私は1週間後その居酒屋に向かった。

 仕事は順調で、人間関係も上手くいっていたし私生活は順調極まりなかったがただ一つ、私に暗い影を落としていたものはあの男の話だった。

 しかし、それも今日になれば解決する。

 まるきり信じていたわけではない。信じていた訳ではないが、やはり真実かどうかわからない曖昧さが私の気分を優れないものにしていた。

 暖簾をくぐり、1週間前と同じ席に座る。あの男はまだ来ていなかった。

「お客さん、この前やすさんと呑んでた人だよね?」

 カウンターの中から店員が話し掛けて来る。

「ああ、あの人はやすさんと言うのか。多分そうだと思うがね」

 そう答えると、店員は笑って私に手紙を差し出した。

「あの日お客さんが店を出た後やすさんから預かったんだ。1週間後にまたあの人が来るからそうしたら渡してくれって。……やすさんもなぁ、いい人だったけど、あっけなかったよなぁ」

「なんだい、その言い方。あの人に何かあったのかい?」

「あれ? お客さん知らないの? やすさんはね、あの後自宅で亡くなったんだよ。心不全だってさ」

 私はかさつく指でその手紙を開いた。




 今日はどうも。いや、あなたにとっては1週間前のことになりますね。

 あなたが僕の話をどこまで信じられたかは分かりませんが、この手紙を読んでいると言うことは僕はもう死んでいるのでしょう。生きていれば3日後にこの手紙を店のものから返して貰うつもりですから。

 あの話はずっと僕の胸に秘めていたことだったのです。

 それをなぜ、あなたに話したのか気になるでしょう?

 理由は言ったとおりですよ。ちょっとしたひがみみたいなもんです。

 相手にあなたを選んだのも深い意味はない。ただそこにいて、とびきり幸せそうに笑っていたから。ただそれだけの理由です。

 今まで三十年も黙っていたことを何故今更話したかと言いますとね、僕にも見えてしまったからなんですよ。自分と同じ顔をした死神が、枕元にじっと正座しているのがね。

 彼女の話を思いおこせば、たしか死神が枕元に立って3日後に彼女も彼女の兄も無くなっている。

 僕も、その法則通りなら今晩死ぬのです。それで、つい誰かに話したいと思ったわけです。

 あなたには大変なとばっちりでしょうね、申し訳ない。

 僕も、あの話は信じているようないないような、ずっと半信半疑でした。何度も誰かに話したい衝動に駆られましたしね。

 けれど、臆病な僕にはそうするほどの度胸もなかったのです。

 結局、実際に自分が死神を見て初めて話す気になったのですよ。

 どちらにせよ死んでしまうならば、誰かに言いたいという欲求を堪えることは出来ませんでした。

 結局、僕の死は死神の呪いのせいなのか、それとも単に寿命だったのかは分かりません。

 もし気になるならばあなたが誰かに話してみてはどうでしょう。呪いであれば二、三日中にあなたと同じ顔の死神が迎えに来るでしょうし、そうでなければあなたはそのまま寿命まで生き続けることでしょう。

 僕が何度もしてみたいと思って、けれど実行出来なかったことをあなたが証明出来るならば、僕も話した甲斐があるというものです。

 ああ、長くなってしまいました。そろそろ筆を置きましょう。

 いつかあの世であなたの話を聞くことを楽しみにしていますよ。




 最後に『斉藤 安雄』と言う署名でしめられたその手紙を、私は苦々しい気分で見つめた。


 全く、なんてことだ。

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