第3話

 二日後、一日の朝。


 ワクワクして眠れないと思っていたけど、俺の体は眠くなったら寝るように出来ているようで、ぐっすりと眠って、早朝気持ちよく起きた。


 門の場所については、すでに調べ終えていた。朝飯を食べるのも忘れて、すぐに宿を出て俺は門に向かう。


 数分歩いて門に到着した。想像より門は小さかった。人の身長より僅かに高いくらいだ。背が特別高い奴は、かがまないと通れないかもしれない。俺は男にしては若干低い方なので、余裕で通れそうだけど。


 それと門はまだ開いていなかった。


 今日は間違いなく四月の一日だけど、早く着きすぎたのだろうか。


 門番がいて、子供は通れないという話だったが、どこにもそれらしき人物はいない。今は開かない時間帯だから、門番もいないというのか。


「あれ? まだ開いてないないんですかー」


 後ろから女の声が聞こえて来た。


 振り向くと、水色ショートカットの若い女が立っていた。


 背中の弓を背負っている。動きやすそうな服装に、俺と同じく大きな袋を持っていた。恐らく俺と同じく門をくぐりアウターに行こうとしてるのだろう。


 童顔で顔だけ見れば子供に見えるけど、胸がやたら大きいので子供ではなさそうだ。


「あのー、ここっていつ開くんですかー?」

「俺も今来たばっかりで良く知らない」

「そうなんですかー。もっと下調べしてから来たほうがよかったですねー。開くまで待ちますかー」


 女は残念そうな表情を浮かべる。そのあと、表情をコロリと変えて、笑顔を浮かべながら俺に話しかけてきた。


「あなたも冒険者になりに来たんですか?」

「そうだ」

「やっぱり、実はわたしもなんですよー」

「だろうな。格好を見りゃ分かる」

「えー、そんなに冒険者、冒険者してましたかわたしー。恥ずかしいなー」


 なぜか顔を赤らめて照れ始めた。ここに来る奴なんてほとんど冒険者になりに来たんだから、照れるようなことでもないと思うが。


「わたし、セリア・リンドルトって言います。タンペス王国出身の十七歳ですー」


 パッと明るい笑顔で、彼女は自己紹介をした。笑顔のいい女はモテるとよく聞くが、今それが分かったというくらい、セリアの笑顔は華やかだった。少したじろいでしまったので、誤魔化すため一度咳ばらいをして、俺も自己紹介をした。


「俺はスレイ…………だ。べストーン王国出身でお前と同じ十七歳だな」


 グラマンド家を追放されたので、グラマンド性は名乗りたくなかった。そう名乗る資格もないだろうしな。


「べストーン王国……あー、東にある国ですねー。スレイさんですか……あれ? 名字は何て言うんですか?」

「名字はない。俺はただのスレイだ」


 俺がそう言うと、セリアは目をキラキラと輝かせる。


「な、何かカッコいい。複雑な過去を思わせますね、それ……『俺はただのスレイだ』」


 セリアは俺の真似をする。よく考えればカッコつけた恥ずかしいセリフだと思って、俺は赤面する。


「真似はするんじゃねぇ」

「えー、カッコよかったですよ。わたしも明日からただのセリアになろうかなー」

「そんな理由で名字を捨てるな」

「アハハ、やだなぁ、冗談ですよー。しかし、カッコよかったな~。『俺はただのスレイだ』」

「だから真似してんじゃねー! 馬鹿にしてんだろお前!」

「してませんよー」


 からかっているのか、本当にカッコいいと思っているのか判断がつかない。掴みどころのない女だ。


 不意にセリアが、何かに気付いたように視線を遺跡の隅に向けた。


「よく見たらあそこ誰かいますねー。あの人も冒険者志望なんでしょうか?」


 俺たち以外に誰かいたのか? 半信半疑で、セリアが見ている方向を俺も見てみると、確かにいた。


 長い黒髪の女だ。黒いのは髪だけでなく服装も全体的に黒い。短槍を背負っている。


 丁度影になっている場所にいた上に、全体的に黒かったので気づかなかったが、一度気づいたら目が離せなくくらいの存在感を放っていた。


 顔が怖いくらいに整っている女だ。目に光がなく虚である。遺跡の壁に背中を預け、腕を組みながら、地面をただ真っすぐに見つめ微動だにしない。目を開けたまま寝てんじゃないかと思うくらいだ。


「おはようございますー。あなたも冒険者になりに来たんですかー?」


 セリアが何の躊躇もなく、フレンドリーに話しかけに行って、俺は驚いた。あんなやばい雰囲気を全身から放っている奴に、普通話しかけようと思わないし、話しかけたとして笑顔ではいけない。最大限の警戒をしながら話しかけるだろう。勇気があるのか、空気が読めないのか、どちらかだな。


 女はセリアの方を見ることなく、


「失せろ」


 と言い放った。


 他人を断絶する確固たる意志を込めた態度であったが、セリアはまるで気にせず話しかけ続ける。


「そんなこと言わずに教えてくださいよー」

「……」

「教えるくらい別にいいじゃないですかー」


 明らかに話しかけるなオーラを全身から出しているが、空気を一切読まずにセリアは話しかけ続ける。


 セリアがそこにいないように振る舞い続けるあの女もおかしいが、その女に話しかけ続けるセリアもまた変な奴だった。


 数分間話しかけ続け、ずっと無視されたので、流石に諦めて女から離れた。


「うーん、変わった人でしたねー。冒険者になる人ってやっぱ変わった人が多いのでしょうか」

「お前も含めてな」

「私は普通ですよ! でも、スレイさんも普通といえば普通ですね」


 普通……初めて言われた言葉だ。王城では、ごくつぶしだの、間抜けだの散々言われてきたからかな。


「俺は普通なのか?」

「今のところまともに会話できてますし」

「あの女と比べて普通ってことなら、そりゃ普通かもな」

「髪が真っ赤なのは変ですけど」

「いや、赤い髪って変じゃねーだろ。俺の国にはいっぱいいたぞ」

「えー、そうなんですかー? わたし初めて見たんですけどねー」


 確かに俺ほど真っ赤な奴はあんまりいないとは言われていたが、それでも変と言われるほどの髪の色ではないつもりだが。


 その後も、適当に雑談していると、続々と冒険者志望と思わしき連中が集まってきた。


 その中に、一際目立つ奴がいた。


 身長が2m近くはありそうな大男だ。見るからに頑丈そうな鎧を身に着けており、大きな盾を背負っている。


 オデコの左側から右の頬にかけて、剣で斬られたような傷跡があり、正直かなり厳つい顔だ。あの黒髪の女とは、また違った近寄り難い雰囲気を醸し出している。


 怖いもの知らずが多いであろう冒険者志望の者たちも、あのデカ男には近付きたくないようだ。デカ男の周囲に結界が張られているのかと思うくらい、誰も近付く者はいなかった。


「あの人、十人くらい人を殺してそうな雰囲気ですよ。怖いです……」


 セリアでもあの男には近寄りがたいようだ。


 俺はそこまで怖いとは思わなかった。アウターにはあれ以上の化け物がいるだろうに、ビビってたら身が持たないだろう。まあ、いちいち話しかけに行こうとも思わないけどな。


 それからしばらくして、鎧を着た十名の集団がやってきて、門の前に立った。


「残り数分で門が開くが、いくつか質問をする。それに答えた者のみ、通してやろう」




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