第19話・閃光の自転車便

 凪たちが「風見鶏」を出る頃……彼の数少ない親友である武田 幽麻は自身のバイト先の商店街にある「異能自転車便・ヴァリアントメッセンジャー」という自転車便会社から白のロードレーサーを押して出てきた。


(今日の稼ぎは5万円か……他所の町まで速達で5軒回ってこれならこの仕事だけで暮らしていけそうだな)


 幽麻はティアドロップのサングラスをかけた紫のウィンドブレーカーと姿で、今日の稼ぎと今後について思い返す。


 そう、この世界にいるほとんどの人間が「異能の力」を持っているわけではない。寧ろそう言った者たちの方が珍しく。

 凪のように鍛錬で戦闘能力にしたりする者もいれば、逆に幽麻のように「特定の分野の職業」で活かす者もいる。


(いくら俺が先輩たちより「速い」とはいえ、嫌味を言ったりとか「この顔」のことを気にするような人たちじゃなくてよかったなぁ)


 幽麻はそう思いながらロードレーサーを押していると「風見鶏」の暖簾が見えた。


(……母さんが好きな豆大福を買っていこう。まだ残っているだろうか?)


 そんなことを考えながら幽麻は、ロードレーサーを駐輪スペースに置いて鍵をかけて店内に入ると、ちょうどレジカウンターでお勘定をしている凪たちと鉢合う。


「よう、幽麻! バイト帰りか?」


凪の質問に幽麻は「ああ、そうだ。長期休みは稼ぎ時だからな」と言ってレジにいる霞に「霞さん、テイクアウトで豆大福を3つ」と頼むと、霞は申し訳ない顔で「悪いね。ちょうど豆大福はひとつしか無いんだ」と言って在庫の和菓子の方を見て内容を口に出す。


「あと残ってるのは練り切りとみたらし団子とどら焼きぐらいだが、どれにする?」


 幽麻はうーんと唸って少し考えてから「豆大福をひとつとどら焼きを2つお願いします!」と答えた。

霞は「はい、豆大福とどら焼きね」と注文内容を復唱してから厨房の方へと向かう。


 幽麻はポケットから財布を取り出そうとしたが凪が「支払いは俺がするよ。俺が街にいない間のクランの管理をしてた礼だ」と言ったが幽麻は受け取らなかった。


「気持ちだけで十分だよ。それに、俺だって自分の身銭は自分で稼げてる」


 凪はそれを聞いて「なるほど「異能自転車便」か」と納得した。


「お前の能力なら数年で億万長者になってそうだけどな」


 冗談めかしてそう言った凪に幽麻は否定し、自身の進路を凪に話す。


「そこまでしてみようものなら先輩たちがサボる必要が出てくるし、そもそも有り得ないな。それに大学へ行くには金が必要になる」


 それを聞いた霞は頼まれた和菓子を包んだ茶色の紙袋を幽麻に渡しながら「ほう、学部は何を専攻し、何になるつもりだ?」と尋ねる。


 実を言うと、霞も大学でキャリアを積んでいる。だからこそ軍隊で衛生兵をしていたのだ。


「……私のようになるなとは言わないが、仕事はよく選べ……君のお姉さんから聞いたが「弟が異能探偵になって危険なことをしないか」と心配していたぞ」


 家族のことを出された幽麻は支払いを済ませながらこう言った。


「全く……姉さんも心配性なんだから……そう言えば凪が伊佐乃市に引っ越した時も何かと心配してたしな。もう「あの事には囚われない」って決めたのに……」


 玲奈は幽麻のことを知らないこともあって「なんかあったのか?」と尋ねるが幽麻はスンッとした態度で「他人に安易に話す内容じゃない」と言って店の出口へ向かう。


 そして凪たちと店を出ると幽麻は駐輪スペースに止めていたロードレーサーに見知らぬ若い男が鍵を壊して跨っているのを目撃する。


「おい! それ俺の自転車だぞ!」


幽麻は男に向かって怒鳴ると男は大急ぎでペダルを漕いでその場から逃げだす。

 玲奈も凪と一緒に追いかけようとしたが、幽麻から異様な気配を感じた。


「野郎……そんなスピードで俺から逃げようってのか?」


 すると、幽麻の右足の踵の影から黄色の光を灯した紫色のカンテラが現れる。


「スピードスターバンブルビー!」


 幽麻は鋭い声でそう言うと、カンテラから放たれたピンポン玉サイズの無数の光が幽麻の体中に張り付いてピカッと光った瞬間、幽麻の姿がそこから消えた。


 一方、幽麻は周りの動体がほぼ停止している状態で自転車泥棒に迫って襟首を掴んでロードレーサーから引っぺがすように上に放り投げた。

男は「ウボギエッ!?」と短い悲鳴をあげてその場に倒れ、ピクリとも動かない。


 周りの動体が動き出すと同時に自転車泥棒は自身が気づかないうちに高さ2mの空中に放り出されていることに気づくがその頃には地面に叩きつけられていた。


 突然の出来事に理解が追い付かずに幽麻がいた場所をまだ見ていると、その場にロードレーサーに跨った幽麻が瞬間移動をしたかのように現れた。


「全くふてぇ野郎だぜ」


 幽麻は呆れた顔でそう言うと凪は何が起こったのか理解していない玲奈にまさかと思って幽麻の「能力」を教えた。


「玲奈、幽麻の能力は「光と同じ速度で動ける能力」だ。おまけに使用者が許可したモノも同じ速度で動かすことが出来る。光を放った瞬間に敵は倒れる。それが幽麻が「閃光」の称号を持つ理由だ」


 それを聞いた玲奈は京地から助けられた時のことを思い出した。


(なる程、確かに人間の目では追えない速度ではあるな。教室からトイレ前まで移動しているのを目で負えていないからてっきり「空間移動」でも使ったのかと思った)


 ここで玲奈の頭の中に疑問が浮かぶ。


(うん? それ程のスピードで戦えるのなら凪より強いのでは?)


 そう思った玲奈は「ならなぜ凪よりランキングが下なんだ?」とストレートに聞いてみた。幽麻からしてみれば気を悪くするような質問だが、幽麻は気にしなかった。


「凪はそんな単純なモノじゃ倒せないし、コイツは俺の速度の攻撃を避ける奴だぞ?」


 玲奈はそれを聞いて「はい?」と驚くが凪は「いや単純にパターン読んで避けてるだけだ」と説明するが、玲奈は凪の出鱈目っぷりにはドン引きである。


「そんな人を化け物みたいな目で見るのはやめてくれない? 俺より化け物みたいな人はこの街には普通にいるからな」


 凪は突き刺さる視線に耐えかねてそう言うと心当たりのある幽麻は猛者たちの名を並べる。


「確かにな……「戦闘狂・チェンさん」に「ランキング1位のハルさん」に「凪とハルさんの師匠の霞さん」に「霧雨市の剣聖・ノブさん」に「無明の女剣士・イチさん」……そう言えばノブさんとイチさんが入籍したって話は聞いたか?」


 幽麻の質問に凪は驚きを隠せなかった。


「え? あの2人ようやく結婚したのか!? いつだ?」


凪の驚きと質問に幽麻はロードレーサーを押しながら答える。


「お前が帰ってくる数日前だったかな? なんでもイチさん、既に第一子を身籠っていることをノブさんに秘密にしていたらしいけど、それがノブさんにバレた次の日に入籍したらしいよ」


 つまりは「出来婚」である……話を聞く限りではどちらかの両親がそれをよく思っていなかったのだろう。


「でもノブさんは「3年も前に引退した人間」で普通の人生を歩みたがってた。イチさんとの関係が進んだのもあの人にとっては喜びでしかないだろう」


 そう言った凪に対してそのことをよく知っている幽麻は「流石は「託された」だけはあるな」と言った。


 玲奈は「託された?」と疑問を口に出すと、凪は玲奈が外様であることを再び思い出し、詳しく話した。


「ノブさんは俺がランキング10位以内へのカチコミをするまで2位の座についてた「鬼鉄」の称号を持つ魔法剣士だ。スキルの中でも「最強にもなり最弱にもなる」モノがあってな。俺の異能の力が通用しない相手だった」


 当時のことを覚えている幽麻は「チェンさんの時もある意味やばかったが、お前よくノブさんに勝てたよな?」と脳裏に当時の記憶が写真のように浮かんでいた。


 その時は郊外の竹林で今と同じ格好をした凪が、黒光りする武者鎧と鬼の仮面を纏った刀を2刀流で振り回す男と周りの竹を薙ぎ倒しながら戦っていた。


「……今まで戦ってきた中であの人ほどの武人と出会ったことがない」


 凪は寂しそうな口調でそう言うと、玲奈は「ところで凪は何を託されたんだ?」と感傷に浸っている凪に尋ねる。


「……託されたのは「今まで歩んだ道」さ。あの人は俺が「死に場所探し」をしていると知って「勝つチャンス」と「異能の魂」を見ず知らずの俺に差し出した。あの人は「剣聖」でもあったが「傾奇者」でもあったよ」


 そんな話をして日の暮れた夜道を歩きながら「さーて、明日は「依頼探し」でも行きますか!」と予定を決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る