第12話・茶でもしばきましょうや

 少し経って自分達以外に誰もいない店内で、凪と玲奈は奥の席に座って霞に緑茶と茶菓子を出されていた。


「にしてもすまないね。凪だけ挨拶代わりのつもりだったんだけど、コイツの監視役につく魔祓い師がどれ程の者なのか興味が湧いちゃってね」


 霞はそう言いながら木製のトレーを左脇に挟んで、先程の事について謝る。


「あのまま「オーバードライブ」を打ち込めたら勝ったのに……」


 凪は悔しそうにそう言ってお茶をすすると、霞の説教が始まった。


「あれはお前があれ程直せと言った癖を克服できていないのが原因だ。だが、良い点と言えば踵で回転エネルギーを生み出したことだ。前はあれと似た状態では上半身だけで放とうとしていたが、それでは威力も射程も出ない……カウンターは相手に致命傷を与えられる最高の一撃だ。不完全な力では無駄打ちに終わる……今回の改善点を挙げるならただの回転ではなく。前に踏み込むような回転を使うことだ。ふくらはぎと太腿の踏ん張る力が掛かれば、簡単に足を払われることも無い」


 剣術は心得のある玲奈だったが、徒手空拳に関してはあやふやなため、霞の話についていけていないため、ほぼ聞き流している。


 玲奈は仮面を少し上にずらし、話を聞き流しながら出された茶菓子の梅の花を模した練り切りを楊枝で切って一口頬張る。


「……ッ!?」


 こしあんの上品な甘みが口の中に広がり、玲奈は思わず仮面の下が鬱顔になって背筋が後ろに反れてしまう。


「旨いか? 練り切りはインスタ映えもするから、お前らぐらいの歳の客からは人気があるのだが……」


 玲奈のリアクションに気づいた霞はニッとした笑顔でそう尋ねる。


「はい、とても美味しいです!」


 玲奈はそう答えて見ての通りの楽しいお茶の間になっていたのだが、右手の湯呑を口元に近づけた凪がピクッと何者かの気配を感じてその手が止まった。


「……お前の客人か?」


 凪の様子に気づいた霞は凪にそう尋ねると、凪は湯呑を置いて居住まいを正しながら答える。


「恐らくは……身に覚え先が多すぎてどれなのかは検討がつきませんがね」


玲奈(今までお前は何をしてきたんだ?)


 それを聞いた霞はハアッと小さな溜息をついてこう言った。


「やるなら表でやってくれ。いくらお前の能力で直せるとはいえ、店を荒らされたらたまったものじゃない」


 身構えていないとはいえ、凪の頭は既に臨戦態勢へ入っている。


(まさか氷室? いや、あれは既に「異能の力」を失っている……ということはまさか「師団」が?)


 玲奈は頭の中でこれから店の扉を外から開ける人物に備え、テーブルの左脇にかけていた刀に手を伸ばす。


「やめとけ……お前が手を出したら戦争になるし、相手の狙いは俺だ」


 凪にそう言われた玲奈は思わず伸ばした左手を止める。そう……玲奈はこの街の「師団」からの要請でこの街に来ているが、朝露市支部の支部長の娘という立場がある。もし、ここでこの街の「師団」のメンバーと争いごとなど起こせば「師団」同士の衝突が起こる可能性も十分にあり得るのだ。


 代わりに凪は「師団」などに所属しないフリーランスのため、自衛ならばそう言った問題に発展しない。


 そして、遂に審判の時が来た……店の扉がカラカラと静かに開かれ、入ってきた人物は自分達と歳の近い茶髪ロングヘアの少女で、白のYシャツに黒のチノパン姿とラフな格好で玲奈は少女を見て「京奈先輩!」と驚く。


 席を替えて玲奈は凪の左隣の席に座り、凪と対面するように京奈は席に着いた。

霞は凪たちと同じお茶と茶菓子を出して「どうぞごゆっくり」と言って店の奥へと姿を消す。荒事ではなく話し合いの場で、第3者である自分が口出しする気は無いのだろう。


「まずは我が家の愚兄が失礼を働いたことに深くお詫び申し上げます」


 開幕そう切り出してきたのは京奈で謝罪の言葉とともに、両手をテーブルについて頭を下げた。

氷室 京奈 霧雨高校2年生で異能風紀委員のひとりであり、玲奈の先輩に当たる。


 要件が自身の兄が凪に対して行ったことに対する謝罪だったため、玲奈は荒事にならなかったことに安堵しているが、凪はウンザリした顔で京奈にこう言った。


「要件は謝罪だけじゃないな? 正直に言ってください……支部長の命で来ましたか?」


 凪の一言で京奈の顔色が急に悪くなった。少し青ざめて冷や汗が滲んでいる。


「あのおっちゃんは……「あの件に関してはもう怒ってないから頼み事は直接言え」ってお袋から言われてるはずなんだけどな……」


 京奈の様子で全てを察した凪は、やれやれといった様子で口を開く。


「さては「京地先輩が担当していた「依頼」の引継ぎを俺に頼め」って言う話でしょう?」


 そうなった原因は2つある……ひとつ目は凪がその「依頼」を担当していた京地を再起不能にしてしまった事、そして2つ目は……


「私が引き継ごうとしたのですが両親は「氷室家最後の魔祓い師を失うわけにはいかない」という理由で、引継ぎが出来ない状態でして、支部長からも「報酬を倍額にされる覚悟でアナタに頼み行け」と言われる始末で……」


 京奈は申し訳なさそうな顔で凪にそう言うと、凪はハアッと溜息をついて京奈にこう言った。


「魔祓い師は自分達の血筋が絶えれば世界が闇に飲まれてしまうと恐れてる……先輩の両親の判断は魔祓い師としては英断だ……だからと言って俺が嫌いなこの街の「師団」に関しての同情はないが、大好きなこの街のためになることなら依頼料はそのままでいい。内容を教えてください」


 30分後……凪は京奈から依頼の内容を聞き終えて、勘違いしているところがないかを確認した。


「つまり……中学校に現れた幽霊が悪霊化して、さらに異形化までして生徒や教師を惨殺し始めたと?」


 凪の確認に対し京奈は自身が知っている範囲の情報をもう一度凪に話す。


「はい、先程も言った通り私が知っている限りになりますが、なんでも被害者は校内以外の場所でひとりでいたところを襲われた例もいくつかあります。死因が何なのかは聞いていませんが推察されるのは……」


京奈の話の最後の方で、凪は怪訝な顔でそれを止めた。


「ああ、そう言うのはいいです。あとで霧雨署の知り合いとかに教えてもらうんで、そう言った話でせっかくの美味しいお茶と茶菓子を台無しにしたくない」


 凪はそう言って茶菓子を楽しみ始めた。


「食べないんですか? ここの茶菓子は絶品ですよ」


凪にそう言われた京奈は、ようやく茶菓子に手を付け始める。


 お茶会が終わり、京奈が先に店を出て行き、凪は「やれやれ、お茶会が台無しにならなくてよかった」と言って席を立つ。


 会計を済ませて店を出ると、すっかり雨が止んで夕暮れの空になっていた。


「おお……雨もすっかり止んじまったな」


 まだ所々に夕焼けに照らされた雨雲が散っている空を見ながら凪は傘を右手に持ってそう言うと、帰り道を歩きながら玲奈は何かを思い出したように凪にこう言った。


「凪、私が委員長に仰せつかったことを忘れてはいないだろうな?」


 それ聞いた凪はウッと顔が少し引きつる。


「……やっぱお前も来るのか?」


 凪は嫌そうな顔でそう尋ねると、玲奈は立ち止まって両手に腰を当てて胸を張ってこう言った。


「当たり前だ! 私はお前の監視役で日比谷家の魔祓い師だからな。それにこう見えても「私の能力」を侮らない方がいいぞ?」


 そう、凪はまだ……玲奈の「異能の力」を見たことなかったことを思い出す。そして……なぜ玲奈が自身の監視役に選ばれたのかという理由も……

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