第17話
祝言から程なくして、風間が吉報を持って現れた。
「吉井以下、7名と、7本の妖刀の始末、無事に終わりましてございます。」
「味方に被害は?。」
「ございません。遠方より、玄庵殿の毒を塗り込めた吹き矢を放つ策が功を奏しました。」
ホッとするのも束の間、貴時は矢継ぎ早に問い掛けた。
「吉井ともう1人は。」
「毒矢を3本打ち込み、その上で、首筋から斜めに袈裟懸けに斬り、妖刀諸共、高台から川に転落。
目下、死体と妖刀を捜索中との事でございます。」
「ー死んだかな…。」
「一本で即、死に至る毒を3本でございます。それに袈裟懸けの深い太刀傷ともなれば、流石に…。」
「生きてる気がすっけどな。」
「ー何故でございますか…。」
「さあな…。妖刀持って、人じゃなくなってる所見たからかもしれねえな。」
「……。」
貴時のカンは恐ろしい程当たる。
それは、ただの直感では無いからだ。
眠っていても、人の気配のみならず、殺気だけで起きてしまえる鍛錬から来る物だからだろう。
そう思った風間は、返す言葉も無く、黙り込んでしまった。
「まあ、死体と妖刀が見つかるまでは、今まで通りやっとくさ。そいじゃ、お菊の手習いに付いてくから、楓頼むな。」
「承知致しました。」
貴時を見送った楓は、仁平達にしなくていいと言われている雑巾掛けをしていた。
「奥方様、よくお働きになりますな。」
「奥方様は止めて下さいな、風間さん。」
とはいえ、格好も気品も、武家の奥方である。
「いえ。奥方様ですから。」
「全くもう…。梅でも見ながら、お茶とお饅頭でも如何?。」
「頂きます。」
表には出さないが、貴時は変わらずに、刀ニ振りに脇差しを差した、臨戦態勢を崩さない。
しかし、それとはまた別に、生まれて初めて体験する、平穏で、幸せで、ほんの少し退屈な日々を楽しんでもいた。
偶に出会す、お菊にチョッカイを出して来るチンピラや、仁平を襲おうとする追い剥ぎをコテンパンにのして、番屋へ放り込んでいる内に、同心とも仲良くなってしまい、仁平達に害を為さなくても、阿漕な真似をしている輩をのしては、やっぱり番屋に放り込んでいたら、気が付けば、そこら中で、『旦那』と機嫌良く声を掛けられる様になっていた。
ーすんげえ、顔知られまくってんなあ…。いいんだろうか…。
とはいえ、桐生も、顔と名前は、かなり知られている。
ーじゃあ…。まあいいのかな…。
春になり、桜が咲いては散り、梅雨が明け、気がつけば、楓と祝言を挙げてから、半年が経ったある夜の事だった。
貴時は、越後屋の外に30人ほどの殺気を感じて目覚めた。
貴時がバッと起き上がって、刀を取った時には、既に楓も起きて、切迫した顔で貴時を見ていた。
貴時は楓の頬に手を当て、いつもの笑みを浮かべた。
「吉井じゃねえ。盗賊の類いだろう。おめえは押し入れ入ってな。」
「ええ〜?。」
「ええじゃねえんだよ。2人位侍の気配もする。危ねえから。さあ、早く。」
風間はあの日から居ない。
貴時が止めるのも聞かず、吉井の死体と妖刀探しに出てしまった。
吉井ともう1人の死体を確認し、妖刀を壊さない限り、貴時に安寧の日々は訪れないと思っての事だろう。
しかし、半年近く経っても、2人の死体も妖刀も見つからないというのは、矢張り、何処かで生きているとしか思えなかった。
だから、もう帰って来いと、何度か使いを出したが、風間は帰って来ない。
貴時は気配を消して、母屋に向かった。
もう既に、賊が入り込んでいる気配がする。
使用人達を、一部屋に集めようと、脅す様な声が聞こえていた。
貴時は人の大勢いる気配のする部屋を、そっと覗いた。
脇差程度の長さの刀を、使用人達に向かって構えている盗賊が5人居る。
貴時は、孫六兼定と鍔鳴り正宗を抜くと同時に、障子を足で開け放ち、低い声で使用人達に言った。
「動くなよ?。」
そして言うが早いか、賊2人の首筋を両手に持った刀で斬り、一呼吸も置かずに更に2人の脇を斬り、その2人の死体で押し潰した賊の心の臓を一突きにした。
騒ぎを聞きつけた、賊10人が一斉に襲い掛かって来る。
しかし、貴時には相手にもならない。
隙だらけの賊を2人斬っては返す刀で2人斬りと、あっという間に殺してしまうと、用心棒らしき、浪人姿の侍が2人現れ、その後ろには、賊の中でも比較的腕が立ちそうな13人が軒並み刀を抜いた。
頭目らしき、極悪人の御面相をした、白髪混じりの男が、憎たらしくもいやらしい笑みを浮かべている。
「どこのどなたか存じねえが、初めて見たぜ。そんな腕の立つお侍はよ。」
「そうかい。」
貴時は無表情なまま、顔色一つ変えずに、一分の隙も無く、相対している。
浪人者2人が、脂汗をジットリとかきながら、ジリジリと間合いを詰めて来ていた。
「そうは言っても、この人数を、お一人で始末出来ますかねえ。」
頭目は意地悪く笑い、合図を送った。
それと同時に浪人者2人と、後ろから4人が一斉に斬り掛かって来たが、貴時は地を這う様な姿勢になり、浪人者2人の大腿動脈を同時に斬りつけ、返す刀でその後ろの2人の脇を。
更にその隣の2人は、またも返す刀で首を斬り、あっという間に即死させてしまった。
頭目も、残った盗賊も顔色を失くし、逃げに入ったが、貴時は許さない。
「舐めんじゃねえよ。3日で200は斬ったんだぜ。お前らみてえな大した鍛錬もしてねえ盗人なんかじゃなくて、そこそこ鍛錬した侍をな。」
「お…お許しくだせえ!。」
頭目が刀を放り投げると、それに倣う様に他の賊も刀を捨てて土下座したが、1人、逃げようと戸口に走り出した。
貴時は、頭目が放り投げた刀を取るなり、逃げようとした男の足に投げ、刀は男の脹脛に刺さり、男は転がって、もがき苦しんでいる。
「許さねえ。人が汗水垂らして稼いだ金を奪い取った挙句、命まで奪う様な屑共はな!。」
そして番頭に縄を持って来させると、脹脛に刀が刺さったままの男と一緒に、全員を縛り上げて、言った。
「番頭さん、同心の小谷さん呼んで来てくれ。」
「は…はい!。承知致しました!。」
そして、頭目達を見据える。
盗賊団の生き残りは、恐怖の余り、声も出せず、ただひたすら、異様な量の汗をかいていた。
「まあ、どっち道、打首獄門だろうがよ。」
貴時は、全員を射抜く様な鋭い視線で見ながら、ニヤリと不敵に笑って続けた。
「牢から逃げでもしたら、この俺が首刎ねてやるから。逃げる時は、どっちの方が恐ろしいか、よ〜く考えて、覚悟してからにしな。」
同心の小谷が、貴時に礼を言いに行くと、貴時は楓の膝枕で、団扇で扇いでもらいながら、羨まし過ぎる昼寝をしていた。
小谷の気配でムクッと起き上がる。
「どした。逃げたのかい?。」
「いえ。お陰様で、不気味な程大人しく、御沙汰を待っております。
余程、先夜の伊達様の戦い振りが恐ろしかった様で、毎晩うなされており申す。」
「ふうん。」
「誠に忝のうございました。ついてはお奉行からも、是非とも御礼の席にと…。」
「ああ、それはいい。」
「ーは…。」
「うちには一番芸妓が居るから、芸者も酒も要らねえっつっといて。
ついでに金にも困ってねえから、それも要らねえ。」
「しかし…。お奉行もそれでは収まりがつきますまい…。伊達様が捕縛、成敗して下さったのは、お尋ね者筆頭の、鬼又一の一団でございまして…。」
「あんな程度で筆頭になれんのかい。盗賊家業も楽なもんだね。」
楓は笑い出し、小谷は目を点にしている。
「まあ、小谷様。冷やし飴でも召し上がってから、お帰り下さいましな。お奉行様にはよしなに。」
「は…はあ…。」
風間は仲間達と共に、吉井ともう1人が落ちた川沿いと、そこに点在している村々を丹念に捜索していた。
だが、足取りは丸で掴めず、どこの漁師に聞いても、土左衛門は上がって居ないと言う。
ー矢張り、貴時様の仰る通り、妖刀の力で生きながらえて、どこか遠くに潜伏しておるのだろうか…。
握り飯を食べながら、そう思案を巡らせつつ、休憩していた風間の前に、弟の小次郎が現れた。
「兄上。」
「如何した。まさか貴時様に何か…!?。」
「いいえ。お元気にございます。
酒量も減り、以前の貴時様と比ぶれば、かなり落ち着かれた様にも見え、血色も宜しく、小心脚気の気も出ず。」
「それは何よりだ…。」
自分の事の様に幸せそうな風間に、小次郎は迷惑気な様子で、若干の怒気を含ませた声で続けた。
「その貴時様からのご伝言です。そのままお伝え致します。
『もういい加減帰って来い。吉井は生きてるよ。桐生様の仰る通り、座して待ってるから、もういいっつーんだよ。お前が居ねえ間に、俺は盗賊と戦ったり、散々だぜ。てめえ、さっさと戻って来ねえんなら、こっちから行くぜ!?。』」
「ー盗賊!?。お怪我は!?。」
「される訳ないでしょう。あの貴時様ですよ。
しかも本気の二刀流で、相対されたんですから。
見張りが助けに行く間も無く、成敗された上、生き残った盗賊は夜毎、血塗れの鬼神となった貴時様を、夢にまで見て、うなされ続けて、神妙に獄についているそうですよ。」
目に見える様だ。
風間は笑い出してしまった。
「して、お主は、何故そんなに機嫌を損ねておる?。」
「私は源十郎様のお守りがございます。
しかし、本当にあの方は、貴時様の弟君なのでしょうか。
いつもポーッと歩いてらして、隙しかございません。
ご城内の小石にまで躓かれる有様…。
お止めしなければ、食わず眠らず、記録書きに没頭され、幼子よりも手が掛かって仕方ありませぬ。
ほんに、貴時様付きの兄上が、羨ましゅうございます。」
「しかし、記録書きは、きちんとされているのであろう?。」
「はあ。まあ、そこだけは、桐生様にもお褒め頂いておられますが…。」
「仕方なかろう。貴時様程の才は、いくら伊達家のお血筋でも、早々出ぬ。」
風間は握り飯を食い終え、立ち上がった。
「お帰りになられますか。」
「そうするとしよう。貴時様が来られても困るからな。」
そう言った風間は、本当に嬉しそうだった。
要するに、貴時も風間も、お互いが側に居ないと落ち着かず、寂しいのだ。
2人には、切っても切れない、厚い主従関係が出来上がっている。
そこも小次郎にとっては羨ましかった。
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