第11話・雨時々正面から椅子

 翌日の昼……GWに起こって欲しくないランキングのワースト上位に入っている雨が霧雨市に降り注いでいた。


 凪と玲奈は昨日と同じ格好で、横にビニール傘をさして商店街を歩いていると玲奈がガッカリしたような口調で不満を口に出す。


「予報では20%だと言っていたのに……」


 そんな玲奈に凪は「そんな日もあるさ」とあまり落胆しないように宥めると、玲奈は凪のパーカーの左ポケットをチラッと見てこんなことを聞いた。


「上着のポケットに魔除けを入れてるのか?」


 凪は立ち止まって「いいや、これは「買い物」に使う奴だ」と言って、左右を見渡して「こっち」と言って建物同士の隙間に入って裏路地へと入った。


 そして、迷路のような路地を右に左と曲がっていると、行き止まりにぶち当たる。行き止まりの先に見えたのは、ひとつのダークウッドの扉とその上に下げられた黒く塗装された金属製の看板で白のペンキで「創職」と店名が書かれていた。


「この店だ! 異能の力を持つ人間たちの中でも知る人ぞ知る隠れた名店だよ」


 凪はそう言いながら傘を閉じて扉に手をかけて手前に引くと、扉に仕掛けられている来客を知らせる呼び鈴がリンリンと乾いた音を鳴らす。


 凪についていくように玲奈も傘を閉じて店内に入ると、そこはお洒落なオレンジの照明に照らされる軍隊で使われているような野戦服から、専門の仕立て屋が仕立てていそうなスーツなどの様々な服とガラスケースの中に入って置かれている西洋剣や日本刀にポールアックスや鞭などの武具の数々が並んでいる空間だった。


「……こんな店は初めてきた」


 玲奈は喉から絞り出すように驚きの声を出す。そんな玲奈を見て、凪は「朝露市にはこう言った店は無いのか?」と尋ねると、玲奈はガラスケースの中に並べられた日本刀を見ながら答える。


「向こうだと情報屋を兼業している調達屋からじゃないと手に入らない」


そして、他のガラスケースなどを見てからこんなことを尋ねた。


「……魔道具や魔除けは置いていないのか?」


 玲奈の質問に凪は「そう言った物は店主に言えば出してくれる。レジカウンターの呼び鈴を鳴らせばいい。基本的に上客にしか売ってくれないけどな」と答えて、レジカウンターに向かい、呼び鈴を人差し指でチーンと鳴らす。


 すると、店の奥からひとりの白髪交じり銀縁眼鏡をかけた紳士服姿の男性が出てきた。


「おや? こっちに帰ってたのかい?」


店主と思しきその男は凪を見るなり、そう言って来た。


「ええ、お袋の仕事の都合で今月の頭に戻りました。ところで聖銀の粉ってあります? 向こうでの仕事で使いきっちゃった上に調達屋がかなりのぼったくりで買い足しができなくて……」


 凪は店主にそう言うと店主は「それぐらいならあるぞ」と言ってカウンターの下を探る。


「玲奈は何か欲しいの無いのか? 「魔石」や「テクトム」の類も置いてあるが……」


 凪にそう聞かれた玲奈は「テクトム」と聞いて驚いた。


「何!? ここって霊的レアメタルである「テクトム」も置いているのか? 調達屋に頼んでも3桁以上の額を積んで手に入るかどうかの代物だろう?」


玲奈の驚きに対して凪も納得する。


「まあ、異形の連中にとって最も効果のある代物だからな。おまけに天界側の眷属からで無いと手に入らない代物だから「魔石」同様に需要に対して供給が追い付いていない代物だ」


 店主は銀色の顆粒のような物が入った掌サイズの金属製の小瓶をカウンターに置きながらここでの価値を話す。


「この街では「中間世界」に繋がる空間がそこらで出来るからね。中間世界へ行って取りに行って他所へ売り飛ばしに行く奴らも多いんだ。もし、嬢ちゃんもその気があって「魔石」か「テクトム」を持ってくれば凪と同じように上客として扱ってやらんことも無いよ」


 そう言われた玲奈は支払いを済ませてズボンのポケットから取り出したボンヤリと発光する金色の腕輪のような物を店主に渡す凪に「おい、凪……」と声をかけてこんなことを聞いた。


「お前は今までどれ程の数の天界の眷属を手にかけた?」


 玲奈の質問に対して凪は視線を宙に泳がせてその時の事を思い出しながら答える。


「えーっと……50超えたあたりから数えるのはやめたな」


 そう答えると、玲奈からピリピリとした殺気を感じて察した凪は玲奈にこう言った。


「……言っておくが魔界側の眷属と同じように俺を見るなり問答無用で襲い掛かってくるような連中だぞ? 相手を襲うということは襲った相手に返り討ちにされる覚悟がある奴がやることで敗けて文句は言えないし、そう言った文句を言う奴は覚悟の無い奴だって証拠だ」


 そして、凪は何かを見抜いたように玲奈にこんなことを教える。


「そんなことを聞くってことはさてはお前、そう言った連中(眷属)を相手にしたことがないな?」


 その一言に玲奈はギクッとなり、完全に気取られてしまった。


「知らないかもしれないが、天界側の眷属は同族である魔祓い師に手を出さないなんて考えは持たない方がいい。連中に取って俺ら人間はただの「資源」としか見ていないんだ。中間世界で俺を始末しようした魔祓い師がいたが、突然乱入してきたソイツらに黒ひげ「危機一髪」よろしく槍でメッタ刺しの串刺しにされて「テクトム」にされちまったのを見たことがある。つまりはそう言うことだ」


 凪の言う通りが本当だとするなら。自分達人間は天界と魔界のリソースで「テクトム」や「魔石」も中間世界に迷い込んだ人間を材料に創り出しているということになる。


「集めるんだったらそれなりの実力をつけてそれ以上の「覚悟」をしてやることだ。ちなみに稀に中間世界から人間界に出てくる異形の奴らの中にも「テクトム」を持っていることがある」


 それを聞いた玲奈は「なるほど、異能の力を持つ者たちから重宝される代物だからな。もし異形の奴らを相手にすることになるならなるべく狙ってみるのもありかもしれない」と少し挑戦してみることにした。


 買い物が済んだ2人は店を出て大通りへ向かう。後ろ髪を引かれるように後ろをみて店の外見を見ながら玲奈はこんなことを口に出す。


「こう言った場所に構える店で朝露市に良いカフェがある。今度帰ったら久しぶりに顔を出すのもいいかもしれないな」


 玲奈は裏路地の雰囲気を楽しみながらそう言うと凪もこの街のオススメのカフェを玲奈に教える。


「俺の知り合いが行きつけにしている「風見鶏」ってカフェがこの近くにある。買い物が済んだらそこで少しお茶していくか?」


 凪の誘いに玲奈は「凪ってコーヒー派なのか? 緑茶派かと思った」と以外に思う。


「カフェって言っても甘味屋だぞ? コーヒーとケーキも出してはいるが……そっちの方が良かったか?」


 逆にイメージ通り過ぎてどう言えばいいのか解らなくなった玲奈は「ええ……ああ……そう……なの……か……」と返答に困る。


「まあ、師匠が経営している店で、異能探偵の修行してた時の休憩時間に出る冷茶と師匠お手製の甘味は至福のひと時と言っても過言ではなかったな」


 まだ凪の師匠に会ったことがなかった玲奈は「師匠ってどう言った人なんだ?」とそのことに食いつく。

 凪は自分の頭の中で師匠に対するイメージを思い出しながら口を開く。


「そうだな……ところで玲奈は異形の者に対抗するために設立された軍隊の話は聞いたことはあるか?」


 急に質問で返された玲奈だったが、凪の質問に少しだけ心当たりがあった。


「噂程度しか聞いたことがないが……私たちのような魔祓い師に対する世間からの信頼がまだ薄かった頃に設立された政府の部隊……だったか?」


 噂程度にしか聞いたことの無い話でもあったため、真偽は定かではなかったが凪はそれを肯定した。


「そこまで知っているなら十分だ。俺の師匠はそこで衛生兵をしていた」


そこまで話したところで凪はある店の前で止まった。


 それはえんじ色の暖簾がかかった和風な趣の店が前で暖簾には「風見鶏」と白の字で書かれている。


 凪は馴れたようにカラカラと引き戸を開けて中に入ると、入り口から数歩のところで突然木製の4脚の背もたれのない椅子が凪に向かって飛んできた。


 凪は前に突き出した右手で飛んできた椅子をガッとキャッチすると、その後ろから藍色の仲居の作務衣を纏った茶髪ショートヘアの女性が椅子を掴んだせいで、腕が伸びきってがら空きとなっている右脇腹に左ひじによる強烈なエルボーバットが凪の右脇腹に迫る。


 凪はスーッと息を吸うと、カクンと両膝の力を抜いてエルボーをかわした。

そして、ギャリギャリギャリと店の床を削るような勢いで両脚の爪先を右に向けて左手で掌底を放った。


 だが、女性は凪より素早く屈んで右足で凪の両足を薙ぎ払い、転倒させる。

凪は弾みで椅子を手放して右肩から床に叩きつけられるように落ちて「グエッ!?」と小さな悲鳴をあげると、手放した椅子が垂直に落ちてよりよって椅子の脚が、ゴッと固い音をたてて凪の左頬に直撃した。


 突然の出来事に凪が伸びている後ろで玲奈は困惑していると、女性はスッと居住まいを正し、左手を腰にやり右手の人差し指を立ててこう言った。


「回避を膝の脱力で行う癖がまだ抜けていないな! カウンターに派生しやすいが下段技に極端に弱い! 今みたいに脱力で回避を行うなら必ず避けきった瞬間に踏ん張って下段技を警戒しろ」


 クールな面持ちの姉御肌な雰囲気を纏った30代ほどのその女性は左頬から煙をあげて伸びている凪に一通り説教を終えると、玲奈を見て口を開く。


「ああ! その猫の仮面……コイツの友達が言っていた監視役の魔祓い師が君か?」


 凪の友人となると幽麻か亜由美のどちらかと容易に想像できた玲奈に対し女性は握手を求めるように右手を伸ばしながら自己紹介を始める。


「ここの店主兼凪の師匠の居綱(いづな) 霞(かすみ)だ!」


 玲奈もそれに習って「魔祓い師の日比谷 玲奈です」と名乗りながら右手を伸ばし、霞の右手を握ったその時だった……


 気づいた時には自身の視界が反転しており、店のグレーのタイル貼りの床にドターンと背中から叩きつけられていた。


「所詮は魔祓い師だな。能力に頼るばかりで能力を発動していない時に受ける不意打ちにはめっぽう弱い。だが「自身は優れた能力がある」と驕ってほとんどの能力者がそれを直さない」


 右手で玲奈の右手を左手で肘を取っていた霞は、床に張り倒した玲奈にそう言い放った。

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