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 それで、彼女と家族はまた病院に呼ばれたんですね。

 大急ぎで病院に行くと、いつもと様子が違っている。勿論危篤状態の兄の周りには医者やら看護婦やらがウジャウジャいて、それも普段とは違っていたでしょう。

 けれどね、彼女が一番驚いたのはいつもベッドの足元に座って微動だにしなかったもう一人の兄が、ベッドの上の兄の枕元で笑っていたことだったのですよ。

 いつもじっと小さく蹲って、彼女が話し掛けてもうんでもすんでもない。こちらを見ようともしなかったその兄が、今苦しんでいる兄の枕元でニヤニヤと笑っている。

 その顔を見て、彼女は幼心に始めての恐怖を覚えたと言いました。

 間もなく兄の発作はおさまり、医師たちも出て行って落ち着いた病室はしんと静まり返りました。

 両親も親戚に連絡をすると部屋を出て行き、彼女は二人の兄と共に部屋に取り残されたのです。

「お兄さんは何で死にかけたのに笑っているの?」

 普通なら、そんな事は聞かないでしょう。けれど、それが子供の無邪気さなんでしょうね。彼女は、反応をしない眠りつづける兄ではなく、枕元に移動したもう一人の兄に聞いてみたのだそうです。

 すると、初めてその兄は彼女の方を見たのです。もう笑ってはいなかったそうですが、一言だけ答えてくれました。

「死にかけたから、笑っているのだよ」

 彼女にはさっぱり意味がわかりません。

「お兄さんは死にたいの?」

 そう聞くと、その兄は彼女の方を見てニッと笑ったそうです。

「いいや、お兄さんは死にたくはないのさ」

 ますます分からず彼女が黙ると、その兄はまた薄気味の悪い笑顔を浮かべました。 

「わたくしはね、お兄さんに早く死んでほしいのだよ。毎日足元で祈ったかいがあって、やっとお兄さんは死にかけてきたのだ」

「何で自分を殺したいの? あなたはお兄さんではないの?」

 彼女はそう問いましたが、その兄はまた無表情に戻ってもう答えなかったそうです。


 次の日、病院に行くとまた兄の枕元に兄がいる。

 その日、枕元の兄は機嫌が良かったようで自分から彼女に話しかけてきたのです。

「あなたはいつからわたくしの事が見えていたのだね」

「お兄さんが入院されて……そうね。3回目の発作の時からかしら」

 そう答えると、兄は納得したように頷き、こんな事を言ったそうです。

「あなたのお兄さんは随分頑丈なようでね、わたくしはいつも通りにさっさと魂を取ってやろうと頑張っていたのだが、なかなか体が魂の緒を離してくれないのだよ。毎日毎日足下で『早く離せ、早く離せ』と念を送っていたのだ」 

「まあ、ではあなたはお兄さんを殺しに来たの?」

 彼女が子供ながらに何を馬鹿な事をと呆れながら言うと

「そう。わたくしは死神だからね」

 兄は悪びれもせずそう言ったそうです。

 まあ、他の人には見えない、兄と同じ顔のもう一人の兄なんて存在自体がまともでは無いのですがね。

 彼女は

「その時は私もまだ幼かったから気付かなかったのね」

 なんてはにかんで言っておりました。

 うん、あの時の彼女は美しかった。こう、うっすらと頬を染めてですね。私の腕に抱かれながら呟くように言うのです。

 え?

 ああ、話がずれてしまいましたね。まあ、酔っ払いの話す事ですから少々の脱線はご勘弁願いたい。

 彼女は同じ布団に入っている時に睦事ではなくオカルト話をするような、そんな風変わりな娘だったのですよ。

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