8 噂
「面白い話って、あのカメラのことか?」
「あぁ。カメラ本体はお前の言う通り、公園の分かりやすいところ……公園の入り口付近のベンチに放置しておいたが、SDカードだけかっぱらっといたんだ。こいつを後で花ちゃん先輩に見せて、思うことを聞かせてもらう」
「お前最低だな」「あなた最低ね」
藤井の言葉に、口を揃えて毒を吐く俺と市川。
しかしこれは流石に……やってること泥棒じゃないか。
「お前らなぁ、俺だって傷つくときは傷つくんだぞ? もっと心を労わってだな」
「誰が泥棒の肩なんか持つか! あぁ……やっぱりあのカメラは俺が管理するべきだった」
「とか何とか言ってお前も俺と同じことするんだろ?」
「しないよ! 誰があんな気持ち悪い写真しか入ってないSDカード欲しがる⁉」
「そもそもカメラ拾って中身見ようとしないわよ……」
横一列に並んでコップに各々のジュースを入れる俺たち。
ちなみに、先ほど宇佐美がこぼしたと言っていたジュースは、きれいさっぱりにふき取られていた。
どれほどこぼしたかにもよるが、ご主人様である宇佐美がジュースをこぼしたことを素早く察知し、対処したメイドさんたちは流石だと言わざるを得ない。
コミュ障を自称する俺からしたら、お客さんがトラブルに遭っていたとしても前に出るのが嫌で他の店員に任せてしまうだろう。
それを自分から難なくやってのけるメイドさんたちにはマジで脱帽だ。
と、そんなことを考えていたら、
「おい伊鶴! もういっぱいだぞ!」
「あ!」
宇佐美の二の舞になるところだった。
あいつもこうやって哲学並みに足し算のこと考えて溢れさせたんだろうな。
ちょっと納得。
「気をつけなさいよね、まったく」
「そう怒んなって。伊鶴だって考えことくらいするさ。んじゃ、行くか」
ジュースを注ぎ終わると、ドリンクサーバーの横にあるストローを一本ずつ取り、俺たちは席に戻る。
するとそこには、
「いいですか? ここに割り箸が2膳あります。これを合わせたら何本になりますか?」
テーブルに立っていた割り箸を使って算数の問題を宇佐美に出題する黛先輩の姿があった。
「そんなの簡単じゃないですか! 2本です!」
「自信満々のところ申し訳ないですが、答えは四本です。お箸は基本的に2本で1膳です。つまり、ここに立つ計算式は1+1ではなく、2×2なのです」
「えぇ~! 花先輩ずるいです!」
うん、今の問題は確かにずるかったな。
俺も心の中で2本って高らかに宣言してたから、口に出さなくてよかったと本当に思う。
「あら、皆さんもうお戻りなんですね」
「まぁ、ゆーてドリンクバーなんかすぐですからね。足し算のこと考えて溢れださない限り」
「櫂君ひどい!」
「それでさっきの続きなんですけど……」
宇佐美のわめきを華麗にスルーし、自分のポケットから例のSDカードを取り出し、黛先輩に見せる藤井。
「……そのSDカードが櫂君の言う『面白いもの』ですか?」
「そうです。んで、今からこいつの中身をお見せしますが……一応聞いときますけど、黛先輩ってお化けとかそういう類の話って苦手だったりします?」
「いいえ。そういう非科学的な事は信じないことにしているので」
「それは良かったです」
藤井は笑顔でそう言うと、ステッカーが貼られた自分のパソコンを鞄から取り出し、テーブルの上に置いてSDカードを差し込んで電源をつける。
すると画面にカード内に保存された写真データが映し出され、藤井はその画面を黛先輩に向ける。
「……何ですかこれは。真っ黒な写真が並んでるだけですが」
「その通りです。その写真は真夜中に撮られた写真で、場所は俺たちがさっきまで掃除していたキリン公園です。そして……」
その後藤井は、お化け退治の依頼のことや、写真が撮られた時刻など、今の俺たちが持っている情報を黛先輩に全て話した。
相変わらず恐怖感たっぷりに話すので、一緒に聞いていた市川と宇佐美の顔からは血の気が失われていた。
「……なるほど。そういう事ですか」
「花ちゃん先輩はどう思いますか?」
「そうですね。先ほど非科学的なことは信じないと言いましたが、この写真については何も起きていないことが逆に不気味です」
黛先輩はトレードマークの眼鏡を光らせる。
「問題点は大きく分けて二つです。一つはなぜ写真の撮影者はこんな夜更け……丑三つ時にカメラを構えていたのか。そしてもう一つはなぜ我が校のボランティア部にお化け退治という信憑性の低いイタズラのようなの依頼が届いたのか」
「はい。まさに先輩の言う通りです。それで一応先輩の意見を聞きたくて、公園清掃の報告がてら相談に来たんです」
藤井の言葉に黛先輩は少し頭を悩ませると、すぐに口を開いた。
「……考えられるパターンは二つですが、まずは心が安心できるパターンから話しましょう」
「お願いします」
「それは、ボランティア部に届いた依頼と、このSDカードの中身がまったくの無関係であるという事です。依頼はどこかの誰かが書いたイタズラで、写真の撮影者は肝試し程度にふざけてシャッターを押した……というのが一番平和的パターンであり、同時に最も確立としては低いパターンでもあります」
「やっぱりそうですか……」
ここで落胆の声を上げるのは市川。
お化けが苦手な市川は、心の中で依頼と写真が無関係であってほしいと悲痛の叫びを上げていたようだが、同時にそんなことは考えにくいということもしっかり理解しているようだった。
ちなみに、俺も無関係であってほしいと願っていたので、心境は市川と同じだろう。
多分今の俺の顔も市川ほどじゃないにしてもそこそこ青くなっている気がする。
しかしそんなことには見向きもせず黛先輩は口を開く。
「もう一つのパターンですが……これは伊鶴君にでも話してもらいましょうか」
そして俺に人差し指を向けて名指しした。
「え?」
「私ばかり話していては面白くないです。それに、私に相談に来る以上はあなた方も意見をまとめては来ているのでしょう。それを代表して伊鶴君に話してもらおうという計らいです」
「お、良かったじゃん伊鶴。ちゃんと話してくれよ」
「えぇ……」
黛先輩の提案と、藤井の煽るような言葉に顔を引きつらせる俺。
そんな俺を見て、優しく微笑みかけながら語りかける黛先輩。
「大丈夫です伊鶴君。あなたの思っていることをそのまま言えば、それが正解です」
あなたは教祖様か。
なんか今すげー心が洗われた気がするが、その心でこれから語るのは、お化けの話というなんとも罰当たりな男が俺である。
「それじゃ……俺たちの考えをお話ししたいと思います」
「ひゅーひゅー!」
無駄にでかい音が鳴る口笛を鳴らす藤井。
他の客の注目を寄せてしまうからやめてほしい。
俺はこの場の全員の視線を集めながら、ゆっくりと口を開いた。
「えっと……俺が思うに、もともとキリン公園にはお化けが出るっていう噂がこの町に立ってたんだと思います。それでその噂を聞き付けた写真の撮影者はお化けが出やすい時間と言われてる丑三つ時にキリン公園でシャッターを切り、出来上がったのが今パソコンに映し出されている真っ暗な写真です。なぜそんな苦労して撮った写真データが入ったカメラを公園に落としていったのかは謎ですが」
俺は、公園で藤井と話した時に立った仮説をそのまま話した。
実際、これが一番現実的な考えだと思うし、自分で話してて納得できる。
「なるほど。噂ですか……では、ボランティア部に届いた依頼に関してはどうお考えですか?」
「依頼に関しては、その噂を信じ込んでしまった誰かが、苦し紛れにダメもとで送り付けてきたものだと思います」
「ま、確証のない依頼文ごときでビビり倒した人間がうちにも一人いるわけだしな。依頼者はきっと、そいつと同じタイプの人間だろうぜ」
「ちょっと櫂君それどういう意味?」
「そのまんまの意味だ」
俺の説明に藤井が合いの手を入れると、その言葉に市川が反応して頬を膨らます。
その最中、市川がちらちらと俺の方に目を移してフォローを求めているのに気づいてはいるのだが……すまん市川、俺も藤井と同意見だ。
俺は顔の前で手の平を合わせて市川に向け、『悪い』とジェスチャーで伝えた。
「……しかしそれだと変ですね」
「変?」
「依頼者はそこまで怯えていて、なぜよりにもよって我が校のボランティア部にすがったんでしょうか。こう言っては悪いですが、世間でのあなた方の評判はそこまで良くはありませんよ? どうせなら、除霊のプロにでも頼むべきでは?」
「そこなんです。依頼者はなぜ俺たちを頼ったのか、逆になぜプロに頼まなかったのか。何か理由があるのでしょうか」
俺は黛先輩に聞き返す。
理事長の孫であり、つい昨日入部したばかりの俺は、間宮福祉高校ボランティア部が世間からどう思われているかは知っていた。
地域に貢献しているとはいえ、学生の本文である勉強から離れ、ボランティア活動に勤しむ高校生を、良く思わない人の方が多い。
やれ不真面目だ、やれ不良集団だと、周りからの印象は壊滅的である。
まぁ、大方その意見に間違いはないのだが。
平日の朝から授業も受けずにメイド喫茶に入り浸るような学生に好印象を持たせるというのは難しいだろう。
しかし、そのくせしてあの依頼の量はなかなかに矛盾していると思う。
文句があるのなら他に頼めばいいのに。
今回のような依頼なら特に、黛先輩の言うように除霊のプロにでも任せるべきなのではないだろうか。
「ふふ……そうですね。まぁ、考えられる要因は一つでしょう」
先輩の質問をブーメランで返しておきながら一人で勝手に頭を悩ませる俺に、黛先輩は笑いをこぼしながらそう言った。
「依頼者はまだ年端も行かない子供の可能性が高いです」
「子供?」
「唯か?」
「違うよ!」
藤井の一言に素早く反応する宇佐美。
「でもどうして子供なんですか?」
俺はそんな宇佐美を軽くスルーし、黛先輩に尋ねる。
「考えてもみてください。この辺りではあなた方は老若男女、誰もがその存在を認知している有名人です。子供も例外ではありません」
「まぁ、ガキのイタズラ依頼が来るくらいだからな」
「そうです。今はネット社会で、子供でもネットを使って我が校のボランティア部に依頼を送るのは難しいことではありません」
「すごいわね……今の子供って」
現代の子供のスペックを聞いて驚きの声を上げるのは市川。
「唯、今でもアルファベット全部覚えてないのに……」
おバカなことを言うのは宇佐美。
アルファベットは流石に覚えてるぞ。
足し算に続く、『宇佐美唯の聞くだけで悲しくなる学力』の一つがまた明らかになった。
しかしまぁ、市川の言う通り、最近の子供はやたらとスペックが高い。
誰とは言わないが、一部の高校生ができないことを平然とやってのけるのだから大したものだ。
俺が10歳の頃、初めてネットに触れた時。
それまでテレビとゲームとDVDしか無かった俺の視野が大きく広がったと同時に、扱いが難しくて、ローマ字入力なんか欠片もできなかったのを今でもよく覚えている。
今だからこそブラインドタッチなんていうカッコいいこともできるようになったが、そこに至るまでにかなりの時間と労力を要した。
それを今の子供は、いとも簡単にやってのけるのか。
恐ろしいなネット社会。
「しかし、多少ネットが使えたからと言って、獲得している情報量に関して言えばやはり子供。生きてきた時間が短い分、私たち高校生と比較してもその脳内に記録されているデータは歴然としてます。例えるなら、世の中の職業……などですね」
「世の中の職業?」
「そうです。私たちは今だからこそ多数の職業を知っていますが、子供はどうでしょうか。例えばあなた方が子供……そうですね、小学校低学年の頃、先ほどから連呼されている『除霊のプロ』の存在を知っていましたか?」
「あ……」
「なるほどね。確かに、子供が将来の夢を発表する時に『除霊のプロになりたいです!』とかい言い出したらちょっと怖いもんね」
「まさにその通りです。依頼者は除霊をプロに頼まなかったのではなく、頼めなかったのです。なにせ、その存在を認識していないのですから」
そういうことか。
それで、基本的に頼まれれば何でもする有名人の間宮高校ボランティア部に依頼したんだ。
となると、依頼をしたのはダメ元なんかじゃなくて意外と本気だったりするのかも。
「そして私が依頼者を子供だと考える最大の理由。それはキリン公園の噂を信じ込んでしまっているということにあります。これについての説明は簡単で……」
「そんな何の捻りも無いような噂を信じるような大人は滅多にいねぇ。ですよね? 花ちゃん先輩」
「はぁ……はい。ありていに言ってしまえばそういう事です」
黛先輩の言葉を遮って代わりに説明する藤井に、ため息をつきながら肯定する黛先輩。
「聞くところによると夏希さんはその噂を本気で信じてしまったようですが、まぁそれは例外としましょう」
「さらっと酷いわね黛さん」
「つまり先輩は、除霊をプロに頼まずにこの辺りでは有名な俺たちに依頼をしたこと、しょうもない噂を信じ込んでしまっていることから、依頼者を子供と考えているという事ですか?」
「えぇ。その通りです。そして、伊鶴君が話してくれた内容こそが私の考える第二のパターンです。あなた方と考えが同じになるというのもなかなか恥ずかしむべきことですが、可能性としてはそれが一番高いでしょう」
酷い。
確かに、退学スレスレのおバカ集団とテストで1問も間違ったことが無いようなド秀才が考えを一致させるなんて信じがたいけどさ。
「問題は、噂の出所ですね。一体誰が何のためにそんな噂を流したのでしょうか」
「それは俺たちにも分かりません」
「ま、その噂が有名になってれば、何かしらの形で俺たちの耳にも届いただろ。一応俺たちだってこの町の住人なんだからさ」
黛先輩の疑問に、藤井がもっともらしい言葉を放った。
「でも、どこで流れてたんだろうな、その噂。依頼者が子供ってことになると、やっぱり子供の間か?」
「さあな。案外上手いこと広まらなくて、その話を知ってる人自体ごく少数って可能性もあるぜ?」
「確かに……」
俺たちの耳にその噂が入ってきていない以上、少なくとも高校生の間では知らない人間の方が多いのだろうし、成人男性の情報が行き交うメイド喫茶店で働く黛先輩も知らないとなると、噂が大人の間で広がっているとも考えにくい。
やはり子供の間で広がった噂という線が濃厚な気がするな。
それか藤井の言うように、噂そのものを知る人間が少ないか。
「……確かめてみるしかなさそうね」
皆それぞれで頭をひねらせ、俺たちのテーブル周りが静かになると、市川がポツリと呟いた。
「え?」
「だから、確かめるしかないって言ったのよ。直接子供に聞くの。キリン公園の噂についてね」
「まぁ、それが一番手っ取り早いですね」
市川の提案に賛同する黛先輩。
「3時過ぎになると公園に子供が集まってくるわ。そしたら聞き込みを始めましょ」
「ま、それ以外子供捕まえる手段ねぇしな。俺は賛成だ」
「俺も。ここで相談してても本当のことは分からないし、それが一番良さそうだ」
「じゃあ決まりね……って言っても、3時までまだかなり時間あるわね。他の依頼でも片付ける?」
「当然そうして下さい。あなた方はボランティア部なのですから」
そうやって聞くと俺たちが普通の部活に属しているように聞こえるから不思議だ。
普通のボランティア部は授業サボってまで公園や河原を走り回ったりしないと思うが。
「それじゃ、そこそこの単位が入って、すぐ終わりそうな依頼受けとくから」
市川は鞄からパソコンを取り出し、軽く操作すると、すぐに鞄に戻した。
依頼選ぶの早いな。
「ちなみにどんな依頼だ?」
「それは始まってからのお楽しみよ」
「なんだそりゃ」
「夏希がこう言う時は大抵面倒な依頼が待ってるから覚悟しとけよ」
俺が首をかしげていると、藤井がコーラを飲みながらそう言った。
「酷いわね櫂君。私の見る目をバカにするなんて」
「見る目がいい奴は浮気調査だの麻雀の代打ちだのは選ばないと思うが?」
「浮気調査⁉ 麻雀⁉」
な、なんつーチョイス……。
それは果たしてボランティアなのか?
それこそプロに頼むべきでは?
「どうせ個人的に面白そうとか思ったやつを後先考えずに受けてるだけだろ、まったく」
「……なんで止めないんだ?」
「結局自分で苦労して、『こんな依頼受けなきゃよかったあああぁぁぁ』っていう断末魔をを聞くのが楽しいからだ。そのためなら俺はどんな依頼でもこなす」
「やっぱお前最低だな」
「う、うるさいわね! 心配しないで伊鶴君。今回はちゃんと面白そうなのを選んでるから!」
面白そうなの選んでるって認めちゃったし……。
3時まであと3時間弱……間に合うのかな。
「とりあえず行くわよ! 長居したら『ありす』にも悪いし! 黛さん、色々ありがと!」
顔を真っ赤にして席を立ち上がる市川。
「行かれるのですか。それならお会計を」
市川に次いで席を立ち、レジに向かう黛先輩。
残された俺たちも、コップに残っていたジュースを一気に飲み干し、市川と先輩の後を追う。
「皆さん一人当たり480円頂きます」
市川から順番にドリンクバーの代金を支払う俺たち。
ドリンクバーで実質一杯しか飲んでないのに480円は流石に高すぎると思ったが、最後尾に並んでいた藤井の支払いの時にその思いは改善された。
「櫂君、覚えてますよね?」
「な、なんのことすか?」
「ドリンクバーの10倍の値段、4800円支払って頂きます」
「……伊鶴、金!」
「貸さないっての! てかお前、財布の中300円しか入ってないんじゃなかったのか⁉ 最初から借りる気満々じゃないかよ!」
「お前ぇ……親友に向かってそれはないんじゃねぇかぁ……?」
「あのな、昨日会ったばかりの人間を親友だなんて呼ぶ筋合いはないし、何よりも俺の所持金じゃ払いきれん」
「ちなみに私も」
「唯も!」
市川と宇佐美が声をそろえてそう言うと、藤井は肩を落とし、がっくりとうなだれた。
そして、
「……ツケで……?」
と、レジ打ちをする黛先輩になぜか疑問形でそう言った。
「と、言う訳で櫂君には4800円分しっかり働いてもらってからそちらに向かわせます。当然、櫂君が関与しなかったボランティア活動の単位については、櫂君の分は差し引きますのでご心配なく」
「わお! ご心配しかねぇ!」
「はぁ……仕方ないわね。できるだけちゃっちゃと終わらせてね。とりあえずドリンクバーの代金支払えたら連絡して」
「りょーかい……ちなみに花ちゃん先輩、俺って大体どのくらい拘束されるんですか?」
「そうですね……時給1200円だとして、4時間くらいで借金は返済できますよ」
「4時間……悪い、三時に間に合いそうもないわ」
藤井は店内に設置された時計を見ながらそう言った。
確かに今から4時間の労働だと、とても3時には間に合わないが、やることが子供への聞き込みなので、正直藤井一人いなくなったところで痛くはないと思う。
気にせずさっさと借金を返すのがいいだろう。
と言っても、注文したのがドリンクバーのみで4800円というのもなかなかにぼったくりだが。
「さて、櫂君は黛さんに任せて行きましょ。さっさと依頼をこなさないと」
「そうだな。それじゃ藤井、頑張れよ」
「頑張ってねー!」
「あぁ、すぐに効率的にサボる方法を見出して、楽して稼いでやるよ」
またそういうこと言うから……。
「……櫂君、あなたよっぽどここでバイトしたいみたいですね。いいでしょう。ドリンクバーの代金をさらに倍の9600円に増やします。今日一日、ここで働いてもらいますよ」
「ぎゃー! 伊鶴、助けてぇぇええ!」
「知らん」
俺はそう言い残し、『ありす』を後にした。
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