2 メイド喫茶


「よし、全員集まったわね」


 翌日、ボランティア部全員の所在を確認した市川がその高い声を響かせる。


「何を始めるんだよ」


 今日の予定を一切知らされていない俺がそう言うと、


「当然、ボランティア活動よ。ボランティア部がボランティアやらなくてどうするのよ」


「ボランティアねぇ……」


 俺は辺りを見渡し、そのボランティアとはかけ離れた光景に軽くため息をつく。

 俺たちは一つのテーブルを囲むように座っており、各々目の前には先ほどドリンクバーで取ってきたジュースが置かれている。

 周りには俺たち以外の人も座っており、そのほとんどが一般的にオッサンと呼ばれる人種だった。

 そして極めつけは、メイド姿でうろついている若い女性数人である。

 ハート形のピンク色をしたエプロンをぶら下げ、ここに来た時もやけにきゃぴきゃぴした声で俺たちを迎えてくれた。

 昨日藤井に「明日はここに来い」と言われ、とりあえず言われるがままにやってきてしまったが、この場所はまさか……噂でしか聞いたことないし、アニメでしか見たことのない風景が広がっているこの場所は……。


「なんでボランティアするのに、メイド喫茶にいるんだ?」


 そう、紛れもないメイド喫茶である。


「いらっしゃいませ! ご主人様!」から始まるあそこだ。

 そして当然、ボランティアとは恐ろしい程に無関係な場所である。


「え! なに⁉ 櫂君説明してないの⁉」


 驚きの声を上げる市川。

 話を振られた藤井は、恐らくFPSをプレイしているであろうパソコンから目を離さず、口を開く。


「あ、そういえばしてねぇな。でも、場所はきちんと伝わってるんだし、現に伊鶴はしっかりここに来てるんだ。そんなもんこれから説明すればいいだろ」


「それはそうだけど……」


「まぁでも、なんの説明もなしで『ここに来い』って言われて素直に来ちまう辺り、やっぱりお前もバカなんだな! 警戒心薄すぎるぜ! ハハ!」


 一切こちらを見ることなく、笑いながら俺をバカ認定する藤井。

 引きこもりゲーマーが何言ってやがる。

 自慢じゃないが、俺はしっかり授業には出ていた。

 爺さんが理事長をやってる関係上、俺が学校をサボるなんていう悪行を働けば、すぐに爺さんに情報が行ってしまう。

 孫である俺としては、もういい年の爺さんに余計な心配をしてほしくない……というのは建前で、優秀な学歴を持つ爺さんは学業に対して物凄くうるさいので仕方なく授業に参加しているのだ。

 俺だって許されるなら、一日中部屋に引きこもってアニメ三昧したい。

 しかしそれができないため俺は藤井のプロフィールを聞いたとき、不覚にも少しいいなっと思ってしまった。


「はぁ……櫂君ってば……伊鶴君、このメイド喫茶、『ありす』はね、ボランティア部のアジトなの。いわばたまり場ってやつよ。ここでボランティア部に届いてる依頼を確かめたり、今後の予定を立てたりするのよ」


「へー、にしても何でメイド喫茶なんだ? それなら昨日の教室とか、もっといいとこあっただろ?」


 昨日俺がつかまっていた教室。

 あそこなら広かったし、実際昨日たまり場みたいなノリで使ってたし。


「いい? 伊鶴君、今はね……」


 俺の言葉に呆れかえったようにそう言う市川。

 そしてすっと息を吸い込み、


「授業中なのよ」


 と、俺の心に巣くう数多の疑問を一気に取っ払ってくれるような一言が、市川の口から飛び出した。

 現在時刻は午前十時。

 確かに、一般生徒は絶賛授業中である。

 そんな中、心優しい先生方がたとえ空いている教室を使わせてもらったとしても、俺達には「バカ」のレッテルがしっかりとまとわりついている。

 そこから導き出される先生方の思考回路は……


『バカが静かにしていられるはずがない → 外でやってこい』


 とまぁ、こういうことになるのだ。

 そりゃそうなるよな。

 一人は留年、一人は授業不参加、一人は赤点常習犯、一人は全教科合計点数一桁。

 先生の立場からこの四人を見たとき、まず間違いなく全員問題児だろう。

 俺たち問題児は他の生徒の迷惑にならないように、またバカが移らないように、学校の外に隔離されたのだ。

『ボランティア部の授業参加を免除する』というのは、言い換えれば『ボランティア部の授業参加を認めない』となる。

 もっと言い換えるのならば『近寄るな、バカが移る』ということになるだろう。

 まったく、バカというのは不遇なものだ。


「どうしたの? ニヤニヤして」


「え? 俺今ニヤニヤしてたか?」


「うん! ちょっと気持ち悪かったよ!」


「元気いっぱいの無邪気な声でそういうこと言わないでくれるか宇佐美。なんか純粋無垢な小学生に罵られた気分だ」


「あ! ごめんね! それじゃあ……きっも! 近寄らないで!」


「声を低くするな! おかげでマジで引かれてるみたいだからやめて!」


「うん、結構本気で引いてるよ」


「ひでぇ!」


 見た目が小学生(胸以外)という、アニメやラノベの世界から飛び出してきたような容姿をした宇佐美に引かれるというのは、アニメの、しかもロリキャラ好きな俺にとっては、計り知れないダメージとなった。


「で? なにニヤついてたんだよ。メイドの胸でも見てたのか?」


「別に……ただ、バカは不遇だなぁって思って……」


「なにあなた、自分が不遇だからってニヤニヤしてたの? それはそれでキモイわね。不遇な立場に何かいい思い出でもあるの?」


「別に俺はそんな悪趣味じゃない。ただ、アニメの主人公とかって、こうやって周りから良くない目を向けられつつも奮闘して、最後には認められたりするんだよなって思ってただけだ」


「なるほど。いわゆるアニメのご都合展開ってやつに夢を見ちゃってるわけね、伊鶴君は」


「夢っていうか、憧れだな。もし俺がアニメの主人公になれたのならって……今でも結構思ったりするんだ」


「ふーん。私からしたら、中二病をこじらせたオタクにしか聞こえないんだけど。でもいいわ。人間目標を持つというのは大切なことよ。そして私たちには、卒業という目標があるの。そのためにも、今日も張り切ってボランティアするわよ」


「ま、とりあえず夏樹は進級しないとな」


「うるさい! ほら、今日はどれにする?」


 ニヤニヤしながらからかう藤井に、市川は顔を赤くしながらそう言うと、自分のカバンの中から小さめの赤いノートパソコンを取り出し、開いて俺たちに見せる。

 ディスプレイに映し出されていたのは何かのサイトで、俺以外の三人が食い入るようにその画面を見つめる。


「うーん、今日は伊鶴君の初めてのボランティアだし、軽めのやつがいいわよね」


「でも、それだともらえる単位が少ねぇぞ? 初めてだからこそ、デカいのに挑んでボランティアの厳しさを学んでもらうってのもありじゃないか?」


「唯はどれでもいいよ! 二人に任せる!」


「えっと……なんなんだ? そのサイトは」


 あーでもないこーでもないと言い合う三人の間に割って入り、サイトの内容を聞き出す俺。

 まぁ、大体の予想はついていたが。


「間宮福祉高校のホームページよ。そこのボランティア部専用ページ。一般の方からの依頼は全てここに届くようになってるわ。そして理事長が依頼の難易度や社会への貢献度に応じて、取得できる単位の量を設定しているの。それを私たちがこうやって選んで、ボランティアに成功すれば、その依頼に応じた単位を取得できるってわけ」


「へー、こんなに大量に来てるのか」


 画面いっぱいにいろいろな人の依頼が広がっており、ぱっと見で百通以上は来ているだろう。

 てかボランティアに成功もクソもあるのか。


「まだまだこんなもんじゃないぜ? これがあと2ページ分あるからな。ざっと60通ってとこだ」


「すっげ……バカでも頼ってくれてる人がいたんだな」


「この辺じゃ俺たちは有名だからな。興味本位で依頼をよこす人も少なくないんだ」


「へぇ……」


 ボランティア活動はともかく、平日の朝っぱらからメイド喫茶に入り浸っているバカな高校生に救いを求める人間が、世の中には思いのほかいるという事実に、俺は思わず感嘆の声を漏らす。

 悪いことは言わないから他を当たったほうがいいとは思いつつも、その依頼のおかげでボランティア部員の学生としての首は繋がっているわけだから、今の俺の立場からしたらやはり感謝しなければならないのだろう。

そんなことを思いながら、俺も届いた依頼に目をやる。

 なになに? 

『キリン公園の清掃をしてほしい』『キリン公園の雑草を取ってほしい』『キリン公園の犬の糞を片付けてほしい』等々……。


「……そんなに汚かったか? キリン公園って」


「いえ……でもまぁ、今日はキリン公園の清掃で決まりね。これだけ依頼が来てるのなら、単位もそこそこ入るだろうし」


「異論はないよ!」


「よし、それじゃ早速……」


「いや待て! なんか面白いのがあるぞ」


 市川がパソコンを閉じようとした時、藤井が声を上げる。


「なによ一体」


 市川が嫌そうな顔をしながら再びパソコンを開くと、


「これ見ろ。面白そうじゃないか?」


 そう言って藤井が指差したところには、



『キリン公園のお化けを退治してほしい』



 と書かれていた。

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