第18話・枷
凪が仕掛けた開始の合図も警告も無しのいきなりの一撃に、玲奈「な……凪?」と驚く。
「今のを避けるか……機会があれば師匠から不意打ちのコツをもう一度習って見るのもいいかもな」
凪はそう言いながら戦闘態勢の状態で玲奈に向かって構え「フルメタルアルケミスト」とシャドウを出す。
玲奈も凪から感じる気配に圧倒されそうになっているが「グレイプニル」はまだ右腕に巻き付いていた。
(……操られているわけでもなさそうだ。幸い今背中を向けている方が出入り口……逃げるか?)
ギャラリーが戻ってくる気配もないため、全速力で格技場を出れば逃げられると考えた玲奈だったが、凪が無言で何もない空間から青色の金属光沢を放つレイピア「ラグラス」を右手抜いてグリップガードに人差し指をかけてプロペラのように回転させるのを見て「逃走」は不可能だと悟った。
(ダメだ……逃げようとしてみようものなら後ろから氷漬けにされるし、私の腕力と技術では凪を気絶させられるか解らない……)
相手がまだ駆け出しの能力者や異形なら全く問題はない……だが、凪という規格外な能力者否、最早神域クラスの怪物を相手となると、自身の手札が全て潰されてしまうのである。
玲奈はチラッと下を見た。そして自身の足元に折れた刀の柄の方が落ちているのに気づき、左足でガッと踏みつけるように弾き上げて左手で柄を掴んだ。
(小太刀を用いた剣術の心得は無いが、無いよりはいいし、私がやることは……)
玲奈は左手の折れた刀を凪に向かって投げつけた。回転しながら飛んでくる刀をラグラスでキインと弾くと左から鞭のように振られた鎖が左二の腕に当たり、そのまま簀巻きにするように上半身に巻き付いた。
そして、玲奈は腰に差していた鞘を左脇に構えて振り上げようとしたが、凪は振り上げられる前に右足で鞘を蹴り上げるとピッとまるで鋭利な刃物で切られたように振り上げた鞘が2分の1の長さにカットされていた。
(異能の力は使えないはず!?)
驚く玲奈に凪は「処刑剣・パニッシャー、俺の蹴りはよく切れるぞ」と言った。そう、凪は蹴りで木製の鞘を切ったのだ。
しかし、玲奈は諦めずに続けざまで鞘から右手だけ離して拳を握り、渾身の右フックを凪の左脇腹に打ち込んだが、ビキッと何かが割れる音がした。
「堅筋鋼鎧・フルメイル! 忘れたか? 俺は異能を捨てて戦っていた時期があった人間だ!」
音の正体は玲奈の右拳の骨が砕けた音だ。
(……異能力無しであそこまで肉体を硬質化できるのか! まるで鉄の塊でも殴ったようだ)
傷ついた右拳はもう握れない……しかし、グレイプニルは未だに発動状態のため凪は異能の力を使えない。
もう打つ手も無ければ武器もない……だが、玲奈は諦めなかった。
玲奈に間合いを詰めながら凪はスゥーッと息を吸って右足を蹴り上げた。
それに対し、玲奈は左に握っている鞘を腕を突き出すように構えて蹴りを防ぐ。
切られることは前提にしていたが、いくら小枝程度の棒でも相手の攻撃の速度を少しは失速させたり、軌道を逸らすことが出来る。
凪の蹴りはズバンと短くなった鞘を更に短くし、メリッサに見繕ってもらった玲奈の着ている緑のYシャツまで切り裂いた。
しかし、ここで凪に取って予想外なことが起こっていた。
両者が間合いを取った瞬間、玲奈の着ているシャツがハラっとはだけて凪は「ゲッ」と気まずそうな顔になって慌てて後ろを向くと、玲奈は「チャンス到来!」と目をキランと光らせて飛び蹴りを凪の背中に打ち込んだ。
凪は「グエッ!」と短い悲鳴をあげて吹き飛び、うつ伏せで床に叩きつけられるように倒れた。
「お兄ちゃーん! 入団祝いに「風見鶏」で……」
そこへタイミング悪く暤が着て、うつ伏せの状態から「イテテ」と起き上がろうとする凪とシャツがはだけて赤と白の縞々模様のブラまで切れて上半身をかなり際どい状態で露出していた玲奈を見て硬直した。
暤の様子に「ん?」と思った玲奈はスッと下を向くと自身のシャツとブラが真っ二つになって見えていけない場所が見えそうになっていたことに気づいて慌てながらカーディガンで隠す。
凪はようやく起き上がると自身に向けられたゴゴゴゴゴゴゴという荒々しい殺気に気づき「ハッ!」とそちらの方を見ると、笑ってない目で綺麗な笑顔を作る暤がそこにいた。
「まっ……待つんだ暤! これは誤解……」
言い訳しようとした凪だったが、暤の方が速かった。
「問答無用! ブラックバズーカ!」
その日、格技場の方から打ち上げ花火のような爆発音が響いてきたという話と壁に人がめり込んだような跡が残っていたという。
少し経って……風見鶏にて……
奥の席の方で暤はバクバクと大皿に盛られた粒あんの薄皮まんじゅうを両手に一個ずつ持って頬張っていた。
「いや本当に服の件はすまなかった……ギリギリで空ぶるつもりがまさか木刀をぶつけてくるとは……」※ぶつかった衝撃で足が思ったより前に出てしまった。
少し頬を赤めながら目線を少し右に反らして玲奈に謝罪する凪だが、未だに機嫌が悪い暤はゴゴゴゴゴゴゴという空気が震える程の殺気を放っていた。
おかげでテーブルの上の食器にピシッと亀裂が入って湯呑のお茶は波紋をうっている。
玲奈も格技場で服の修復と傷の手当もしてもらったため、ただでさえ妹分に怒られている凪にこれ以上の追い打ちは止そうと思い「いや、いいんだ。ただの事故だしな」と言って亀裂の入った湯呑のお茶を飲む。
そして、あれが何かの特別試験のように感じていた玲奈は「ところで」と言って先程の戦いの意味について尋ねた。
「さっきのアレは何だったんだ? 私の正確な実力を測るためか?」
玲奈の質問に凪は「大体合ってる」と言って続ける。
「知りたかったのは「敵になった俺と本気で戦えるのか」を試したかっただけだ。俺はワケあってこの街の「師団」と半分ぐらい対立してる。その対立で暴走した際に俺を止めてくれる奴が欲しいんだ」
つまり自身を縛る枷が欲しいということである。玲奈としては「師団」に自身の実力を示す良い証拠になるため、試しに聞いてみた。
「私ならそれを務められると?」
その問いに凪は真顔で答える。
「初めから最後までの攻撃に迷いが無かったから及第点はいってるかな? ひとりでは無理かもしれないが、他のメンバーと一緒なら可能だろうな。異能が無けりゃ俺はただの人間だ。幽麻と亜由美が俺に勝てなかったのは俺が90%の力で戦っていたからな」
そう言われた玲奈だったが、先程の戦いを振り返って本当に及第点にいっているのかすら疑う。
(能力無しであそこまで肉体を硬質化させることが出来るとか最早化け物だろ?)
そんなことを思った玲奈だがふと、他のお客に対応している霞(その化け物を鍛えた人☆)が視界に入る。
(いや、人間か……少なくとも人間離れしている人間だな!)
仮面の下で顔を青くしながら玲奈は心の中で自分にそういい聞かせていると、暤がようやく口をきいた。
「ねえ、あたしの評価は?」
暤の質問に凪はすっぱりと答えた。
「実力は悪くないが「俺を止める役目」としては不適格だ。原因は3つ「俺の攻撃にすぐ委縮する」「初めから終わりまでの動きに迷いがある」「そして味方の決め手を妨害する」俺がこの街を出て行く前にメリーも混ぜてやった実戦想定の模擬戦で、開幕早々に棒立ちになって重症を負って、迷った動きで逆に重い一撃をもらって重症で、血迷ったようにメリーの決め手の一撃を止めようと前に飛び出して重症を負ったから強制的に模擬戦を終えた」
あれ程の殺気を放っていた時とは打って変わって、そこまで言われてどんどん縮こまってしまう暤に凪はお茶を一口飲んでからこう言った。
「……強さばかりでなく優しさも重要だ。だが、自分に取って大事な人が正気を失って他者を傷つけることを黙って見るのは優しさとは俺は思えない。目の前の現実を受け入れられないただの現実逃避だ。だからこそ俺には止めてくれる身内がいなくちゃならない」
そこまで言って凪は霞に向かって「そうでしょう? 師匠!」と尋ねると霞はレジカウンターの方から「その通りだ我が弟子よ」と答える。
そして、長話をしている内に自分達以外のお客が帰っていたこともあって霞は凪たちのテーブルに近づき、こんなことを話してくれた。
「私が部隊にいた時もコイツが頼むようなことがあった。せっかく手当して命を繋ごうとした負傷兵が操られてな……他の隊員は「死にかけの仲間に手は下せない」って言い出した。仲間同士で仲も良かったから余計に億劫になったんだろうな。だから「私が苦しんでいるソイツを止めた」最初は隊長に怒られると思ったが、隊長は私に「お前は優しい奴だ」と言ってきた。それでもそのことで嫌気がさしていた私は除隊届を出した……隊長の真意に気づいたのはそれからしばらく経ってのことだけどな」
優しさとは時として残酷なものである。玲奈は霞の過去を全て知っているわけではないが、凪の言いたいことの重要性だけはハッキリと理解した。
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