バカボラ‼ ~僕たちの社会福祉日記~

フクロウ

プロローグ 平日昼間、河原を走るバカ4人


 この世には、ボランティア活動なる物が存在する。

 なんの見返りもなく無償で世のため人のためとなって動く、いわゆるタダ働きである。

 そんなくだらないことに命を燃やす高校生が、そこには五人ほどいた。

 彼らは今日も、学校の近所にある河原を大きなゴミ袋片手に、全力で走り回っていた。


「おい伊鶴! そっちどうだ⁉」


「空き缶が大量にある! でも得点的には少ない!」


「馬鹿! 空き缶は最低得点だぞ! そんなもん拾っても意味がねぇ!」


「うるさい! そう言う櫂はどうなんだよ! 全然袋が膨れてないように見えるけど⁉」


「心配するな! 俺は高得点のゴミだけを狙ってるから少なく見えるが、得点にしたらこれは化けるぞ!」


「本当か⁉ 頼むぞ! また女子に負けたら、俺たちは一学期かなり危ない!」


「あぁ! だから急げ! あと5分しかないぞ!」


 あぁ、なんと素晴らしい光景だろうか。

 ボランティア精神あふれる男子高校生が、制服のまま汗をだらだら流しながら、河原を掃除しているのだ。

 きっと近年まれに見る光景だろう。

 まったく、自分がそんな感動的な光景生み出してる高校生の一員だということが本当に信じられない。

 俺は間宮伊鶴。

 ちょっとアニメが好きで、漫画が好きで、ラノベが好きなだけの、私立間宮福祉高校の二年生である。


「ヤバいぞ! あと1分しかねぇ!」


 間宮福祉高校の制服をだらしなく着こなし、制服が汚れるのを恐れて俺がさっきからずっと避けている草むらにずんずんと入り込みながらそう声を上げる眼鏡のイケメン男子は藤井櫂。

 顔立ちとゲームセンスは抜群で頭もキレるのだが、運動と勉強に関する本人のやる気はゼロというアンバランスなステータスを持つ。


「櫂! 何か目ぼしいものあったか⁉」


 草むらを探索する櫂に向かって俺が声を上げる。


「あぁ! あったぞ!」


「本当か!」


「あぁ、見ろ! こいつを!」


 櫂がそう言って、拾ったものを頭上に掲げながら草むらから出てくる。

 遠くて分かりづらいが、どうやら雑誌を拾ったようだ。


「でかしたぞ櫂! 最高得点の雑誌だ!」


 俺は歓喜の声を上げる。

 しかし、櫂がこちらに近づいてくるにつれて、その雑誌の正体が明らかになる。


「おまっ……それは……!」


 櫂の手に握られていたのは、紛れもない、成人向け雑誌だった。

 しかも、少し土が付いているだけで、ほぼ新品。

 つい最近捨てられたものだろう。


「良かったな伊鶴。これで河原掃除が終わった後の楽しみができたぜ」


 櫂が雑誌を広げ、俺に見せる。


「ば、バカ! 見せるなそんなもん!」


 俺はすぐさま顔を背け、なるべく自分の視界に入らないようにする。


「あんだよつまんねーな」


「何度も言ってるだろ。俺は二次元以外に興味はない」


「はぁ……そのくだらないポリシー、そろそろ捨てた方がいいと思うけどな」


 ため息交じりにそんなことを言う櫂。


「くだらないとか言うなよ。三次元に興味が無いんだから仕方ないだろ?」


「……お前って結構ヤバいオタクだよな。今それを再認識した」


「うるせぇ廃人ゲーマーが」


「ゲーマーなのは認めるけどな、俺はお前と違ってちゃんと現実を見てるんだよ。だからこうしてエロ本に興味をそそられるわけだ。」


「意味が分からん」


「あなたたち、随分と楽しそうじゃない。その様子だと、よっぽど自身がおありのようね」


 櫂が雑誌を広げようとした瞬間、後ろから聞きなじみのある声が俺と櫂の耳に響いた。

 櫂は急いで雑誌を閉じ制服の中に隠す。


「約束の時間よ。さぁ、結果発表と行きましょうか」


 振り向くと、そこには案の定、市川夏希がいた。

 夏希は長い黒髪に、整った顔立ちの女子生徒。

(一応)二年生で、 俺たち同級生だ。


「夏希ちゃーん」


 夏希の後方からゴミ袋片手に走ってくるのは宇佐美唯。

 小学生と見違えるほどの低身長と、高校生とは思えないほどの童顔を持ち、一部の男子からの人気が絶えない。


「あぁ唯。そっちはどうだった? 私は割と豊作だったけど」


 パンパンに膨れ上がったゴミ袋を自慢げにぶら下げる夏希。


「ゴメン夏希ちゃん。唯も一生懸命探したんだけど……」


 それに対し、ごく少量の空き缶らしきものが入ったゴミ袋を夏希に見せる唯。


「あちゃー、やらかしちゃったか。まぁいいわ。私一人で、男子なんか蹴散らしてあげるから」


「へ、ほざいてろよ夏希。こっちだって負けてないんだぜ?」


「あぁ。こちとら秘密兵器を隠し持ってるからな」


 自信満々の夏希に対し、俺と櫂で頑張って強がっては見たものの、見た目の差は歴然としていた。

 きっと俺たち二人のゴミ袋の中身を合わせても、夏希のゴミ袋の大きさには届かないだろう。


「これで今回の単位は私たちの物ね」


「まだ分かんないだろ! 数えてみないと」


「そ、そうだ!」


「いいわよ別に。どうせ私と唯の勝ちだから」


「クソ! んじゃまずは1ポイントの空き缶からな!」


 こうして俺たちはゴミ袋の中身を、運動会の玉入れのように数え始めた。


          ☆彡


 俺たち四人が今やっていたこと。

 それはいわゆる、河原掃除というやつである。

 河原に落ちている空き缶や雑誌といったゴミを拾い集め、川をきれいに保つための活動をしていたのだ。

 まったく、なんて善良な高校生集団なのだろうか。

 平日の午前10時から河原に集まり、6月のジメジメした空気の中死ぬほど走り回ってゴミをかき集める高校生なんか、全国のどこにも存在しないだろう。

 ……さて、問題だ。

 なぜ現役の高校生が授業にも出ずに、こんなところで河原掃除などということに尽力しているのか。

 答えはひとえに、俺たちがボランティア部だからであり、バカだからである。

 俺たち四人が所属するボランティア部は、間宮福祉高校から選び抜かれたスーパーバカが集められた部活動で、勉強の面で単位が稼げない学生の救済処置となっている場だ。

 まぁ簡単に説明すると、『お前たちは勉強で全然ダメだから、せめて地域の役に立ちなさい。そうすれば卒業に必要な最低限の単位あげるから』というやつである。

 信じられないシステムだが、驚くことにボランティア部は出来上がってから今年で十年目になるらしい。

 この学校の偏差値が一体どれだけのものなのか、一度見てみたいものだ。

 ボランティア部員は、授業の出席をある程度免除される。

 今回のように、ボランティアに関する予定が平日に入った場合、被った時間の分の授業は出なくていいのだ。

 夢のようなシステムだと思われるかもしれないが、実はそうでもない。

 俺たちボランティア部は、基本的には地域の人からの依頼で動く。

 ボランティアなのに依頼というのも変な話だが、この河原掃除だって、町内会の人たちからの依頼に基づいて動いていたりするのだ。

 間宮福祉高校ボランティア部の名は近所ではかなり有名らしく(平日の朝から河原掃除してる高校生がいたら、そりゃ有名になるだろう)、ボランティア部が始まった当初は全然来なかった依頼も、今ではどしどしと来るようになった。

 今回のようにザ・ボランティアな内容なら良いのだが、中には飲食店の手伝いや、麻雀の代打ち、浮気調査なども存在する。

 最早ボランティア部ではなく、何でも屋である。

 何でも屋である俺たちには、休みがないのだ。

 依頼が多すぎるせいで、土日祝日も当然のように制服を着てボランティア活動に勤しんだりするので、授業を受けるほうが、まだマシである。

 単位を取得するというのは、そう簡単ではないのだ。


          ☆彡


「ほら見なさい。私達の勝ちね」


「クッソー!」


 夏希の圧倒的勝利宣言を前に、唸り声を上げる櫂。

 今回の河原掃除で俺たちがやっていたこと、それは一種のゲームである。

 普通に掃除するだけではつまらないと櫂が言い出したのが事の発端だ。

 もともとこのボランティアで獲得できる単位が2人分しかなかったこともあり、櫂の提案は『勝者が単位を取得する』ということで問題なく可決された。

 ゲームの内容は、ゴミの種類にポイントをつけて、拾ったゴミのポイント合計値を競うというものだった。

 俺たちは男子チームと女子チームに分かれて戦ったものの、結果は見ての通り、男子チームの惨敗に終わった。

 ちなみに櫂のゴミ袋の中身は案の定、一切化けることはなく、空き缶3個という殴りたくなるような状況だった。


「はぁ……単位取り逃した……」


「そう落ち込むなって。な、帰ったらこれ一緒に見ようぜ」


 帰り道、4人で歩きながら、一人落胆する俺を慰める櫂。

 その手には、何を思ったのか、そしていつ制服の中から取り出したのか、例の成人向け雑誌が握られていた。


「バカ!」


 俺のとっさの制止もむなしく、思い切り危ない表紙の怪しげな雑誌に釘付けになる女子二人。

 現代男子高校生にとって、自分がエロ本を持っていたところを女子に見られること以上の屈辱は無いだろう。


「あなたたちその雑誌……!」


「いや……これはその……」


 焦りを隠せないまま櫂を追い詰める夏希に、必死に弁明しようとする櫂。

 唯は顔を真っ赤にしてフリーズし、俺はため息をついていた。

 諦めろ、これはいくら何でも誤魔化せない。

 櫂にそう目で訴える俺。

 しかし夏希の次の台詞で、それは覆されることとなった。


「パパの雑誌! 昨日の夜しっかり仕込んだはずなのに! 見つからないと思ったらそういうことだったのね!」

 

 もう一度言おう。

 間宮福祉高校ボランティア部は、超絶スーパーウルトラバカの集団なのである。

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