4 カメラと糞はよく似ている
「いい? 何もなかったらそれまでよ。それで今夜のボランティアはおしまい。絶対にお化けを呼んだりしないでよね!」
「市川、それ聞き飽きたって。大体お化けの呼び方なんて知らねぇよ」
午前11時過ぎ、キリン公園にて、俺たちはごみ袋を片手に清掃活動に勤しんでいた。
キリン公園は俺たちの住むT町の代表的な公園で、そこそこの広さと充実した遊具が特徴なのだが、ゲーム等の普及で外で遊ぶ子供が少なくなった今となってはその広さと遊具は、閑散とした公園をさらに強調させるだけとなっていた。
しかしまぁ、流石にあれだけの依頼が来るだけのことはあるな。
公園内は少なからず遊びに来たであろう子供が食べ散らかしたお菓子のごみが散乱し、依頼にあった犬の糞も、のびのびと元気良く成長している雑草に紛れてあちこちで発見された。
まったく、整備とかしないのかこの公園は……しないから俺たちが招集されてるのか。
「あ、ウンコ!」
ごみを拾いながら俺が勝手に納得していると、宇佐美が叫んだ。
「小学生がウンコとかでかい声で言うな!」
「だから唯は小学生じゃないって! おーい、櫂くーん!」
「分かってる。今行くから」
異臭を放つ袋をぶら下げながら駆け足で宇佐美の方へ走る藤井。
これはしっかり分別できているということの証明で、臭いものを集めている藤井の袋からは当然、それ相応の悪臭がするのだが、ごみの分別とは清掃を主とするボランティア活動において非常に重要な役割を担っている。
特に俺たちの場合、分別をしなかったら後々面倒なことになるらしい。
その一例として、以前他の公園の掃除を行った時、分別をしないでごみを集めたことがあり、依頼者の方から苦情の連絡があったそうだ。
その際爺さんにこっぴどく叱られ、おまけにその時取得できるはずだった単位も取り上げられたらしく、ボランティア部は何の見返りもないただ働きをしただけという結果になり、非常に悔しい思いをしたらしい。
この話は清掃が始まる前に藤井に教えてもらったのだが、常識的に考えて分別しないやつが悪いと思いつつ、ボランティア部員のバカさ加減を再確認した。
そしてそう思っている俺自身も、今やその一員という事実に少し泣きそうになった。
と、いう訳で俺たちは仁義なきジャンケン対決を行った結果、勝った順に俺が燃えるゴミ、市川が燃えないゴミ、宇佐美が草刈り、藤井が犬の糞を担当して集めることとなった。
メイド喫茶での一件以来、市川はやたらと藤井を敵視するようになり、キリン公園に着くまでの間で、呪ってやるとか殺すとか物騒なことを言いまくっていたが、その思いが通じたのかジャンケンは初戦で藤井が一人負けするという結果に終わった。
市川は悔しがる藤井の表情を見て満足しているようだったから、これで呪ったりとか、おかしな真似をすることはなさそうだ。
ちなみに、普段ジャンケンに勝つことが無い、いわゆる『ジャンケン弱人類』である俺は、自分が一位に輝いたことに軽く恐怖を覚えていた。
まったく、明日は雪でも降りそうだ。
「おー、こいつはでかい。おーい伊鶴! こっち来て見ろよ! 人間様より下手したらおっきいぞ!」
「行かねぇよ!」
小学生かお前は。
「そうだよ伊鶴君! これは見ておかないとダメだよ!」
小学生か……って小学生か。
「なにその納得した顔! 意味わかんないんですけど⁉」
「いやー、たかが犬の糞に小学生みたいにはしゃいでる宇佐美を見て、妙に合点がいっただけだ」
「なにそれ酷い!」
「まぁ、それには俺も賛同するけどな」
「あのな、一応言っておくけど、藤井も同類だからな?」
腕を組んでうんうんと頷く藤井をたしなめる俺。
しかも藤井の場合見た目がまんま男子高校生だから、なおのことタチが悪い。
俺がため息をつきながらごみ拾いに戻ろうとすると、草むらの陰に、黒っぽい何かを発見した。
「とりあえずその糞、ちゃっちゃと拾ってくれ。こっちにもあった」
それが何なのかまだ分からなかったが、恐らくまた犬の糞だろうと思った俺は、糞担当の藤井を呼ぶ。
というか、この伸びたい放題に伸び切った雑草をかき分けてまでそれの正体を確認したくは無かったので、代わりに藤井を呼んだという方が正しい。
「りょーかい。おー、やっぱ重たいな。唯、ちょい持ってみ?」
「うん! おー、これは……」
「いいからちゃっちゃと来い!」
「へいへい」
とんでもなく大きいサイズらしい犬の糞をごみ袋に入れ、俺のところまでやってくる藤井。
さっきまで俺と話していた時と比べて袋の大きさが倍くらいに膨れ上がっていることがその糞がどれだけ大きかったのかを物語っていた。
「で? どこだ?」
「あぁ、そこだ」
俺が黒っぽい謎の物体の方を指差すと、藤井は草むらをずんずんと進んで確認に向かう。
ここ一時間くらいで分かったことなのだが、藤井は割と野生児なところがある。
インドア派の俺からしたらまず近寄りたくないような草むらに入っていったり、ごみ掴みを使用しているにしても、なんの抵抗もなく普通に糞を掴んだりなど、ここに来てから色々と驚かされている。
それに、メイド喫茶での案件で藤井は頭がよくキレるということも分かった。
ボランティア部への入部も、出席日数の不足が原因だったらしいし、もしかしたらこいつは、ちゃんと勉強して普通に学校生活を送っていれば、案外優秀な生徒だったのかもしれない。
「おい、伊鶴」
俺が心の中で藤井を密かに称賛していると、その藤井がしゃがんだ状態で俺の方を振り向くことなくそう呼んだ。
そして草むらから何かを取り出し、立ち上がって俺に見せる。
「お前はこれをどう見たらウンコと見間違えるんだ」
そしてその手には、日常的によく見かける、黒色のとある電化製品が握られていた。
「デ、デジカメ?」
「そうだ。多分ここで遊んでた子供か、その親が落としたんだろうな」
「へー。カメラだったのか。草むらの陰に黒いものが見えたから俺はてっきり……」
「思い切り角ばってるだろ……ちゃんと確認してから呼べよ」
そりゃ無理だ。
その確認も兼ねてお前を呼んだんだから。
「でもこいつは、ウンコよりも面白いものを拾ったかもしれないな」
いや、ウンコって面白いものなのか?
「よし伊鶴。中身見てみようぜ」
「おいおい、それは流石にダメだろ。分かりやすいところに置いといて、持ち主が取りに来るのを待つのがいいんじゃないか?」
「そんな固いこと気にするなって。ほら、ちょっとだけちょっとだけ」
「あ、おい!」
俺の言葉も空しく、藤井はデジカメの電源に指をかける。
すると、電子音と共にディスプレイが光り、目の前の草むらが映し出される。
どうやらこれは撮影モードのようだが、藤井はすぐにデジカメを軽く操作してデータフォルダを開いた。
「はぁ……もう知らん」
「とか何とか言って、しっかり画面見てんじゃん」
「そりゃまぁ、気になるっちゃ気になるからな」
「へへ、これでお前も同罪だな」
「うるさい」
藤井は笑いながらデータフォルダ内の写真を次々にめくっていく。
しかしそこに映し出されていたのは、
「……? なんも映ってねぇな」
そう、ひたすらに闇だけだった。
暗がりでフラッシュもたかずに撮影したせいか、何が映っているのかは分からない。
ただ一つ分かるのは、画面の右下に小さく表示されている撮影年月日と時刻だけで、そこには今から丁度一週間前の日付が記されていた。
「時間は……夜中の二時か。丑三つ時だな」
写真を流し見しながら藤井がつぶやく。
「丑三つ時? なんだそれ」
「知らないのか? 俗にいうお化けが出やすい時間ってやつだよ。そんな時間にこのカメラの持ち主は写真を撮りまくってる」
「うわ……何考えてるんだろ。まったく」
メイド喫茶では藤井の策略にハマり、夜のお化け退治に賛成してしまったが、市川ほどではないものの俺もそこまでホラーが得意な方ではない。
むしろ苦手だと言っても過言ではないだろう。
アニメ好き、ゲーム好きな俺ではあるが、これまでの人生、ホラーというジャンルだけは避けて生きてきた。
というか、正しくは友人からの勧めでホラーアニメを一度だけ見たことがあるのだが、そのアニメ内での俺の推しキャラが真っ先にエグい殺され方をして最終的にゾンビ化して主人公の前に立ちはだかるというカオスな状況が俺にトラウマを植え付けたのだ。
そのトラウマ回避のために、テレビでやっているような恐怖映像や心霊写真はニセモノと心の中で誤魔化しながら生きてきた。
しかし、今見ているのは無加工で一週間前に撮られたばかりの写真だ。
もし、こうして流し見している写真の中に、『ホンモノ』が映り込んでいる場合、俺は発狂してこの場から逃げ出したくなってしまうだろう。
それだけは絶対に避けたいので、頼む、何も映っていないでくれ。
「ん? これって……」
「! な、なんだよ。びっくりさせるなよ……」
「何びくついてるんだよ。ここ見てくれ」
そう言って画面の一部を指差す藤井。
「? 別に何も映ってないけど……?」
「よく見てみろって。ほら、ぼんやりとだが……」
「これって……!」
「あぁ。あのでかい滑り台だろうな」
目を凝らしてギリギリ分かるかどうかというほどうっすらとだが、確かにキリン公園の滑り台が写り込んでいる。
キリン公園の滑り台は、この辺りの他の公園にある滑り台とは比べ物にならないほど大きく、よく目立つ。
地元民ならば他の滑り台と見間違うことはまずないだろう。
「この写真、この公園で撮られてるのか」
「いや、この写真だけじゃないな。見てみろこれ全部同じ時間帯に撮られてる」
藤井がフォルダを日付順にすると、全ての写真が同日の午前二時から十分以内に撮られていた。
「それってつまり……」
「あぁ。この何十枚もの暗闇の写真全部が、この公園で撮られたものってことだな」
「マジかよ……」
「そんな驚くことじゃないだろ? このカメラはここに落ちてたんだから、持ち主がこの公園を撮影してても不思議じゃない」
「そりゃそうだけど、なんのためにこんな遅い時間に撮影してるんだよ。しかもよりによってお化けが出る時間帯に」
「キリン公園関係で俺たちに来た依頼が、ごみ掃除意外にもう一つあっただろ?」
「あ……」
俺の言葉を遮った藤井の台詞は、俺にあることを思い出させた。
『キリン公園のお化けを退治してほしい』
俺たちボランティア部のもとに届いたもう一つの依頼。
市川曰く、どうせ子供のイタズラと言われていた依頼(あいつの場合は私情が大きくかかわると思うが)。
実のところ俺もそこまで信じてはいなかったのだが、今見ている写真が、だんだんその依頼の信憑性を増していった。
この写真は、確実にカメラの持ち主であるどこかの誰かが撮ったものだ。
しかも、お化けは写真に写り込むということをよく聞く。
もしもこの写真を撮影した人間が、お化けを見ることを目的として一週間前の丑三つ時にこの公園でカメラを構えていたとしたら?
その仮説が意味することは、一つだけだった。
「意外と有名な話なのかもしれねぇな、キリン公園のお化けってのは」
「あ……あぁ……」
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