殴りかかった。


 ハンマーが頭に当たる直前で亜由美はボロを纏った人物の方を向いたこともあり、振り下ろされたハンマーは亜由美の頭部をゴッという音をたてて捉えた。


 だが、同時に亜由美の体にビリビリと電流が迸ったと思うと亜由美はハンマーで殴ってきた刺客の下腹部に右手を当ててこう言った。


「爆ぜろ! エネルギーのビート!」


 亜由美が呟くようにそう言うと突然亜由美の右手が当たっている刺客の下腹部がベコンと水圧で潰れた金属缶のようにへこみ、刺客は背にしていた建物の壁に叩きつけられた。


(オーバードライブ!? いや、呼吸のモーションも筋肉の動きも無かった!)


 初めて見る亜由美の技に玲奈が驚くのも無理は無い。凪の「身体連破・オーバードライブ」は一呼吸の息を吸ってから対象に拳を当てることで爆発的な威力を発揮する技……だが、亜由美は呼吸も掌を前に押し込む動作も無かった。


 そして何より気になったのが金属製のハンマーで頭部を殴られたのにも関わらずふらつきもしなければ血の一滴も流していないことだ。


「あれ? この男って……」


 ここで凪が顔が真っ青になって口から泡を吹いて気絶している男を見てあることに気づく。


「俺らが追っていた密造者だ! とんでもない偶然だな!」


 とんだ偶然も重なり、凪たちは目標を達成してしまった。その時……

突然空から4本の槍が凪に向かって振ってきた。


 凪は「おっと!」と驚きつつも冷静に回避し槍は地面に突き刺さる。驚くべきは全ての槍が金色の光沢を放ちぼんやりとしたオーラを待っとっていることだ。


「ほう、テクトム製の槍か! 久しぶりの狩りになりそうだ」


 そう言いながら凪は上を向くと白い翼を広げた鷲の形を模した鎧に身を包んだ何かが地上3mのところを滞空していた。


 それを見た玲奈は戦慄する。いや、魔祓い師なら誰もが畏怖し、尊敬すべき存在なのだ。


「あれは……天使!?」


 そう驚きの声を上げる玲奈に対し、凪は「いや、ただの下級天使だ」と小物であることを告げたため、玲奈は「え?」と驚く。


「そもそも上級天使は中間世界へ呼ぶためには人間の手が必要になる。中間世界へ独断で来れるのは中級が限界だ」


 そんなことを話していると天使は凪に向かって急降下し、右手の槍を突き出した。

しかし、亜由美が前に出て左手のひらで槍の切っ先を受け止めた。


 不思議なことに天使の突き出した槍は亜由美の手のひらを貫通せずピタッと止まっている。


「ハードビート……」


 亜由美は呟くようにそう言うと右手を伸ばして天使に向かって飛びかかっり、天使の左脚を掴んだ。


「荒れ狂え! エネルギーのビート!」


 天使の左脚を掴んだまま亜由美はそう言うと突然天使の体のあちこちがあらぬ方向へと捻じれてしまった。


 頭は180度後ろに回転し、手足は関節の可動域を超えている向きへと音をたてて鎧を歪ませながら曲がり、地面に墜落すると、4つの金色の腕輪のような金属を落として消える。


 亜由美はそれを拾いながら玲奈に「アンタは「変異種」なんやろ? ウチは「古代種」やけど……」玲奈は「古代種」という単語を聞いてあることに気づいた。


「あれ? 八坂……古代種……もしかして、あの「龍脈の八坂家」なのか!?」


 そう叫ぶ玲奈に亜由美はフフンと鼻を鳴らして答える。


「せやで! 何を隠そうウチは「エネルギーを操る古代種の能力」を持つ八坂家の末っ子! 八坂 亜由美や! 普段は魔道具製作をしとるんやけどな」


 驚いている玲奈に凪は「言っておくがコイツの姉のチェンさんは「能力+強化魔法」を使うからもっとやばいぞ?」と付け足した。

そんな紹介も終わり、3人は捕縛対象を連れて中間世界を出るのであった。

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