もう三十年も前になるでしょうか。

 まだ僕は二十歳を過ぎたばかりで、今更女房には言えませんが、若者の常で、当時はそれなりに遊び歩いておりました。

 あなたにも身に覚えはあるでしょう?

 いや、失敬。

 余計な事を言って、せっかくこんな酔っ払いの戯言に付き合ってくださる方の気を悪くしてはいけません。

 今から話すのは、そんな時に知り合った女に聞いた話なのです。


「あたし、死神を見たことがあるんです。」

まだ、付き合い始めて三月も経っていませんでした。大学の同好会が一緒だった女でね。見た目は美しかったのですが、正直言って少々風変わりなところがあったんですよ。

 あたしには、人には見えないものが見えるのです。

 そんなことを真顔で言うような女でした。

 けれど、僕もそれまでに何人かの女と付き合った経験があったのでね、話の種にでもなればと、その程度の気持ちで会うようになったのです。

 普段から、例えば「あそこの影に血に塗れた男が立っている」だとか、「あの人の肩に悲しげな老婆が見える」だとか言うような女に男が惹かれるでしょうか?

 僕自身、彼女に対しては好意と言うよりは好奇心で接していたものですから、到底男女の関係になるなどと考えたこともなかったのです。けれど今までそんな調子で話す彼女に自ら近寄って行った男は僕以外に居なかったようで、甘い言葉を囁かなくても彼女は進んで僕に身を任せました。

 いえ、惚気ているわけではありません。そりゃあ彼女は飛び切りの美人でしたから、労せずモノに出来た時は確かに得したとは思いましたがね。

 ま、経緯はどうであれ、そんな訳で付き合い始めてわりとすぐに、僕たちは深い関係になったわけです。

 彼女も体の関係を持った事で僕を信頼するようになったんですね。

 それで例の死神の話が出たのです。

 彼女が死神と出会ったのは、まだ幼い時分……、そう、確か5つの春の事だったと言っていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る