第8話・まずは服屋だな!

 翌日のお昼過ぎ、凪は自宅の風呂場の洗面所で身なりを整えていた。白のTシャツの上に黒のジップパーカーを羽織ったジーンズ姿のラフな格好で、鏡の前で後ろ髪を結っていた。


 そこへ水色のTシャツと黒のバスパンの部屋着姿のメリッサが入ってくる。髪は結んでおらず、僅かな光を反射して輝く肩まで伸びた金髪ロングヘアが風に揺れる絹のように揺らめく。

 

その姿は休日の女子学生のようだが、決して間違えてはいけないメリッサは男である。


「あれ? 兄さんどこか出かけるの?」


 アメリカ人とは思えない流暢な日本語でそう尋ねてくるメリッサに、凪は昨日の朝に玲奈と会っていることもあって今日の予定を話す。


「昨日の朝に俺を向かえに来た風紀委員の日比谷 玲奈と一緒に知り合いのところに挨拶回りをしにいくだけだ」


 それを聞いたメリッサは「え? 「師団」嫌いの兄さんが?」と驚くと凪は誤解されていることに気づく。


「まあ、この街の異能風紀委員のメンバーはほぼ霧雨市支部の「師団」からの派遣だが、玲奈は別の街から来た魔祓い師だ。この街については知らないことが多すぎるし、霧雨市支部の魔祓い師の中でも嫌いになれない奴だしな」


 誤解が解けたメリッサは少し気になったことがあり、凪にカマかけを仕掛ける。


「でも好きにはなれるんだ?」


その意味を理解した凪は、呆れたようにメリッサにこう言った。


「お前は顔と女子ウケは俺より上なんだからいい加減に彼女でも作ったらどうだ?」


そんな色事の話をしているとピンポーンと玄関のチャイムが鳴る音がした。

 凪は足早に玄関に向かって「はーい」とスニーカーを履きながら扉を開けると、そこには帯刀している玲奈がいた。休日にも関わらず、私服を持っていないのか? 学生服姿だ。


「待たせたな」


 開幕そう言ってきた玲奈に凪は呆然となり、玲奈はなぜ凪がそうなったのか容易に想像できたため、こう言った。


「すまない……今は部屋着以外の私服がなくてな。服屋の場所も知りたくて案内を頼みたかったんだ」


 お洒落な格好で来ると期待していたであろう凪に対して気まずくなり、玲奈は凪に謝ると、凪はやれやれと言った様子で左手を顔にやって「ちょっと待ってくれ」と断ってからリビングの方を向いて大声でメリッサを呼んだ。


「メリー! 今すぐコーディネーターとしてお前も一緒に来―い!」


 リビングのソファーで呑気に湯呑で緑茶を飲んでいたメリッサは、急に大声を呼ばれたことに驚いてプーッと口の中のお茶を吹く。


「待って! 今着替えてくるから!」


メリッサは慌てて2階の自分の部屋へ行き、部屋に入って扉を閉める。

 メリッサは白のYシャツとジーンズを纏い、ワードローブから黒のテーラードジャケットを取り出して羽織りながら玄関へ向かう。


「お待たせ!」


 後ろ髪をポニーテールに結いながらメリッサはそう言って来たが、凪はそんなメリッサにこう言った。


「メリー……チェンジだ」


 そう言われたメリッサは玲奈の格好を見て納得する。


「ああ……なるほどね。じゃあ、一分ほど待ってて!」


そして一分後……


「ごめん! 少し時間かかった」


 そう言って出てきたのはスカートの長さが膝から下までの黄緑のワンピースの上にデニムジャケットを羽織ってポニーテールを解いて髪を降ろしたメリッサだった。


 学ランより胸部などの体格が出やすい格好であるにも関わらず、男性らしい体格が出にくいように着こなしている。


「女子として色んな意味で敗けた気がする……」


 玲奈はそう言いながら膝から崩れ落ちるように両手を地面についてガックリしていた。それを見た凪は玲奈にこう言った。


「安心しろ! メリーがお前をコーディネートする。まずは服屋だな!」


そう言うこともあって3人はこの街にある服屋へ向かうことと相成ったのである。

 3人が服屋についた頃……商店街をひとりで歩いている少女がいた。


「シャーボン玉飛んだ! どこまで飛んだ? 屋根まで飛んで……こわれて消えた……」


 童謡を歌いながら歩く黒のタンクトップに色褪せた黒のジーンズの半ズボンを穿いており、肩まで伸びた黒髪を凪のように紅の帯で結っており、顔つきからまだ中学生ですらないことが解る。

 その少女は何かに気づいたようにふと立ち止まった。


「……凪お兄ちゃん?」


少女は疑問形でその言葉が口から出た。


 そして、商店街にある個人経営の呉服屋にて、凪たちは来ていた。

今時に合ったお洒落でカジュアルな服が並ぶ店内で店主と思しき三十路の女性はメリッサを見るなり「あらぁ? メリーちゃんお久しぶり!」と3人を歓迎した。


「とりあえず春から夏にかけての服を選びますか。要望はあります? 無ければ僕が見繕いますよ」


 メリッサはそう言いながら既に服を何着が手に取った。最早やる気満々であることが伺えた。


(一体私はどのように改造されてしまうのだろう?)


 玲奈はそう思いながらも、男でありながら女性の服を女性らしく着こなせているメリッサのコーディネートが内心楽しみであった。


「お任せしていいか?」


玲奈はそう言った瞬間、メリッサは早速手近にある服を数着程手に取り始める。

 完全にスイッチが入ったメリッサはトップのシャツなどをジャケットと組み合わせ始める。


「トップスはこれとこれで……ボトムスはスカートだとどれがいいかな?」


メリッサはそう言いながらチラッと玲奈の足元を見た。


「……丈が短いのにしますか!」


 予想だにしていなかったメリッサの一言に、玲奈は昨日の朝の一件を思い出して頭のてっぺんから蒸気が吹きだした。


「待ってくれ! せめて二分丈スパッツと組み合わせてくれ!」


 それを聞いたメリッサは弟ということもあって凪の趣味を知っていることもあり「ああ、そういうことですか」と凪を見ながら納得する。


 そして、メリッサはスパッツも取って籠の中にいれて試着室前にいる玲奈に渡す。


「とりあえずこんな感じですかね? 着てみてください」


玲奈は服を受け取って試着室に入った。

 玲奈は仮面を外して制服を脱ぎながらメリッサにこんなことを聞いた。


「そう言えばメリッサは私ほどじゃないが胸部の女性らしいふくらみはどうやってるんだ?」


 玲奈の質問にメリッサは「気軽にメリーと呼んでくれてもいいですよ?」と言ってから答える。


「スポーツブラにパッドを入れてあるだけです。サイズはAカップ程にしてあります。余り大きいとパッドだって解ってしまいますから、それと僕の場合、スカートの丈も膝より下のプリーツタイプしか持ってません。他のやつだと骨盤の関係上不自然に見えてしまいますからね」


それを聞いた玲奈は女装に関してはかなり場数を踏んでいることが伺えた。


「普段から女装することが多いのか?」


玲奈の質問にメリッサは特に気にした様子も無く答える。


「多いって程でも無いんですけどね。自分に似合う格好をしているってだけですし、最近もクラスメイトの女子に制服交換して女装したこともありますよ」


 割とすごいことをしていたことに驚きながらも、着替え終わった玲奈は仮面をつけ直して試着室から出てきた。


「着方は間違っていないだろうか?」


 そう言って出てきた玲奈の格好は明るい緑のYシャツの上にベージュのロングカーディガンを羽織り、水色のプリーツの入ったミニスカートと二分丈の黒のスパッツを履いている。


それを見たメリッサと凪は声を揃えて「オー!」と驚きの声を上げた。


「似合ってるじゃないか! これなら問題なく街を出歩けるな」


 玲奈は財布を取り出しながら「私は服選びが苦手ででな。メリーがいてくれて本当に良かった」と少し機嫌が良さそうな口調でそう言いながら店主のいるレジで精算を済ませる。


「すみません。このまま着て行くので値札を外してもらっていいですか?」


 ようやく買い物が済んだ一行は店を出るとメリッサは「それじゃあ僕は家に帰るから」と言って店前で別れようとしたその時少しチャラい雰囲気の若い男が「ねえ君! この後暇?」とメリッサに絡んできた。


 流石は女性にすら間違えられるだけはある。だが、メリッサも場数を踏んでいるだけはあって対応も素晴らしかった。


「クソして寝な!」


 メリッサは冷たくそう言ってスタスタとその場から去っていった。罵倒された男は「最近の姉ちゃん……キツイや」と残念そうな顔でメリッサの向かった方向とは逆の方へ向かい、その場を去っていく。


「私はメリー以上に女子力を磨くべきだろうか?」


 そう尋ねてくる玲奈に凪はこう言った。


「そこまで言うならそのマスクを外したらどうだ? コンプレックスがあると言ってはいたが幽麻みたいに火傷とかがあるわけじゃないんだろ?」


 そこまで言われた玲奈は右手を仮面にかけるも外すのを渋りながら「言わないか? 絶対に変って言わないか?」と尋ねる玲奈に凪は呆れた。


「言わねえよ! それだけは約束する」


凪にそう言われた玲奈は仮面を外そうとした。

 しかし、2人は気づいていない……右手に青色の金属光沢を放つレイピアを握り、2人を狙う人物がいたことに……

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