第6話・フルメタルアルケミスト

 3階の会議室にて、玲奈は手足を分厚い氷で固められて壁に貼り付けられていた。


(まさか掃除ロッカーに伏兵がいたとは、不覚だった……)


 玲奈は悔しい気持ちで京地を睨み付けるが、京地は特に気にする様子も無く。凪が来るのを待ち焦がれていた。


「うーん、使いの者を送ったのに中々来ないな。割と甘いところがあると思ったからすぐに来そうなものだと思っていたが……」


京地はそんなことを言いながら凪が来るのを待った。


 一方、当の本人はと言うと……3階の会議室近くのトイレの個室で顔を真っ青にして「オロロロロロ」と吐いていた。


 個室の外にいた幽麻が「大丈夫か?」と凪に心配の声をかける。

ようやく吐き気が治まった凪は個室から出て洗面所で口の中をゆすぐ。


「久しぶり過ぎて流石に吐いた……それよりも手筈通り動いてくれよ?」


 凪は左手の甲で口元を拭って幽麻にそう言って会議室へ向かう。

会議室についた凪はガラッと勢いよく扉を開けると、背面黒板の方の壁に貼りつけられている玲奈と、正面に陣取っている京地と左右に2人ずつ並ぶ異能風紀委員の生徒だった。


「よく来てくれたね。突然だが君の出来ることはふたつだ。さっき送った使いの者が言った通り、僕の部下になるか。それとも彼女を見捨てて逃げるか? 君はどうす……」


 そう意気揚々としゃべる京地の言葉を制するように凪は「バカか? テメエは?」と京地に向かって言い放つ。


「俺のダチに手を出しておいて……部下になるか尻尾巻いて逃げろのふたつ? 答えは第3の選択肢である「テメエをぶちのめす」だ。俺は気が立ってる……ぬるいやり方はしねえぞ」


 凪はそう言ってバンダナで口元を覆う。


「バカなのは君じゃないか? こっちは5人で人質も……」


 京地がそう言いながら玲奈の方を見ると、さっきまでそこに貼り付けにしていたはずの玲奈がいなくなっており「あるぇ!?」と目を丸くして驚きの声を上げた。


 そして凪の背中から黒い煙のようなモノが出始め、部屋の空気がビリビリと振動し、机や椅子がミシミシと軋む音をたて、窓ガラスにピキッと亀裂が入る。


「フルメタルアルケミスト……」


 凪はそう呟くように言うと背中から湧き出ている黒い煙の中から黒光りする西洋甲冑に身を包み、黒のフードを纏った凪より一回り大きい存在の上半身が現れた。


 その一方で会議室から少し離れたところにあるトイレの前に、幽麻と玲奈がいた。


「あれ? 私さっきまで会議室にいて……」


 ここに来るまでの記憶が無いことに疑問を持つ玲奈であったが、急に強烈な眩暈と吐き気に襲われ「ウプッ!」と口元を抑えながらトイレに駆け込んだ。


「まあ、無理もねえな……昼飯が済んでそんなに時間が経ってないし、凪ですら初めてこれやった時に吐いたからな」


 トイレの外で幽麻はサングラスを外しながら心配そうにそう言ったが、女子トイレの方へ行くわけにはいかないため、その場に待つしかなかった。


 そして、会議室ではと言うと……京地の取り巻き4人がとんでもない目に遭っていた。


 約2名が金属製のパイプで出来た椅子や机の脚が明後日の方向に曲がった手足に巻き付いており「アアアアア」と苦しむ声と「痛い……痛いよ……」悲痛な声を挙げており、ひとりは気絶した状態で背面黒板に見ての通り埋められており、もうひとりは木の床が波のように隆起した床に仰向けの体勢で埋められていた。


 凪は先程の異様な存在を背中に出したまま、青色の金属光沢を放つレイピアを構える京地と対峙する。


 先手に出たのは京地、レイピアの先端を床を掠るように振り上げると床を伝って氷柱のように尖った氷が川の流れのように凪に向かって伸びた。


「だりゃあ!」


 凪は掛け声と共に床に右拳を叩き込むと、背後にいるその存在も同じ動きで右拳を床に叩き込んだ。すると、木の床が破片をまき散らすことなく隆起し、自身向かって伸びてくる氷が砕けて勢いが止まる。


 京地はその隙に窓から外へ出て、滑り台のような氷の坂道を作って2階の開いている窓に繋いで滑りこんだ。


「俺から逃げようってか?」


凪は窓から2階の廊下を疾走する京地の背中を見てそう言う。


 ショートカットで2階の廊下へ逃げた京地はレイピアを何もない空間にしまって走っていた。


(なんだアイツの「シャドウ」の能力は! あんなの勝てっこない。とにかく予鈴が鳴るまであと数分、それまで逃げ切ればアイツも諦めて教室へ戻るはず……)


 完全に勝機を失った京地はそう考えながら廊下を走っていると、いきなり進行方向の天井がミシッと盛り上がり、ズドンと重いものが落ちたような音と衝撃を響かせながら風穴が空いて凪が上から落ちてきた。


「まっ……まさか……!」


 京地は驚きの声を上げながら凪の通ってきたルートが頭の中で図として浮かび上がった。そう、凪は上の階の廊下を伝って自分の頭上を追い越し、そのまま床をぶち抜いて階段を使わずに下の階に降りてきたということに気づく。


 そして、凪が風穴をあけた床はみるみると塞がっていき、元通りに戻る。


「フルメタルアルケミスト!」


凪はそう叫んで「シャドウ」を出し、先程と同じように右拳で廊下の床を殴った。


 踵を返して逃げようとした京地だが、自身が振り向くよりも早く。自身が今いる場所の床材のゴムシートが変形し、無数の帯のような形になって京地の両足に巻き付く。


「しっ……しまった!」


 凪はその場から動けない京地へ無言で歩み寄り、拳の間合いに入った。京地は「ラグラス!」と叫んで先程のレイピアを何もない空間から右手で抜いて凪に向かって振り下ろし反撃しようとした。


 だが、凪の方が早く左手で右手首を掴まれてしまい、左拳による強烈なパンチが左二の腕を捉える。


 グシャリと音をたてながら筋繊維を潰して骨を砕いた音がその場に鳴り響いて、京地は突如走る激痛に思わず「ギイェエアアアアア!?」と武器を手放しながら悲鳴をあげると凪はスーッと息を吸ってこう言った。


「これが俺の怒りだ……フルメタルアルケミスト!」


 凪は右拳を脇を絞めるように構え、左手を前に突き出すように構えるとシャドウも凪と同じ動きで構えた。


 そして「だりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」と凪の掛け声と共に両拳によるラッシュが京地を襲った。


 顔面・脇腹・鳩尾と避けることも防ぐことも出来ない京地は揉まれるように受けるしかなくサンドバッグのようになっていた。


 凪は止めにワンテンポ置いて「だありゃあ!」と右拳のフィニッシュブローを叩き込もうとしたその時……


 脇から現れた亜由美が「そこまでや」と言って凪のシャドウの拳を左手でピタッと止めて足元の床がバンッと爆ぜる。


 そこへ、事態を知った委員長が駆けつけてきたため、凪は先程のラッシュで顔のあちこちがボコボコに腫れている京地の拘束を解くと、京地はベシャッと床に叩きつけた雑巾のように倒れた。


 少し経って京地は担架で保健室へ運ばれていき、5時限目の授業が始まってしまっているものの、その場で玲奈が委員長に事情を説明した。


「……ということがありまして、彼には何の非もありません。寧ろ私の事を助けてくれました。罰するべきは独断行動を取った京地先輩かと思います」


玲奈の言い分を聞いた委員長は困った顔をしてからこう言った。


「うーん……とりあえずは教室に戻る前に会議室の惨状を何とかしましょう。それと……今日の放課後に緊急会議を開くけど、玲奈ちゃんは彼の「監視」を続けて頂戴な。アナタのお咎めに関する議題ではないから……それと凪君!」


 委員長に名前を呼ばれた凪は「はい?」と返事をすると、委員長は頭を下げて謝罪を始めた。


「本来なら違反行為をする生徒を裁く私たち風紀委員が違反行為の無い生徒を攻撃するようなことをして申し訳ない。君はこの街の「師団」のことが嫌いなのは重々承知だが、全員がそうというわけでは無いということだけは頭に留めておいて欲しい」


 委員長にそう言われた凪は、怪訝な顔で会議室の後始末へと向かう。玲奈はなぜ凪がそんな顔をしたのか気になったが、今は目の前のことに集中するしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る