公園のお化け編
1 ボランティア部
目が覚めると、俺は椅子に縛り付けられていた。
アニメで『拘束』と言えば、物語中の重要人物がポカをやらかして敵に捕まり、そいつを主人公一行が助けに向かうというのが王道であるわけだが、今の俺はどうやらそういうわけではないらしい。
現代日本ではなかなか見ることのない木造の広い部屋で、俺は座ってるパイプ椅子もろとも長い麻紐でぐるぐる巻きにされ、ついでに助けに来てくれるような友人もいない。
このシチュエーションから察するに、俺がファンタジー世界に迷い込んだという夢のような出来事は起こっていないのだろう。
……じゃあなんで俺は縛られてるんだ?
「お目覚めのようね」
俺が状況を確認しつつ辺りを見渡していると、俺に背中を向けて立つ女子生徒から、少し高めの、綺麗な声が聞こえた。
「えっと……どなた?」
「2年E組、市川夏希よ」
そう言って少女が俺の方に振り向く。
腰まである長い髪に、整った顔立ち。
一般的に美人と呼べる人間がそこにはいた。
「間宮伊鶴君ね」
「そうだけど、それ縛った後に言う台詞じゃないよな。違ったらどうするつもりだよ」
「その点は心配いらないわ。ちゃんと下調べはできてるから」
「じゃあ何で聞いたんだよ」
「言ってみたかっただけよ」
市川はそう言うと、俺の方に歩み寄り、
「単刀直入に言うわ。間宮伊鶴君、あなたにはボランティア部に入ってもらいます」
ビシッと人差し指を俺に向けながらそう宣言する。
しかし、カッコよく決まったそのキメ台詞は、俺の頭上に更なる疑問符を生み出すだけの結果となった。
「……は?」
「だから、ボランティア部よ。まさか理事長の孫がその存在を知らないとは言わせないわよ?」
「いや、流石に知ってる。ウチのボランティア部はこの辺じゃ有名だからな。俺が言いたいのは、何でたかが部活の勧誘で縛られなきゃいけないんだってことだ」
「一つ訂正しておくわ。これは勧誘ではなく強制よ。拒否権は無いわ。そしてあなたを縛ったのは仕方のなかったことなのよ。眠らせたあなたを目が覚めるまでこの汚い教室の床で眠らせていおくのは流石に気が引けたわ。だから椅子に座らせておこうと思ったんだけど、どうしてなかなか寝てる人をパイプ椅子に座らせておくのって難しかったのよね。だから手芸部から麻紐を借りてきて、椅子もろともぐるぐる巻きにしたのよ。どう? 安定してるでしょ」
「あぁ。でもこれは寝心地は最低だな。文字通り手も足も出ない。よくぞこんなところで爆睡してたもんだよ。で? どうやって俺を眠らせたんだ? ホームルームが終わって帰る準備ができたところまでは覚えてるんだけど」
教室の時計を見ると既に午後五時を回ったところで、ホームルームが終了してから約一時間が経過していた。
つまり、俺は約一時間ここでぐっすりと眠ってたわけであるが、なぜそういう展開になったのか全く覚えていない。
「あなたの水筒に、科学部特製の強力な睡眠薬を仕込ませてもらったのよ。それをホームルーム終了後にあなたは一口飲み、そのまま自分の机に突っ伏して寝始めたってワケ」
「お宅、それ犯罪だってことに気づいてる?」
「理事長から許可は取ったわ」
あのジジイ……大切な孫が死んだらどうするつもりだ。
というか、生徒が睡眠薬を盛るのを許可する理事長がどこにある!
ここ福祉高校だよな⁉
「あのな、いくら爺さんから許可貰ったって言っても、もし仮に俺が帰り道とかで水筒に手を出したらどうするつもりだったんだよ」
「その時は、道路のど真ん中でぐっすり眠って酔っ払いみたいになってるあなたの写真を撮りまくってツイッターに『福祉高校生、道路で寝るwww』みたいなタイトルで投稿した後に、ここまで運んでくるわ」
「鬼か」
「でも良かったじゃない、教室で飲んだんだから。これから帰るって時に一人机に突っ伏して眠りだすあなたにクラスメイトがちょっと引いただけで、他に迷惑は掛かってないわ」
「お前は俺の迷惑は考えないんだな」
「ええ。だってあなたはもうボランティア部の一員だもの。私たちと同じ、間宮福祉高校の落ちこぼれよ。『無事卒業させるため』って言えば、このボランティア部は割と何でも許されるわ」
「落ちこぼれ……ね」
間宮福祉高校ボランティア部。
この辺ではちょっと名の知れた奉仕集団。
いわゆるバカと呼ばれる成績超不優秀者がそこに入れられ、学業の代わりに社会奉仕で単位を獲得させるというバカ専用の救済処置。
ボランティア部とは、まさに間宮福祉高校の落ちこぼれ集団である。
「ネタは上がってるわ」
「ネタ?」
市川は机の上に乗っている黒いファイルを手に取り、挟まっていた一枚の紙に目を通しながら、それを読み上げる。
「2年A組、間宮伊鶴。理事長の孫であり、授業にはしっかり出席しているが、それだけである。前回の一学期中間テストでは全教科合計点数1桁という大記録を叩き出し、職員室をどよめかせた。1年次のテストも全て赤点。本来であれば進級不可能であるが、親ならぬ爺の七光りで何とか2年生に進級。しかし、あまりの成績の悪さに理事長では庇いきれなくなり、ボランティア部への入部が決定した……自分の武勇伝を聞いた気分はどうかしら?」
「うーん、自覚はしてたけど、いざこうやって並べ立てられるとなかなか心に来るものがあるな」
「いくら反省したところでダメよ。もうあなたのボランティア部入部は決定事項だから。それでも拒むなら」
「分かってる分かってる。退学だろ? 俺も高校中退は勘弁してほしいからな。ボランティア部には入るよ」
「話が早くて助かるわ。流石は理事長の孫ね」
「まぁ、自分でもいつかはこうなる気がしてたからな」
爺さんにもしょっちゅう言われてたしな。
まぁ、来るべき時が来たって感じだ。
抵抗はない。
「そう。それじゃ間宮伊鶴君、あなたは私たちボランティア部の仲間よ。よろしくね。入部届は既に学校側で出来上がっているから心配しないで」
「それは逆に心配なんだが?」
「大丈夫よ。学校も流石に入部届に嘘は書かないから」
うん、嘘偽りなく書かれたらそれはそれでひどいものが出来上がるな。
恐らく、学校史上に残る最強のバカプロフィールだろう。
「……なぁ、そろそろほどいてくれないか? そろそろ腹のあたりが蒸れてきて気持ち悪いんだけど」
「あぁ、そうね。今ほどくから待ってて」
市川は俺の後ろに回り、麻紐に手をかける。
そしてしばらくして、俺は麻紐からの呪縛から解放された。
「お、終わったか?」
俺が椅子から立ち上がり、伸びをすると、それに反応して横から声が聞こえた。
さっきからずっと視界には入っていたが、あえて見ないようにしていた黒縁眼鏡の男子生徒。
俺が目覚めた時から、ずっとパソコン(ステッカーが貼ってあるところを見ると、私物だろう)の画面を食い入るように見つめ、付けていたヘッドホンからは音量が大きいためか、銃声やら爆発音やらが音漏れしていた。
あまりにも集中していたので触れるに触れられなかったのだ。
「ええ、思ったよりも早かったわ。櫂君の時はあと一時間はかかったわよね」
「何も知らせずにここに連れてきて、急に『君はバカだから今日からボランティア部の部員だ』なんて言われたらそりゃーな」
「授業にも出ないで、ずっと空き教室でゲームばかりしていた廃人ゲーマーが何言ってるのよ」
そう言うと、市川は俺の方に向き直る。
「伊鶴君、紹介するわ。彼は藤井櫂君」
「櫂だ。よろしくな」
「よろしく」
俺はスッキリするような笑顔で右手を差し出す藤井の手を取り、軽く握手をする。
「櫂君は見ての通り眼鏡のイケメン男子だけど、ここにいるってことは当然彼もバカよ。ボランティア部に入った理由は主には出席日数ね。彼、ずっと空き教室に籠ってゲームばかりやってて、授業に一切出なかったのよ。でもその分ゲームの腕は超一流よ。ほら、なんて言ったっけ? GHQ?」
「違ぇよ! FPSだFPS! てかお前がGHQ知ってることに驚きだよ!」
「失礼ね。私だってGHQくらい知ってるわよ。えっと、集中治療室?」
「そりゃICUだ! かすってもねぇよ!」
ちなみにGHQは連合国軍総司令部だな。
「まぁ何でもいいわ。そのなんちゃらってゲームでは、櫂君全国クラスらしいから一応紹介しとくわ。彼の取柄って、それくらいだし」
「へー、凄いじゃん」
「俺としては『こいつの取柄はゲームだけじゃない』って言葉が欲しかったんだが、数分前に会ったばかりの奴に期待するのが間違ってたな」
「あー、すまん」
「いや、別に構わねぇよ」
藤井は笑いながらそう言った。
「今この場にいるのは私達三人だけだけど、本当はあと一人部員がいるわ。もうすぐ来ると思うけど」
「あと一人?」
俺がそう言うと、
「ゴメーン、遅れちゃった!」
甲高い声と共に、勢いよく教室の扉が開いた。
そして現れたのは、間宮福祉高校の制服を着た少女だった。
いや、正しくはやたら栄養が行き届いた胸以外は、確かに少女だった。
「遅いわよ唯。五時には終わるんじゃなかったの?」
「ゴメン夏希ちゃん。思ったよりも長引いちゃって……あれ?」
少女は俺を見るなり、トコトコと近づいてくる。
「あなたが間宮伊鶴君?」
「あ、あぁ、そうだけど……君は?」
俺は中腰になり、少女と目線を合わせる。
「唯は宇佐美唯だよ! 二年B組!」
宇佐美と名乗った少女は、元気よくそう答えた。
お、同い年だったのか……。
「彼女がボランティア部の最後の一人よ。図書委員会なんていう賢そうな委員会に所属してて、今日もその仕事で遅れたんだけど当然この子もバカよ。テストは赤点常連者で、運動神経も皆無に等しいけど、そのロリ体系と行き過ぎた童顔が一部の男子から人気を集めているわ」
「夏希ちゃんそれ酷くない⁉」
「事実なんだから仕方ないでしょ? それに、唯は胸以外子供同然よ? 小学生でも十分通じるわ」
「だな」
市川の言葉にウンウンと頷きながら同意する藤井。
「そんなことないよ! 唯だって高校生なんだよ⁉」
頬を膨らましながらプンスカと怒る宇佐美は、どこからどう見ても子供だった。
これは確かに、小学生である。
「さて、全員揃ったところで、改めて新入部員の紹介をするわ。間宮伊鶴君。皆も知ってる通り、全教科合計点数一桁という驚くべき偉業を成し遂げたバカよ」
何つー紹介だ。
てか、皆も知ってる通りて、ボランティア部公認かよ。
「ほら、伊鶴君。自己紹介」
市川が俺の肩を叩く。
「あ、あぁ。えと、名前は間宮伊鶴。趣味はアニメ鑑賞、漫画やラノベを読むこと。嫌いなものは勉強で、基本何でも食べる。爺さんがここの理事長をやってて、ほとんどコネで入学した」
「要はオタクでバカなんだな」
俺の自己紹介に続く形で、藤井がそう言うと、場が笑いに包まれる。
そりゃ確かにインドア派だけれども。
「まぁ、俺も卒業はしたいから、やれるだけのことはやるよ。よろしく」
俺が一礼すると、三人の軽い拍手が耳に響く。
拍手なんて浴びたの、何年ぶりだろうか。
「なんか今の自己紹介であなたの良いところがほとんど見つけられなかったけど、まぁいいわ。改めて、これからよろしくね、伊鶴君」
「あぁ」
「おう夏希、お前自分の紹介は伊鶴にしたのか?」
俺と市川が握手すると、横から藤井がニヤニヤしながら口を出した。
「え⁉」
驚きの声を上げる市川。
「あ、そういえば聞いてない。お前は何でボランティア部に?」
俺もその辺は聞いていなかったので、藤井の言葉に興味をそそられた。
市川はと言えば、顔を真っ赤にしてもじもじしている。
「……言いたくないなら別にいいぞ?」
よっぽど恥ずかしいほどバカなことを察した俺は、助け舟を出す。
しかし、
「こいつ、本当は今3年生なんだよ。要は残留だ残留。成績が足りなくて進級できなかったんだ。おまけにテストは赤点だらけで退学寸前。だからボランティア部にいるんだよ」
「そうだったのか⁉」
藤井の暴露に思わず驚きの声を上げてしまう俺。
爺さんの七光りが無かったら2年生になれなかったかもしれない俺が言えたことじゃないが、これは確かに恥ずかしい。
市川、耳まで真っ赤になってるし。
「な、なによ! 悪い⁉」
「いや、そりゃ悪いだろ……」
学生において、残留ほど悪く、そして恥ずかしいものはないだろう。
「うるさい! はい! 今日はこれでお開き! もともと新人歓迎会のつもりだったから今日はボランティア活動入れてないし、自由解散! それじゃね!」
真っ赤な顔でそう言うと、市川は鞄を持って勢いよく教室から出て行った。
こうして、俺のボランティア部の活動がスタートしたのである。
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