第17話・虎は子でも侮れない

 場所は変わって「連合」の支部にある格技場にて……

玲奈と暤は向かい合って仁王立ちしており、その間には凪がいた。入り口付近にはギャラリーが大勢集まっており、ワイワイ騒いでいる。


玲奈(……何がどうしてこうなった?)


 事の経緯は「ゲイツ・オブ・ヘル」で玲奈の入団が決まった時の事だった。


「ふざけるな! 女だからと言って「師団」の犬をいれるのか!」


 そう言いだしたのは参加者の男性で、凪は呆れたように返す。


「ふざけてもいないし、クラン創設のルールでクラン以外の組織に入っている者の加入は禁止されていない。そもそも俺は気が合う奴を引き抜いているだけだからな」


 全員がそれを聞いて「なっ!?」という驚きの顔を浮かべている中、参加者の女性のひとりが挙手してこんなことを尋ねた。


「あの……最低条件がランキング10位以内と言うのは……」


 その件に関しては凪も初めて聞いたため、気になっていた。


「誰かがメンバーの座を奪われないように流したデマだ。犯人が解れば場合によっては「去勢」だな」


 凪が「去勢」という単語を発した瞬間、玲奈と暤とチェン以外のその場にいた全員が顔を青くして酷く怯え始めた。それほど凪の言う「去勢」は洒落にならないものだと、この場の全員がよく知っている。


「しかし……異能探偵は実力も大事だ。実力で合格の最低ラインと言うと……正規メンバーでは暤しかいないな」


 そう言いだした凪に玲奈は心の中で「へ?」となった。


「暤! 今から「連合」の支部に言って格技場を借りるぞ」


 玲奈を無視して暤にそう言う凪に「ちょっと」と玲奈は声をかけようとしたが「それと、玲奈は魔祓い師だ。思いっきりやっていいぞ」と暤に言うと、両目をキュピーンと星が輝くように光らせる。


 そして、現在に至る……

玲奈は自身の愛刀を抜刀して両手で正面に構えた。


(能力者とはいえ丸腰の小学生に剣を向けるのは気が引けるが……)


 そして、玲奈は知ることになる……暤相手では自身の愛刀がヒノキの棒程度でしかないことに……


「お兄ちゃん! 私は「シャドウ」使っていい?」


 暤は審判の凪にそう尋ねると、言い忘れていた凪は「構わないが「飛び道具」と「爆発物」は使うな! 死なれちゃ困る」と答えた。


 てっきり玲奈は「シャドウ」は凪のフルメタルアルケミストのような人型が使用者の背後に出るとばかり思っていたため「え?」と疑問の声を漏らす。


「ハイドアンドシーク!」


 暤がそう叫ぶと暤の足元からポーンと「ゲイツオブヘル」で見たモノと同じ刃渡り20cm程のナイフが出てきて暤はそれを右手に逆手持ちで取って構えた。


(あれがあの子のシャドウ? 私が知っている限りだとシャドウって「人型」と「鎧型」と「装飾型」の3つの形しか無いって聞いたんだけど……「武器型」なんて初めて見たんだけど……)


 そして、玲奈の脳裏に凪が京地を「去勢」した時の映像が流れてハッとなる。


(まさか……「血縁種」の魂を既に持ってる?)


一気に勝てる確率が100から60まで下がった玲奈はどう攻めるか考えあぐねていると暤は間合いを詰めずにピッと正面に向かってナイフを素振りした。


 その瞬間、突然玲奈の握っていた刀の刀身が薄氷を叩き割るように音をたてて真っ二つに折れた。


 何が起こったのか解らない玲奈は「ええ?」と目を丸くする。それもそうだろう。周りから見れば暤は2m離れた場所にいる玲奈に向かって、右手のナイフを素振りしただけなのだから……


「言い忘れていたが、暤のシャドウは「鎧型」でその能力は「自分と同じ体積の鎧を様々な物に再構築させる能力」だ」


 凪は玲奈にそう説明すると、玲奈は余りも予想外過ぎて「うそーん」となるが同時に気づいたこともあった。


(あれ待って……さっき凪が言ってた「飛び道具」と「爆発物」はダメって言うのは……)


そう思った瞬間に頭の中には大量の銃火器と現代兵器の映像が浮かびあがる。


(手加減無かったら死んでたー! ん? でも待てよ。所詮は「異能の力」だから……)


 暤はナイフを構えたまま玲奈に突進すると玲奈は刀を捨てた。

凪はその姿を見て、玲奈があきらめの境地に立っているようには見えなかった。そして玲奈は静かに力込めた声でこう言った。


「グレイプニル!」


 突然、玲奈の右腕から青白い光を放つ鎖が向かって伸びた。

暤は咄嗟に体を右に傾けて避けるが左肩を鎖が掠った……その時だった。


 暤が右手に握っていたナイフが急に塵のように消え、自身の思ってもいなかった出来事に暤は「えっ!?」と驚いて、慌てて玲奈から距離を取る。

 その鎖は玲奈の右手に巻き付くと同時に暤は真っ黒な刀身の日本刀を2振り取り出して2刀流の構えで玲奈に斬りかかるが鎖の巻き付いた腕でガードされると武器が先程のナイフのように霧散してしまう。


「どうして! なんで「能力」が消えちゃうの」


 暤は驚きの声を上げるが凪は頭の中で答え合わせが出来ていた。


(なるほど……まあ、様々な「異能の力」が存在するんだ。いるとは思っていた……実際に見るのは初めてだが……)


 そんな風に玲奈の能力に興味を持ち始めた凪だが、玲奈が答えを出す。


「これが私の能力……異能の力を無力化する退魔の力!」


 玲奈はそう言い放つとギャラリーが「ウオオオオオ!」と盛り上がり、暤はその場の空気に飲まれそうになった。


(相手の異能の力を無力化!? じゃあ、あたしはどうやって戦えばいいの! お兄ちゃんみたいに「氣功術」も使えないのに……)


 勝算が思いつかない暤に向かって、凪は助け舟を出す。


「暤! やれることを見失うな!」


喝を入れられた暤は、ハッとなって我に返った。


(うーん、流石は凪の妹分兼弟子……何か打開策が思いついたみたいだけど……)


 暤は両手上に挙げて再び武器を創り出した。今度は成人男性の握り拳2つ分は有りそうなスレッジハンマー……あの華奢な体では出してから振り上げられないと踏んだのだろうか出すと同時に振り下ろせる態勢で出して、玲奈に向かって振り下ろすが右腕に巻き付いた鎖で防ぐと先程のように霧散してしまう。


 だが、暤は続けざまにバトルアックスを創り出し、右から左へ大きく振って斬りかかったがこれも先程と同じように防がれた。


(そう……「異能の力」は有限だ。俺の能力に物理的な制約があるように必ず何かしらの弱点がある。暤の考えは重量級武器で無力化の処理が間に合わなくなるのを狙う気だな)


「まだまだぁ!」


 暤はそう叫びながらチェーンソウを創り出し、ギュイーンとエッジを回転させながら斬りかかる。


(近接オンリーとはいえ、中々ワイルドな武器をお使いになられる……)


 自身の「グレイプニル」で無力化できるとはいえ、常人からしてみれば恐怖を覚える武器で攻撃してくる暤の脅威は決して低いものではないと思う玲奈だった。


 チェーンソウも無力化され、焦りが出始めた暤は「だったら……」と決め手となるかもしれない一撃を当てるために玲奈に肉薄すると、暤の足元に黒い何かが吹きだした。


 心当たりがあったのか凪は「バカ野郎! ここを潰す気か!」と暤を止めようとしたが遅かった。


暤「ブラックバ……」


 何かをしようとした暤だったが、玲奈は咄嗟に暤の左手に鎖を巻き付けると、暤の足元から噴き出したモノが消えた。


 思いもしなかった出来事に暤は「え?」と驚き、何とか出来た玲奈は「ホッ」と胸を撫でおろすと「このアホー!」凪は叫びながら右手で暤の脳天に空手チョップを叩き込み、暤は「ピギュッ!」と小さい悲鳴をあげる。


「こんな地下空間で「ブラックバースト」なんて使ったら部屋の天井が崩れてくるだろうが! 何を考えてる!」


 玲奈はふと後ろを見ると、危険を察知したのかさっきまでいたギャラリーがいなくなっている。それほど危険な技を使おうとしていたのだろう。


「……一体なにをしようとしたんだ?」


 玲奈の質問に凪は頬に汗を垂らしながら答える。


「暤が編み出した必殺技「ブラックバースト」上下も含んだ半径5mのモノを細切れにする技だ。ここは天井まで3mしか無いからな。あのまま発動させていたら生き埋めになっても不思議はなかった」


玲奈(無力化が少し遅れていたら大惨事になっていたのか……神よ私にこの御力を送ってくれてありがとう!)


 心の中で玲奈は神に感謝していると、凪はやれやれと言いながら玲奈にこう言った。


「まあ……暤相手に遊ぶ程度のことが出来るなら実力は十分だ。暤、バッチャンに入団の報告に行ってこい。きっと喜ぶぞ!」


 暤は嬉しそうな顔で「うん」と返事をして格技場を出て行き、凪はその背中を見送って「さてっと……」と凪はそう言いながら蒼い炎の柄が入ったチューブバンダナを取り出し、いつもの戦闘態勢のように口元を覆って更に羽織っている黒のジップパーカーのフードも被る。


「家族への朗報か……私も両親にそのような報告を……」


 凪の左隣で玲奈はそう言った瞬間、自身の右側から強力な存在感を察知し、後ろへ跳ぶと凪が振りぬいた拳がズドーンと床を穿いた。

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