第7話
貴時が風間に吉井を探るように頼み、例によって、酒を買って帰ると、櫻井が来ていた。
「ここ来るなって言ったろう。どうした。」
「あの…。ご相談がございまして…。」
「ふーん。なんだい。」
「辻斬りが出ましてございます…。」
「辻斬り?」
「はい…。月に一度、必ず起きます。下手人は多分同じです…。」
「同じって…。刀傷が同じって事かい。」
「はい。それもそうなのですが、その…。」
「ん?」
「あんな惨(むご)たらしいやり口は、他にはおりませぬ故…。」
「惨たらしいとは、どんなんだい。」
貴時より玄庵の方が、目を輝かせて聞いており、それにもたじろぎながら、櫻井は震えながら答えた。
「背中の一太刀の他、手足、指を一本一本切り刻んでいるのでございます…。まさに、仏はバラバラに切り刻まれておりますれば…。」
「酷えな…。いつからだい。」
「もう10年になります。」
「10年?」
10年というと、お蓉の方が輿入れし、吉井がこの藩に来た頃と符合する。
『色々な顔を持つ男』という話が、貴時の脳裏に浮かび、騒ぎ出した。
「仏さんに共通点はあんのかい?」
「そうですな…。そう言えば、男に限られておりますな。若いものではなく、三十を過ぎた以降の…。当初は老人や坊主までおりました。」
吉井は、生臭坊主におもちゃにされた挙句、身売りまでさせられていた。
もしかしたら、その相手達なのかもしれない。
「櫻井さん、悪いが、その仏さん達の素性、全部洗っちゃくれねえか。」
「それで下手人が分かるのですか。」
「恐らくな。それと、そん時、聞きづれえかもしれねえが、その仏さん達、20年前くれえに坊さんから男娼買ってなかったかもな。」
「承知致しました。早速に。」
櫻井はすぐさま出て行こうとしたが、袴の裾を玄庵に捕まれ、危うく転びそうになってしまった。
「なんでござるか!?玄庵殿!。」
「仏さん、見してくんな。」
「あ、あの…!とても人とは思えぬ状態になっておりますが…!?」
「だから見てえんじゃねえかよ!さっさと連れてけ!」
貴時は頭を抱えてしまった。
ー正直すぎだぜ、玄庵…。
玄庵はこの通り、そういった、普通は正視出来ないような物を見るのも調べるのも、三度の飯より好きなんである。
しかし、そうも言えないので、貴時は、あながち外れてもいないが、若干適当な事を言って、その場を納めなくてはならなくなった。
「悪いな。玄庵なら、どうやって死んだのか、かなり詳しく分かると思う。下手人あげるのに役に立つから、連れてってやっちゃくれねえか。」
櫻井は、かなり動揺した様子ではあったが、頷いた。
「は、はあ…。承知致しました…。」
貴時は酒を飲みながら玄庵を待っていた。
玄庵が意気揚々と上機嫌で戻って来たのは、丑の刻半(午前2時)を過ぎた頃だった。
「いやあ、凄え凄え。」
「お好みの仏さんだったか…。」
「おう。しかし、下手人はここのおかしなやろうとしか思えねえな。」
玄庵は自分のこめかみを、指でクリクリと押して言った。
「人を切り刻むなんざ、そうだろう。」
「いや、それだけじゃねえんだって。下手人はな。仏さんがこと切れる寸前のところで全部止めてんだ。」
「何…?。」
「背中の一太刀は多分1発目だ。だが、非常に浅い。
その後、死んじまう手前でやめちゃあ、また別のところを、のこぎりで引くように切ってんだよ。」
「ーんな事したら、泣き叫ぶだろう…。いくら田舎とはいえ、誰か駆けつけるんじゃねえのか…。」
「手ぬぐいで、何重にも猿轡されてたよ。
あれじゃあ、夜更けになって、戸締りし終わった家ばっかだったら、そうそう聞こえやしねえ。
それに、殺されてた場所は、廃墟になった寺だ。ちょっとぐれえの声、どこにも聞こえやしねえよ。」
「寺?なんて寺だ。」
「妙見寺って書いてあったな。」
「吉井が売られた寺が、妙見寺なら、吉井が復讐をしていると考えると、辻褄が合うな。」
玄庵には、一応、貴時が知っている事は全部話している。
「しかし、復讐には若すぎやしねえかい。仏さんは30過ぎだぜ?20年前じゃあ、12歳だ。それによお。」
「なんだ。」
「復讐だけにしちゃあ、少々残忍過ぎやしねえかい。
ありゃあ、どう考えたって楽しんでやってるぜ。
仏さんが苦しむ姿を見ながら切り刻んで、血を見るのを。」
「ーもしかしたら、もう復讐はとうに終わっているのかもしれねえな…。」
「つーと?やっぱり切り刻むのが趣味って事かい?」
「初めは復讐だったが、やってみたら、趣味になっちまい、復讐相手が全員死んでも、やり続けてる…。」
「なんか納得行くぜ、それ。」
「片桐はそれを掴んだのか…。でも色々な顔っつってたな…。未だあんのか…。」
「これだけありゃあ、十分て気がすっけどな。」
「確かにそうだが…。それなら、もう一つの顔と言わねえか?」
「うーん、まあそうだなあ。」
「取り敢えず、風間と櫻井の調べを待とう。」
翌朝、櫻井がいつもの様にドダバタと足音高らかにやって来た。
「伊達様!。殺された全員が、妙見寺に通い、可愛い男の子を買っていたそうです!。」
「よく口割らせたなあ!。大したもんだ、櫻井さん。」
「いやあ…。遺族は口を噤んでおりましたが、10年前に最初に辻斬りにあったのは、妙見寺の住職だったのでございます。
それで、妙見寺は潰れたのですが、元檀家を回って話を聞いた所、元から男色の寺で、不届きな事ばかりしていたと。
あの人達はバチが当たったんだと、話し始めてくれましてねな。」
「成る程な。全部妙見寺の男色買いに繋がったわけだ。
それで、今回の仏さんはどうだい?。」
「今回はその男色買いの息子でした。
ただ、本人は、また別の寺で稚児を買って遊んでいた様でございます。」
「ー恨み重なる自分の相手を全部やっちまったが、殺しの味は忘れられねえ。同じ趣味の鬼畜を探し始めたのか、誰でもいいのか…。
ー櫻井さん、もう本当にここで手え引きな。」
「しっ…しかし!。」
「下手人は、あんたが太刀打ち出来る立場の人間じゃねえ。
俺が必ず白日の下に晒すから、どうか俺を信じて、手を引いてくれ。」
櫻井は悔しそうに膝の上に置いた手を、袴と一緒に握り締めた。
貴時は、労るような優しい目で、櫻井の目をじっと見つめる。
「あんたは出来る人だ。だから余計に危険なんだよ。俺はあんた含めたここの良い人達全部、死なせたくねえんだ。頼む…。」
櫻井はそう言った貴時の、切なくなる程、真剣な目を見つめ、涙を堪える様に平伏して帰って行った。
櫻井が不承不承立ち去ると、庭先に、いつも通り、心地よい一服の風の様に、風間が現れる。
「貴時様。お蓉の方様の忍が分かりました。」
「上等だあ。流石だな、風間。」
「いえ、それが、忍びと申しても、大した仕事でもなく、逆に腐っていた様でございます。
給金はくれるが、仕事は朝飯前のただの調べ物。
しかも、雇い主に全く忠誠がございません。
まあ、持ち様が無いのでございましょうが。」
「てえと?。雇い主は、お蓉の方様じゃなくて、吉井か。」
「はい。ご明察にございます。我ら忍は、人に気味悪がられはしても、気味悪く思うことは、そう滅多にございませぬが、吉井は気味が悪いと。
ついては…。」
全て察した貴時は、ニヤリと笑って、風間を見ている。
「雇い主を変えてえから、俺に直談判てえ訳か。いいよ。」
風間が満足そうに微かに笑って、指笛を吹くと、10人の忍が、庭先に音も無く降り立った。
貴時が聞くまでも無く、その10人の頭と思われる男が、他の全員と同様に、片膝を着いて、首を垂れたままの姿勢で、話し出そうとしたが、貴時は一点、気になった。
この頭もそうだが、他の忍も全員、微かに震え、脂汗をかいている。
「その前におめえさんがた、なんでそんなに緊張してんだい。俺を殺ろうってえのかい。」
すると、仏像の様に固まっていた他の忍も、頭も、一様にブンブンと首を横に振って、一斉に否定し、頭が土下座すると、他の忍まで土下座してしまった。
貴時がチラリと風間を見やると、肩を揺らして、笑いを堪えている。
ー相当脅しやがったな…。
貴時は心の中で苦笑しながら、頭には無表情に言った。
「ーは〜ん…。こいつに脅されたかい。俺は斎藤道場の免許皆伝。忍だろうが、斬り捨てて、必ず勝つ。
だから歯向かう気が無えなら連れて行ってやるが、歯向かったら、命は無えぞと。」
「ーはっ…。」
「そうだなあ…。あれはどこだったっけ…。尾張だったか、風間。」
「はい。伊賀者でしたな。」
「そうそう。伊賀忍者20人に囲まれた時は、少々手こずりはしたが、結局全部討ち取ったな。」
「い…伊賀者をでございますか…!?。お一人で!?。」
「当たり前じゃねえかよ。風間は他にお役目があるし、俺しか居ねえもん。いつも1人でどうにかするしかねえから、鍛錬してんだろお?。」
思わずといった調子で、土に額を擦り付ける様にして、更に平伏し、頭は叫ぶ様に言う。
「どっ…どうかお助け下さいませ!。」
「こっち側に着く?。」
「はっ!神名に誓いまして!。」
「じゃ、お前さん方の命の保証はしよう。知ってる事全部教えてくれ。」
忍の頭の話で、疑念はほぼ解明されたに近かった。
吉井が売られたのは、矢張り妙見寺で、そこで辛酸を舐め尽くした吉井は、いつか必ず、自分をおもちゃにした男達に復讐しようと、その一念で生きて来たに等しい様だ。
つまり、恨みの念は強く、作戦も周到だった。
前回のお蓉の方のクーデターを陰で支え、証拠も全て隠蔽した上、桐生が甲州のこの地に、お蓉の方を輿入れさせる事まで仕組んでいた。
「どの様に、甲州を勧めたと言っていた?。」
「ーそこまでは分かりませぬ…。ただ、天下は意のままとだけ…。」
天下とは即ち、将軍を言っているも同じ事だ。
貴時はあの時、お輿入れさせる場所を、渋々選定していた桐生を思い出す。
ー桐生様は、何故甲州のこの地にした…。
上様が『甲州辺りはどうじゃ。姉上も程々に好きになされるであろうし、あの様な田舎に引っ込ませれば、もう、悪さも出来ぬであろう。』と言われたと仰っていたな…。
まさか、吉井が上様に…?。
そこで頭を擡げる(もたげる)のは、将軍の性癖だ。
現将軍は、女よりも男が好きなのだ。
流石にそれがバレては、御内政が立ち行かなくなるので、常に奥祐筆が秘密裏に処理し、将軍にも厳しく禁じてはいるのだが…。
ー上様と吉井はどこで繋がる…。
貴時は、知っている限りの将軍の動向を、全て思い出したが、将軍が甲州に足を踏み入れた事は、生まれてこの方、一度たりとも無い。
ーでは、お蓉の方のツテか…。
たった1日、勘定方に居た吉井は、その日の内に何らかの形で、お蓉の方に接触して、取り入り、前回のクーデターの最中もその後も、お蓉の方に匿われていたのは間違いないと調べが着いている。
吉井は、昔は可愛く、綺麗な子だったとは想像もつかぬ、十人並みの御面相だが、男色の手練手管は知り尽くして居るだろう。
お蓉の方に取り入り、匿われていたとすれば、将軍にこっそりと会う事も可能だ。
なんと言っても、男色に目が無い将軍なのだから、匂わせるだけで、近づけるであろうし、入れ知恵もできよう。
「やられたな…。」
話の途中ではあったが、貴時は文を書き、風間に渡した。
「急ぎ、桐生様に。」
「承知致しました。」
風間の手の者がこれまた気配も無く現れ、貴時に一礼し、まさしく姿を消した。
「悪いな、話の腰折っちまって。それで?。」
貴時が続きを促すと、頭は再び、静かながらも緊張の混じった声で話し始めた。
計画通り、甲州に戻って来た吉井は、お蓉の方とは懇ろなまま、勘定奉行に就任。
そして、多額のお化粧代の殆どを吉井が管轄し、お蓉の方には、今一度天下取りをする為の軍資金と言い、お蓉の方もそれを信じている。
お蓉の方の方は吉井にぞっこんらしい。
しかし、雇った忍は、恨みの相手を探し出す仕事以外には使わず、天下取りの準備など全くしていない。
給金も端金。
他は何に使っているかと言えば、刀剣だと言う。
刀剣で金を使っている、嫌な野郎は身近に居るが、あそこまでの額という刀剣は、貴時も聞いた事が無い。
余程の量を買っていると言う事なのか。
それに、吉井は勉学が出来るとは聞いたが、剣の使い手だという話は聞いて居ないし、実際、着物の上から見ていても、吉井の身体付きは、何もしていない女の様に華奢で、柔らかそうであり、細身ながらも、筋肉の塊の貴時の様な、がっしりとした感じも、硬い感じもしない。
あんな身体で剣が振るえるのか。
刀という物は存外重い。
増して、人を斬る時必要な力は、生半可では無い。
それを自分の手足の様に扱うには、それだけで、相当量の筋肉と力が要る。
殺しの手口から言っても、吉井が、名刀を振るえる程の使い手というのは、考え難いのは確かだった。
「あんたらの給金が端金って事は、お化粧代から考えると、相当額、刀剣に注ぎ込んでるって事だよな。大量に買い込んでるって事かい。」
「いえ…。それが、闇でしか出回っていない、妖刀と言われる様な物でございます…。」
「村正みてえな…?。」
「はい。それが気味が悪うございます…。
手に持つだけで、目付きが変わり、太刀筋も刀が導いてくれる様でございました…。
それで力を得たと言われ、そういった、曰く付きの妖刀が出る度に買っていらっしゃるのです…。
闇での取引きですから、値も法外で…。
そういった妖刀が売りに出ていないかという調べも、私共が…。」
「ふ〜ん…。腕が無くても使い手になれる刀ね…。それなら合点が行くけど、確かに気味が悪いな。」
「はい…。ここ数年は、恨みの対象も全部殺してしまった為、村の娘や、男色の男など、吉井様には関わりの無え人間まで…。
もう、既に、数多の妖刀に、取り憑かれておいででございます…。
もう人じゃねえ…。
俺たちもいつ妖刀の餌食になるか、分かりゃしません…。」
「成る程な…。吉井は辻斬り、妖刀使いだか妖刀憑き、お蓉の方の男、もしかしたら将軍のイロであるかもしれねえ。
やる気は無えが、お蓉の方の謀反請負人。
うん、確かにいくつもの顔だな。
ところで、家老が何やってんのかは知ってる?。」
「ーある程度は、というところでございますが…。」
「一応教えてくれる?。」
「はっ。家老は地下に広大な牢を持っており、その中で人の心を操れる薬を作り、息子共に拐わせて来た村の娘を実験台にして、それを長崎の商人に売っている様でございます。」
「やっぱそうか。それであの羽振りね…。」
「息子共も鬼畜でございまして、若い娘には手を出さぬものの、他所様の奥方等は散々弄んでから、薬漬けにし、死んだら川に投げ捨てておる由…。」
それがごちゃ混ぜになって、様々な噂となった様だ。
「許せねえな…。よし、分かった。じゃあ、お前さん方、俺の文を持って、江戸の桐生様の屋敷へ行ってくんな。
そこで雇って貰え。
で、そのついでに頼みがある。」
「何でございましょう。」
「高杉一明、川端真吾、この2人、無事に江戸に送り届けてくれねえかい。」
「ーあの…。先だって江戸藩邸からいらした、どう見ても勘定方でないお侍様…でございますか。」
「うん。あいつら無関係だし、仕方なく送り込まれた台所侍だからさ。
「承知仕りました。」
頭が貴時が書いた文を受け取ると、10人は早速と言った様子で消えた。
「風間。これは文じゃまずい。直接桐生様にお伝えしてくれ。お前さんがな。」
「ー貴時様…。いくらなんでもお一人では…。」
「妖刀が怖くて、あのクソオヤジの息子がやってやれるかってえんだ。取り敢えず、吉井の始末だけつけたら、すぐ追っ掛ける。」
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