第9話・ソウルイーター

 玲奈が仮面を外すのをワクワクしながら待っていると、急な殺気を感じた凪は、玲奈の後ろから黒のYシャツと白のチノパン姿で青色の金属光沢を放つレイピアを突き立てる京地に気づく。


 凪は玲奈を自身から見て左の方へ押しのけ「フルメタルアルケミスト!」と叫び「シャドウ」の両手で突き出されたレイピアの先端をバシッと白刃取りの要領で挟んで止める。


「そうすると思ったよ!」


 京地はニヤッと口元を歪めてそう言うと「シャドウ」の両手が分厚い氷で覆われてしまい、動かなくなった。


 凪は後ろに下がって距離を取るが「シャドウ」と同じように両手がくっついて動けなくなっている。


「君ら「死神」が使う「シャドウ」は本体の魂とリンクしているため、シャドウが傷を負えば本体も傷を負う。逆もまた然り……」


 玲奈は凪の方を向いて何かをするために近づこうとしたが、京地がレイピアで切りかかってそれを邪魔した。


「君の「異能」も厄介だが、発動させる間もなく剣術で攻めれば容易い!」


 玲奈は仕込みを抜いて突きを受け流すも、後ろに下がりながらの受け流しだったため、踏ん張りが効かず、撃ち落とすように刀身を地面に押さえつけられ、分厚い氷で地面に固定されてしまった。


「終わりだ!」


 京地は勝ちを確信し、玲奈に向かって突きを放った。玲奈は固定された刀を手放し後ろに飛んだが、レイピアの切っ先が仮面の右頬に浅く刺さり、バランスが崩れた玲奈は路地の壁に背中からゴンッと鈍い音をたてながら勢いよくぶつかった。


 後頭部を強打してしまい、脳震盪を起こして動けない玲奈に向かって、京地は止めのようにレイピアを突き立てたが、不意に左から黒いモヤのような殺意を感じてそちらを見ると、既に両手の氷が粉々に砕けて復帰した凪と凪のシャドウが迫っていた。


 シャドウが京地の右手首を掴み、そのまま上へ持ち上げて京地の両足は地面を離れる。


「テメエは色々と「去勢」して再起不能にしてやる!」


 凪はそう言って右手を手刀の形にして、京地の左胸に突き刺した。凪の手刀は京地のあばら骨を貫いて京地は思わず「グアアア!」と叫ぶ。


 だが、それだけでは終わらなかった……凪はそのまま手を引き抜くと右手には京地の体内にあったであろう拳大のサイズの臓器を握った状態で繋がっている血管をブチブチと引きちぎりながらそれを抜き取った。周囲にいた者たちは悲鳴をあげる者もいれば気を失ってその場に倒れ込む者もいた。


 そして凪の手の中でビクビクと痙攣するソレは突然、蒼い炎に包まれて塵となってしまう。


 凪は京地を地面に投げ捨てると、京地は「グエッ!?」と地面に揉んどり打って出血している左胸の傷に手を当てると、何かに気づいて上半身を起こしながら何回も傷口を触り、シャツのボタンを外して手刀によって開いた穴の下にあるはずの傷口を見るが、あれ程の出血をした傷が無いのである。


「え? あれ? ええええええ!?」


驚きと動揺が隠せない京地に対して凪はこう言った。


「流石に殺しはしないけどな? 俺は「死神」でお前がもう風紀委員が除名を受けている魔祓い師だってことは友達からのメールで知ってる。これで「俺の正当性は」立証できる……だからお前を「能力者として去勢」させて貰った」


 そう言って凪は「ラグラス」と呟いて何もない空間から京地の「能力」であるはずの青色の金属光沢を放つレイピアを右手で抜いた。


 それを見た京地は驚きと怒りに満ちた顔で「貴様ぁ!」と右手を伸ばして凪に飛びかかったが、凪はスッと右に避けてそんな京地の右手首を左手で掴み、右手で右肩を抑えてそのまま地面に組み伏せた。


「ついでにしばらくの間は「武人としても去勢」しといてやるよ」


 凪は冷めた顔でそう言うと、左足を挙げて地面に組み伏せている京地の右肩を自身の股下通し、両手が使えるようになったため、右手で小指をそして左手で人差し指を掴んだ。


 凪が何をする気なのか想像がつき、背筋がゾッとした京地は「待て! 止せ! 僕が悪かった!」と許しを請うた瞬間……バキッと乾いた木の枝をへし折ったような音がその場に響き、右手の人差し指と小指が外側に向かって90度に曲がっていた。


「ギィエアアアアア!?」


 京地の悲鳴に目が覚めた玲奈は何事だと思い、悲鳴のした方を見ると、自身の右手首を左手で握りしめながら悶絶している京地とスマホを取り出してどこかへ電話する凪がいた。


 あれからしばらく経って霧雨市にある司法機関・霧雨市警察署 通称・霧雨署の取調室に凪はいた。


「じゃあ、君は学校で襲ってきた生徒の逆恨みに対してあのようなことをした? それで間違いは無いんだな?」


 凪にそう尋ねるのは茶髪スポーツ刈りの30代前半のスーツ姿の男性刑事で凪は質問に対して何の動揺も無く答える。


「学校では相手がまだ「異能風紀委員」という立場があったからあの程度で済ませた。そしてその立場を失っているのにも関わらず今日になって襲ってきたわけだ。「無所属の能力者」でもそう言ったケースでは自衛は認められているし、それに俺は「死神」としてのルールも破っていない。俺が相手から奪ったのは「異能の魂」だけだからな」


 警察相手に敬語を使わない上に、自身の正当性を主張する凪に対して、男性刑事は神妙な顔でこう言った。


「……魔界側の異能である「死神」は特定の満たすことで他の「能力者の能力を奪う」ことが出来る」


男性刑事はそう切り出して講義を始めた。


「代表的なモノは高レベルの死神になって初めて使える「デスサイス」で瀕死または精神と肉体が重度の疲労状態の能力者の心臓を破壊する。これを受けた「能力者」は能力だけを失い、普通の人間に戻り、2度と「異能の力」に目覚めることは無い。そして、もうひとつは物理的に心臓を奪い取り、冥府の炎で塵にする……だが、前者と違って受けた対象は生命活動が停止してしまい、2度と目覚めることが出来なくなるため、異能に対する法律でも禁止されていて、それを行った者は殺人罪に問われる……はずなのだが……」


 そこまで男性刑事が講釈を垂れていると、凪が途中で割って入った。


「俺の「能力」はそれを合法的にできる。デスサイスは「異能の魂」のみを取るが、物理的に心臓は無傷だから対象は死なない。俺の場合は相手の心臓を奪い取る瞬間に「能力」で「代わりの心臓」を本来あるべき位置に再構築させることによって対象を死に至らせることなく「異能の魂」のみを奪い取る。ランキング2位になる頃には同じことを2回もやってるんだ。槙(まき)さんだって魔界側の「能力者」に知り合いが多いんだからそれぐらいは知っているでしょう?」


 そう言われた槙は困った顔で後頭部を掻きながら聴取を終えることを告げる。


「まあ、確かにね……君は模範的な「死神」ではあるよ。聴取はこれで終わりだから帰って良し!」


凪は席を立って取調室を出ると廊下の外で仮面を両手押さえている玲奈がいた。


 玲奈の謎の行動に凪は「……何してんの?」と尋ねると玲奈は困った様子でこう言って来た。


「凪! いいところにきた。さっきの戦闘で入ったヒビが開いて仮面が割れてしまったんだ!」


 仮面の割れ目を抑えて外れないようにしている玲奈にそう言われた凪は京地のレイピアの切っ先が玲奈の仮面に浅く刺さっていたことを思い出した。


「……いったんそれ外せ。レイピアで顔を斬ってる可能性がある」


 怪我の手当を優先したかった凪は玲奈にそう言うと玲奈は慌てた様子でこう言った。


「待て! そっちの方が困る! 凪は能力で仮面だけを直してくれればいいんだ。外さなくてもそれは出来るだろう? そう言ってくれ!」


 是が非でも仮面を外そうとしない玲奈に対して、凪は呆れながらこんなことを言う。


「じゃあ、今から言う2つの内ひとつを選べ。病院送り覚悟して今ここで仮面もろとも顔面にも「能力」を喰らうか? 署の建物の裏手に行ってそこで仮面を外すか? どっちか選べ」


 2つにひとつの究極の選択を迫られた玲奈だったが、冷静に考えてみれば選択しなんて無かったんやと言うことに気づいてしまい、諦めた。


「むう……解った。裏手に行こう。本当にそこには人はいないんだな?」


玲奈の質問に凪は「今の時間帯ならな」と答えながら歩きだした。


 時刻は夕方ということもあり、建物の裏手には誰もいない。周りには駐輪場と垣根と大型車両の駐車スペースになっており、緊急の出動などが無ければそんなに人が来ない場所だ。


 凪は「よし、この辺りなら大丈夫だろ? 見せてみろ」と言って仮面を外すのを催促した。

 本心をぶっちゃけてしまうと、玲奈の素顔を見たくて仕方が無い凪は玲奈が醜女だとは思えなかった。


(玲奈が仮面をつけている理由は多分「支部長の娘」だからだろう。これぐらいの年齢になると「他所の支部の幹部クラスから婚約話を持ち掛けられるのが嫌で顔を隠す子もいる」って母さんが言ってたことがあるし、玲奈もその典型だろうな)


 そんなことを推理しながら凪は玲奈が仮面を外すのを待つ。


「おめかしもしてない顔を男に見られるのはどうもな……」


 埒が明かないと諦めがついた玲奈は、後頭部にあるベルトのストッパーをパチンと外して凪に素顔を見せた。


 玲奈の素顔を見た凪は固まってしまった……そこにいたのは雪のような白い肌とルビーのような紅い瞳をした丸顔の少女で、凪は少女の瞳を見てあることに気づく。


「玲奈……お前「変異種」だったのか」


 凪にそう言われた玲奈は凪から目を背ける。


「中学の時に「異能の力」を発現できた時、両目がこうなって以降、父の私に対する期待の目が消えた。そんな父にまた期待されるためにも大見栄を張って霧雨市への異動要請を受けてこの街に来たんだ」


 そんな風に暗い話をする玲奈の顎に右手をスッと当てて、視線を自分に合わせながら凪はこう言った。


「綺麗な色だな! メリーは青だけどそれ以上に輝く宝石みてぇな色だ」


 今まで嫌いだった自身の瞳の色を褒めるような言い方をされた玲奈は、思わず頬を赤らめながら「変に見えないのか?」と尋ねると凪は首を横にふる。


「全然! それに「変異種」だって「血縁種」とは違えど純粋な魔祓い師であることに変わりはない。俺みたいな「紛い物」からしてみればとても素敵な存在だよ」


 凪は能力で割れた仮面を元通りに直しながらそう言うと、それを聞いた玲奈は少し嬉しそうな様子で仮面を受け取りながらこう言った。


「そうか……ならお前と2人きりの時だけはなるべく外していようかな?」


 そう言う玲奈に凪は「別にそれ以外の時でもいいんだけどな」と言うがそう言われた玲奈は少し焦った様子で訳を話す。


「それはダメだ! 凪だけに見てもらいたいからな」


 凪はそれを聞いて「ほう?」と少し鼻の下を伸ばすが玲奈は「言っておくが他意はないぞ!」慌てた様子で否定する。

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