第5話・お前は釣り餌

 学校についた2人は、席についてHRを終えて普通に授業を受けていた。

1時限目から現国の漢字の小テストで、2人は無言で答案用紙にシャープペンを走らせる。

終了のチャイムと共に授業が終わって凪は席を立って廊下へと出て行った。


 玲奈は凪の「監視」を引き受けているため、校内でも出来る限り凪の近くにいなければならないため、木刀を腰に巻いている黒の専用のホルダーがついたベルトにさして帯刀し、席を立って同伴する。


 凪が向かったのは隣のクラスでそこには教室の窓側の隅に突っ立って、幽麻と談笑している亜由美がいた。


 亜由美は呑気にペットボトルのお茶を飲みながら扉から凪とその後ろにいる玲奈に気づいた瞬間、なぜか驚いたようにパブッホ! と口の中のお茶が吹きだし、同時に同じ方向を見ていた幽麻は、口が開いたまま顔の血の気が引いて真っ青になっていた。


「お前の「監視」につく風紀委員ってまさかその子?」


 ゲホゲホとむせている亜由美の左隣で、幽麻はガクガクと震える右手で玲奈を指しながら凪に尋ねる。


 幽麻達が玲奈を見てなぜここまで戦慄するのか。凪には解らなかった。


「そうだけど……ちなみに昨日朝っぱらからブッ飛ばした相手でもある」


 凪がそう答えた瞬間、2人は声を揃えて「バッキャヤロー!」と叫んで幽麻は右足の突き蹴りを凪の下腹部に、亜由美も幽麻と同じタイミングで飛び込むような左拳によるボディーブローを同じ箇所に打ち込んだ。


 突然の友人達から息の合った強烈な一撃に凪は「ウボォ!?」と悲鳴をあげながら後ろに吹き飛び、白目を剝いて口の端から涎を垂らした状態で倒れる。


 そんな凪を見下ろすように亜由美は、右手人差し指を凪に向かってビシッと指してこんなことを凪に教えた。


「その子は「師団」の朝露市支部の支部長の娘やぞ! 何してくれとんねんお前!」


 とんでもないことを知った凪は、ムクッと曲げたバネを離すような勢いで上半身を起こし「えっ!? そうだったの?」と驚きの声を上げる。

 玲奈は困った様子で左手を腰に当てて答えた。


「まあ、あまり知られたくはなかったのだが……それでも昨日の一件で少しは吹っ切れたところもあるし、そのことはお互い水に流すとしよう」


その場にいた者たち(なんて懐の深い人なんだ……)


 そろそろ2時限目が始まる頃になって、教室に戻る道中玲奈はふと思う。


(流石に気を張りつめ過ぎた感はあったからな。あの一撃が無ければ私の魔祓い師としての在り方が間違った方向に進んでいたかもしれない)


そんな玲奈が後ろにいる状態で凪は、顔を真っ青にして表情が引きつっていた。


(まさか他所の支部の支部長の娘に勝ってしまうとは……「師団」の連中のことだ。近い内にぜってえなんか仕掛けてくるな)


そう思いながら2人は自分達の教室に戻るのであった。


 そして、昼休み終了間際のこと……玲奈は異能風紀委員の会議室にいた。

その場にいたのは委員長ではなく。茶髪ショートヘアの男子生徒だった。


「私に用とは何でしょうか? 氷室 京地(きょうじ)先輩?」


玲奈は京地に用件を尋ねると、京地はこんなことを玲奈に聞いてきた。


「君と委員長の側近2人を「能力」無しで倒した鈴羅 凪君のことなんだけどね? 実は彼を僕の部下に引き入れたいんだ。委員長は「師団」に懐柔しろと言うけど、彼がそんな要請を受けるとも思えないし、それだったら「異能探偵」として一緒に行動していた方が律が良いと思うんだよ」


 京地は気さくな態度で玲奈にそう言うが、玲奈は京地がどういう人間かを知っていた。


(氷室 京地 3年生、異能風紀委員の3分の1のメンバーを部下に持つ幹部級の魔祓い師でレイピアの達人とも知られている)


 そして、今の状況からあることが解った。


(委員長がこの場にいないということは「師団」からの指示か。本人の独断によるものだろう。凪は確かに強い……部下に出来れば自身の地位に大きな拍車がかかる。だが、ここでこの人に凪を取られては私の幹部の席は無くなる)


 それだけは避けたかった玲奈は、その話を断ることにした。


「これは聞いた話ですが、彼はかなりの魔祓い師嫌いです。今朝の登校時の監視の時もあまりいい顔はしていませんでしたし、下手に勧誘をしても余計に毛嫌いされるのがオチでしょう?」


 ストレートに断れば怪しまれると思った玲奈は、はぐらかすようにそう言って「それでは失礼します」と言って教室を出よう出口へ向かい、扉に手を伸ばしたその時だった。


 突然、室温が下がったと思うと扉と周辺の壁に氷が張りつき、閉じ込められる。


「ちょーっと、待ったぁ……君さぁ、僕に知られたくないこととひとつだけ嘘をついていない?」


 玲奈は後ろを振り向くと、右手に青色の金属光沢を放つレイピアを握る京地がいた。気づくと京地の足元から伸びた氷が自身が使おうとした扉まで床を伝って伸びているのが解る。


「委員長は君だけに言ったと思ってるけどさ。実は部下から聞いちゃったんだよね……「彼を「師団」に懐柔できたら幹部の席が貰える」って話……委員長は君の「能力」なら問題無いと見て彼の監視と交渉を頼んだんだろうけど、僕も幹部の席は欲しいから君に先を越されるわけにはいかないんだよ」


 しかし、玲奈は仮面で表情を隠しているため、表情で動揺していることを気取られることも無く。落ちついた声でこう言った。


「だからといって同族である私をここで始末をしても自身の首を絞めるだけでしょう?」


 玲奈はそう言うも京地は武器を納めずにこう言った。


「うん、始末する気は無いよ? で……部下からもうひとつ聞いたことがあってさ。君ら楽しそうに身の上話をしながら登校している姿を目撃しているんだよね。君はさっき彼は魔祓い師を毛嫌いしてるって言ったけど、そんな彼がなんで魔祓い師の君と楽しそうに身の上話をしているのかなぁ?」


 退路も断たれ、嘘もバレた。今の玲奈が取れる行動は京地を倒すか。幹部の席を諦めて協力するの2つしかない。

覚悟を決めた玲奈は帯刀している木刀に右手をかけ、仕込みを抜こうと構えた。


 一方、その頃……一緒に昼食を取っていた幽麻と亜由美の3人で廊下を歩いていた凪はふと、何かの気配を感じて立ち止まった。


 どうやら幽麻と亜由美も同じものを感じたらしく。3人は揃って後ろを振り向くが、廊下には教室を出入りしている生徒と窓際で談笑している生徒しかいない。


「亜由美……普段開いていない教室にいる生徒の場所は解るか?」


 凪は亜由美にそう尋ねると、亜由美の足元にピリッと静電気のような光がちらつく。


「下の階……3階の会議室やね。6人ほど人がおるみたいやけど……あとエアコンあらへんのにエアコンかけたみたいに室温が少し低い」※校舎は4階建てで1年の教室は4階で2年は3階、3年は2階となっており、1階に職員室と文学部などの部室が集中している。


 それを聞いた凪は幽麻の方を向く。


「幽麻、俺を連れてそこまで何秒かかる?」


凪は幽麻にそう尋ねると幽麻はブレザーの左ポケットからティアドロップサングラスを取り出してかけながら答える。


「人混み避けながらだから……10秒はかかるかな?」


 これから何が起こるか容易に想像できた亜由美は「じゃあ、ウチは委員長はんを呼びに……」と凪の方を向いてそう言おうとしたが、いつの間にか凪と幽麻の姿が無かった。


「あら? もう行ってもうた……まあ、ええわ。さっさと委員長はん呼びに行こっと!」


亜由美はそう言いながらその場を後にした。


 そして、3階の会議室にて……

壁に手足を氷で張りつけられた玲奈と京地、そして他の異能風紀委員の生徒4名がその場にいた。

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