3 餌に釣られるバカ2人

「……お化け?」


「あぁ。普通にボランティアやってもつまらないだろ? どうせキリン公園の依頼を片付けるんだったら、こいつも一緒にやっちまおうぜって話だ。単位だって、他のの倍は入るぜ?」


 お化けというワードに俺が不審な表情を浮かべると、藤井は親指を立てながらそう言った。


「はい! 唯、そういうのは大の苦手です!」


 元気よく手を挙げてそう宣言する宇佐美。


「まぁ、お化けが特異な女子小学生なんて、そうそう居ないよね」


「そうだよ! ……って小学生じゃないよ!」


「へへ。どうだ夏希。やってみる価値はあると思うが?」


「バカね。お化けなんているわけないじゃない。どうせよくある子供のいたずらでしょ? 却下よ却下」


 藤井の言葉に市川は即答した。

 確かに、どこの誰からも依頼が届くという性質上、どこかでボランティア部の噂を嗅ぎつけた悪ガキのいたずらということは、大いに考えられる。

 しかもよくあるって……舐められすぎだろ。


「まぁ、俺もそう思うけどな。でもやるだけならタダだしよ。それに、もし本当なら見てみたいだろ? お化けってやつをさ」


「納得できないわね。どうしているはずもない存在に時間を取られないといけないわけ? 意味わからないわ。だからこの話は無しよ。いい? 分かった? 分かったわね。よし、それじゃ行くわよ」


「なぁ、市川」


 パソコンを鞄にしまい込んでそそくさと席を立とうとする市川に、俺は声をかける。


「お前もしかして、お化けとかダメなタイプか?」


 この時、市川の顔が真っ赤になるのを俺は見逃さなかった。

 これはすごい速さだ。

 世界赤面選手権とかいう大会があったら、こいつなら間違いなくメダルを持ち帰ってくれるだろう。

 まぁこの様子だと、図星だな。


「あちゃ~、そうだったか。こりゃ失態」


 藤井がニヤニヤしながらわざとらしく平手で自分のデコをぴちっと叩く。

 この様子だと、コイツ知ってたな?


「そうなの夏希ちゃん! 唯、全然知らなかったよ!」


 お化け恐怖症の仲間ができてめちゃくちゃ嬉しそうに微笑む宇佐美。

 この邪気のない笑顔、どう見ても小学生だ。


「~~……!」


 あ、市川のやつ、すっげー何か言いたそう。

 でも、俺たちの言葉に一つも間違いが無いため、何も言い出せずにいるのだろう。

 何度も口をパクパクさせて、死ぬ間際の魚のようになっている。

 そして、市川なりに考え抜いて出てきた台詞が、


「ち、ちちちち違うわよ!」


 なんのひねりもない否定文だった。

 現実にもいたんだな。

 慌てると言葉の一文字目がいくつも出てきちゃうようなキャラが。


「いや、お前それ説得力ねぇから」


 藤井のごもっともな発言。

 とりあえずその真っ赤な顔と涙目を直してから出直してこい。


「私はただ……そう! 時間を大切にしたいだけ! お化け退治なんてバカな依頼、真面目にやるだけ時間の無駄だわ! その分他の依頼片付けた方がまだましよ! べ、別にお化けが怖いってわけじゃないんだからね!」


 おぉ! 「べ、別に」から始まるツンデレの定型文!

 生で聞いたのは初めてだ。


「そうかそうか。じゃあつまりお前はお化けは平気なんだな?」


「と、当然よ。私はボランティア部の部長よ? お化けなんて、ここをこーしてこーしてちょちょいのチョイよ!」


 お前はお化け相手に何をするつもりだ。

 すごい必死にジェスチャーしてくれたのに申し訳ないが、欠片も理解できなかった。

 てか市川が部長だったのか。

 大バカ集団を束ねるリーダー格がまた頭一つ抜けたバカとは、流石にボランティア部である。


「よし、それなら……」


 藤井はポケットからスマホを取り出し、軽く操作する。


「こういう動画見ても、なんとも思わないわけだ」


「え?」


 藤井がスマホの画面を市川に向けると、市川の真っ赤な顔からはどんどん赤の色素が失われていった。

 赤くなったり青くなったり、忙しい奴だと思いつつも何を見せられたのか気になった俺は、横目で藤井のスマホの画面を覗き見る。

 するとそこに開かれていたのは、とある無料動画サイトの動画ページだった。

 動画はサムネイルの状態で止まっており、再生はされていない。

 動画タイトルはこうだ。



『恐怖! 実際に起きた心霊現象100連発!』



 この『いかにも』な感じを醸し出すタイトルと、有名芸能人のビビりシーンがサムネイルになっていることから、恐らくテレビ放送のものがそのまま違法アップロードされているものだろう。

 しかし、この手の番組で使用される動画のほとんどが作り物であるというのは最早一般常識。


「あ、唯知ってるよ! こーゆーのって、全部嘘っぱちなんだよね!」


 ほら見ろ、自称お化けが苦手な宇佐美だって知ってる。

 いくら市川がお化け恐怖症とはいっても、これではビビらないだろう。


「ちょっと! そんなもの私に見せないでよ! 早く閉じて! 閉じなさい!」


 ……と、思っていた時代が俺にもありました。

 全力でビビってるし……。

 こらこら、メイドがうろついてるとはいえ、喫茶店で机の下にもぐらない。

 上着までかぶっちゃって、暑くないのか。


「はは、やっぱ怖いんじゃん」


「べ、別に、怖くなんかないわ。私……そう、そういうのを見るとジンマシンが出る体質なのよ。だからさっさとそれ閉じて! 今すぐ!」


 高笑いする藤井に、涙目でそう訴える市川。

 そんなぐしゃぐしゃな顔で力説されても、なんの説得力もない。


「あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ」


「お前こそ人の名台詞を我が物顔で使うなよ。ダサく見えるぞ」


 どや顔で某人気漫画の名台詞を吐いた藤井に、俺は素早く反応する。

 眼鏡のイケメンというキャラが本家と被ってて妙に腹立たしい。


「はは、流石はオタク。知ってたか」


「いや、これはオタクに限らず有名な台詞だからな」


「そうだよな。本編見たことない俺でも知ってるくらいだもんな」


「それ聞くやつが聞いたら激怒するから気をつけろ」


「ねぇねぇ! そんなことよりさ!」


 くだらないトークで盛り上がる俺たちの間に、宇佐美が割って入る。


「結局行くの? お化け退治。唯、お化けは苦手だけど、みんなと一緒ならちょっと見てみたいかも……」


「……だとさ。どうする夏希」


 宇佐美の言葉に藤井は少し驚きの表情を浮かべ、そして横目で市川を見る。

 うん、すっげー腹立つ目だ。


「嫌よ。誰が何と言おうと嫌なものは嫌なの!」


「あれー? 夏希、お前この前ボランティア部全員が理事長に説教される時、だれか一人を悪役に仕立て上げて全体のダメージを和らげようって話になった時のこと覚えてるか?」


 必死で拒否する市川に、笑いながらそう言う藤井。


「そんなことがあったのか」


「あぁ。ある理由で理事長室に呼ばれて、そん時に一時間の遅刻をしちまったんだ」


「あーそれは爺さん怒るな」


 爺さんは昔から時間にとても厳格なのだ。

 一分のずれもできればしたくないというロボットのような性格をしている。

 まぁ、一時間も遅刻したら誰でも怒ると思うが。


「だろ? もうカンカンだったぜ。んで、そん時に出された案が、この『一人悪役にして後の人間は逃げよう』計画だったんだ」


「なるほどな」


 悪役のやつが可哀想すぎる計画だ。


「で? どうなんだ夏希」


「お、覚えてないわよそんな昔のこと!」


「いや、三日前のことなんだが」


「唯覚えてる! 多数決で誰が悪役をやるか決めようって話になったんだよね!」


「そうだ。そして多数決を行った結果、俺が悪役になった」


 うわ、何となくそんな気はしてたけどやっぱりか。


「そんなもの、あなたの人望が薄いのが悪いんだわ。私には何の責任もない」


「よく言うぜ。俺は見たぜ? こっそり宇佐美に飴をあげて俺に投票するように指示したところをな」


「なっ! そんなことしてないわよ! ね、唯」


「おいしいリンゴ味だったよ!」


「唯ぃぃ……」


 テーブルの下で力なく崩れ落ちる市川。


「純粋無垢な女子小学生をお菓子で釣るなんて、キャバクラに通っている父親が、そのことを嫁に問い詰められた時『ちょっとお父さんの味方になってよ。これあげるから』なんてことを言いながら娘に駆け寄るのと同等の行為だ!」


 藤井がテーブルの下に向けてビシッと人差し指を向けながらそう言った。

 なんかすげー具体例だけど、何となく頭で想像できてしまうのが残念だ。


「あ! それ唯の昔の話だよ! どうして知ってるの⁉」


 事実かよ。

 てかそこで経験したのなら、市川にお菓子で釣られるなよ。


「でも、お前はその八百長現場を見たのに咎めなかったんだな」


 俺は、素朴な疑問を藤井にぶつけてみる。

 正直言って爺さんの説教は面倒くさい。

 長いしうるさいし嫌味だ。

 そんな説教を藤井に受けさせる策略が立てられていたというのに、なぜ止めなかったんだ?


「ふふ……やっぱりバカだな伊鶴は」


「お前には言われたくない」


「こうやって悪事の真実を隠し持っておけば、いざというときにそいつを追い詰めることができるだろ? 今こうやって俺が夏希を追い詰めているようにな」


「あー、そゆことか」


 納得したけど……。


「嫌な性格だなお前」


「ふふ、なんとでも言え。正直言って口喧嘩じゃ、まず夏希には勝てないからな。だからこうやって、弱みを握る。んで、」


 藤井はここで右手を上げ、


「すみませーん、店員さーん」


 店員を呼んだ……店員を呼んだだと⁉

 こいつ、コミュ障じゃないのか⁉

 たいてい引きこもりはコミュニティ能力が低いというのが定石。

 てっきり俺は藤井もそのタイプの人間だと思っていた。

 それが証拠に俺は店に入ると店員を呼ぶのに、およそ10分の時間と、これまで感じたこともないような緊張感、そしてただ事ではない覚悟を強いられることになるというのにこの男は……なにも躊躇することなく、ごくごく自然に店員を呼んだ……!

 しかもメイドだぞメイド!

 アニメにおけるメイドは最早至高の存在。

 数多のキャラクターの『いらっしゃいませ、ご主人様』で多くのアニオタがメイド厨の闇へと陥った。

 それをこの男は……これが銃弾の飛び交う中で生き延びてきた男の精神力だというのか……。


「ん? どうした伊鶴。そんな怖い顔して」


「なぁ……藤井」


「あん?」


「今度俺にもFPS教えてくれ……」


「どうした突然?」


「頼む! これは俺の生活、いや人生にかかわることなんだ!」


「いや、分かった、分かったから! その血走った眼を近づけるな!」


 よし、交渉成立。

 これで俺も、コミュ障を脱却して見せる。


「まぁ、俺くらいのレベルに到達するまでは10年はかかるがな」


「なんだと⁉」


「当たり前だろ? 俺は今だからこそ全国クラスのプレイヤーだが、そこに至るまでにはとんでもない努力が必要なんだよ」


「そ……そんな」


 10年……あのコミュニティ能力を得るためには10年かかるってのか……。


「そんな絶望すんなよ。俺だって、5歳からやっててこのレベルなんだ。お前だって辛抱強くやれば26歳になるころにはおんなじレベルになるさ」


 26歳か……遠いな。

 てか、5歳からやってるのかよ。

 ピアノや英語を5歳からやってるってなら話は分かるけど、FPSて。

 5歳児が平気で人が死ぬゲームをしているところを想像すると、それはそれはなかなかに恐ろしいものだった。


「あの……ご注文は……」


「あぁ、すみません」


 俺たちがコミュ力育成について語っている間、すでに到着していた店員さんは待ちぼうけを食らっていた。

 可哀想だが許してほしい。これは俺の人生にかかわる問題なんだ。

 藤井は店員さんに軽く会釈すると、メニューを見ながら注文をする。


「えと……ふりふりポテト1つと、メイドさんのきまぐれきゅるるんケーキ1つ下さい」


 なんだその怪しげなポテトとケーキは。


「かしこまりました。少々お待ちください」


 メイド姿の店員さんは、深々とお辞儀をすると、厨房の方へと姿を消していった。


「どうしたんだ? 急に注文なんかして。腹減ったのか?」


「いや、今注文したのはお前と唯ちゃんのだ。俺がおごってやる」


「ホント⁉ 唯、ケーキの方食べたい!」


「はは、そう思ってケーキは頼んだんだ。伊鶴の分は俺の独断と偏見で適当に選んだ。なんかお前、フライドポテトって顔してるし」


 どんな顔だ。


「藤井、お前何を企んでるんだ?」


「なんだよ。心優しい俺が新入部員の加入を祝って奢ってやろうって話じゃねぇか。んな怖い顔すんなって」


「とぼけるなよ。それだったら宇佐美の分まで注文する必要がないだろ」


 俺は藤井を少しにらみつけた。

 何か騙されているような気がしてならなかったのだ。


「ふふ、つまりはこういうことだ。これから俺はキリン公園のお化け退治に行くかどうかでお前らに多数決を取りたいと思う。だが、その前に餌を撒いておこうと思ってな」


「餌?」


 この時、テーブルの下で市川がかすかにビクッとなったのは気のせいではないだろう。

 てか、そろそろ出て来いよ。

 藤井のスマホも閉じられてるし。

 するとここで、


「お待たせしました。ご注文の品をお持ちしました!」


 店員さんがお盆にポテトとケーキを乗せてやってきた。


「こちらふりふりポテトになります。こちらメイドさんのきまぐれきゅるるんケーキになります」


 そう言いながらテーブルの上にポテトとケーキを置いていく店員さん。

 ポテトはハートだのウサギだのといったメルヘンチックなイラストが手描きで描かれたケースに入っており、中身は普通のフライドポテトのようだった。

 ケーキは……なんだこれ?


「それでは、お料理が美味しくなる呪文をかけさせていただきます。美味しくなーれ、萌え萌えきゅんきゅん♡!」


 その瞬間、場は一気に凍り付いた。

 いや、一人を除いて、確かに雪が吹雪いていた。


「それでは一緒にお願いします!」


 復唱を要求する店員さん。


「「美味しくなーれ、萌え萌えきゅんきゅん!」」


 凍り付く俺たちの中で唯一復唱に参加した強者は、藤井だった。

 店員さんの声に合わせてしっかりとその謎の呪文を口にする。

 あの元気いっぱいの宇佐美ですら、フリーズしてるのに。


「ありがとうございます。それではごゆっくりどうぞ、ご主人様。また何か御用がお有りでしたらお呼びください。それでは失礼いたします」


 そう言って店員さんが立ち去ると同時に、俺たちを凍らしていた氷は溶け、全員が正気に戻る。

 そして全員の目が藤井に向けられた。


「なんだお前ら。その顔は」


「いや、なんだ今のは」


「なにって、店員さんも言ってただろ? 料理を美味しくする呪文だ」


「そうか。俺はてっきり周囲を一時的に凍らせる魔法かと思ったよ……」


 呪文という字は、『呪い』の『文』と書く。

 つまり、今の一瞬で俺たちには何らかの呪いがかけられたということになる。

 周囲が凍り付いたのもそれが原因だろう。


「こういうところで料理頼むとそうなるのね……入り浸ってる割にドリンクバーしか頼んだことないから知らなかったわ……」


 テーブルの下でそう言うのは市川。

 どうでもいいがテーブルの下からうめき声が聞こえるというのは心底薄気味悪いのでやめていただきたい。


「これって、料理頼むと毎回やるのか?」


「ま、そうじゃねぇの? 何しろ俺も実際に体験するのは初めてでな。これでもちょっとは緊張してたんだぜ?」


 緊張、あれでか。


「でも、こういうのには乗っておかないと店側の人にも失礼だからな。んなことより、さっさと食べろよ。ポテト冷えちまうぞ? ほら、唯ちゃんも」


 そう言って俺と宇佐美ににポテトとケーキを差し出す藤井。

 藤井が何を企んでるのか知らないが、あの怪しげな笑みから察するにロクな事にはならないだろう。

 ここは食べずに放置するのが一番……


「美味しー! 櫂君たまに優しいんだね! 唯、見直しちゃったよ!」


 そう思ったのは俺だけのようだ。

 宇佐美は何のためらいもなくケーキを口に運び、幸せそうな笑みを浮かべている。

 その無邪気な表情は、まさに小学生そのものだった。

 平日の朝からメイド喫茶でケーキを食べる小学生というのもなかなかにカオスな光景だが。


「ほら、伊鶴も」


「あ、あぁ……」


 藤井にせかされ、俺は仕方なくポテトを一本つまみ、口へ運ぶ。

 少し辛めの塩味が口の中に広がり、少し冷たいところがあることから、冷凍食品であることが分かる。でも普通に美味い。


「ふ……食べたな?」


 ニヤニヤしながらそんなことを言う藤井。


「食べたけど? 毒でも入ってたのか?」


「いや? どっちかって言うとお前たちが毒だ」


「どういうことだ?」


「簡単なことだ。それ奢ってやるから今からやる多数決で、賛成に手を上げてほしい。それだけだ」


「なっ……」


 足元でそんなうめき声が聞こえると同時に、テーブルの下から市川が現れた。


「なんだよ夏希。今回ばかりはお前は何も言えないはずだぜ?」


「くぅ……」


 藤井の言葉にぐうの音も出ない市川。


「あ、ちなみにお前らも賛成に手上げなかったら、それ自腹だから」


「はぁ⁉」


「購入した商品の代金を払うのは当たり前だろ? 食い逃げする気か?」


「いや……でも」


「そんじゃ、多数決と行きますか」


 すごく悔しそうな市川と、文句を垂れる俺を尻目に、多数決開始を宣言する藤井。


「今回のキリン公園のお化け退治、決行に賛成の人」


「はい!」


 即答で元気よく手を上げる宇佐美。

 とりあえずその口の周りのクリームをなんとかしなさい。


「はぁ……はい」


 俺も宇佐美に続いてため息交じりに手を上げる。

 藤井の策略にまんまとハマるのは気に入らないが、生憎財布の中身が少なかったため、異様に値が張るポテト(なんと440円)の支払いをするのは厳しかった。

 藤井も小さく手を上げ、


「これで3対1。決まりだな」


 市川に嫌らしくウインクする。

 この時、市川の顔が絶望に満ちていたことは言うまでもない。

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