彼女には十離れた兄がいたそうです。もともと体は丈夫な人でしたが、ある日車に撥ねられ、そこから生死の境を何度もさ迷うようになったそうで。頭を強く打ちましてね、油断すれば脳波が弱くなりすぐに危篤状態だ。

 そんな事が二度ほどあって、三度目の時、彼女は初めて死神の姿を見たのです。

 ある日、病室に見舞いに行くと、兄が黒い服を来てベッドの足下に腰掛けていたんですって。それで彼女は兄が元気になったと喜んで駆け寄ったんですが、ふと気付くとベッドの上にも見知った男が横たわる。

 そう、目の前に座っているはずの兄がいつもどおりベッドの上にもいるんですよ。

 幼い彼女は混乱しまして、一緒に来た母親に「どうしてお兄さんが二人いるの?」と、こう聞いたわけです。

 けれども母親は笑って「お兄さんはいつもどおり寝ていらっしゃるでしょう。二人だなんて楽しい事をおっしゃるのね」と取り合ってくれない。

 彼女は念のために回診に来た看護婦にも確認したそうです。そうしたらば、やはり看護婦も笑って相手にしなかったんですって。

 彼女はそこでどうやら足下にいる兄は自分にしか見えていないと気付きまして、その兄の事を口に出すのをやめたそうです。

 けれども、確かに見えるから気になってしょうがない。そこで、母親が手洗いだかで席を外した時に、足下の兄に話しかけてみたのです。

 たしか「あなたはお兄さんではないの?」だとかそのような事を聞いたと言っていた気がします。

 しかしその兄はまるで彼女のことが見えていないかのように無視するのです。彼女も母親がすぐに戻ってきたので、その日はそれ以上話しかけはしなかったらしい。

 けれど、その兄は行く度に同じ場所に腰掛けうつむいている。彼女は母親の隙を見ては兄に話しかけ続けた。

 もっとも相変わらず相手はしてもらえなかったそうですが。

 そして、事故から一月も経った頃。四度目の発作が兄を襲いました。

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