第5話

馬を走らせ、駆け付けた4人が見た物は、無残なお袖の死体だった。


骨と皮だけの様に痩せ細り、皮膚は干上がった土の様な色で、艶など全く無く、至る所に黒い紫斑が出ていた。


「権兵衛さん…。辛えな…。何がどうなったんだい。」


貴時が優しく、自らも辛そうに声を掛けると、権兵衛は涙ながらに答え始めた。


「戌の刻(現代の午後8時)を過ぎた頃でしょうか。

突然苦しみ出して、叫びだしたのです。

大きな蟻が襲ってくるだとか、侍が壁中から睨んでるとか…。

言葉を発したのは、久方ぶりではございましたが、全くの意味不明。

気が触れているのは分かってはおりましたが、いつもの大人しい感じではございません。

一体どうしたと落ち着かせようとしたのですが、落ち着かぬ内に突然目を見開いて、息が止まった様な様子で、そのまま事切れましてございます…。」


話を聞きながら早速検視を始めていた玄庵は、権兵衛に悼む言葉も掛けずに、いきなり質問し始めた。


「食事は。」


「とっ…摂ってはおりましたが、痩せ細るばかりで…。」


「屋敷から帰って来た後、他に口に入れていたものは?」


「ーそれが…。よく分からないのですが…。」


「うん。なんだい。」


「必ず、暮六ツ(現在の午後6時半)になりますと、フラフラと、表と隔てている植え込みの辺りへ参りまして…。

その時に、何か飲み込んでいる様子を見たと家内が申しておりました…。

何を飲んだと聞いても答えないので、口を無理矢理開けさせたが、何も無く、砂糖の様な甘い匂いがしたと申しておりましたが…。

花の蜜でも食べたのかと、その時は思っていたのですが…。」


「誰か来て、薬含ませてたんじゃねえのかい。その砂糖の様な甘い匂いってさ。」


玄庵が貴時を見ながら言うと、貴時も頷き、権兵衛に向かい、労わる様な目で聞いた。


「辛い所、聞いてばっかですまねえな。それは毎日欠かさずあったのかい?」


「あった様に思います。しかし、昨日はありませんでした。」


「櫻井さん。」


貴時が呼ぶと、櫻井はもう駆け出しそうになりながら早口に答えた。


「はっ!他の娘達も同様か、聞いて参ります!」


「うん。頼んだぜ。で、玄庵どうだ。」


「ー歯がボロボロだ…。骨もスカスカになってっかもな…。こりゃ身体は老人だぜ…。食いモン食ってたのにこれか…。どんな薬だ、一体…。

貴時、引き出しの上から3段目の右端に小せえ和紙が入ってる。それ出せ。」


「はいよ。」


貴時が玄庵の箪笥から言われた通りに5センチ×3センチくらいの紙片を渡すと、玄庵は、お袖の口の中にそれを入れ、押さえながら、また別の場所から竹で出来た容器を取り出させて、そこに入れた。


「薬が唾に残ってるかもしれねえ。これ調べてみっから。」




屋敷に帰るなり、玄庵は箪笥の中身を駆使して調べに没頭し始めた。


他の娘達も全く同様の状態で亡くなり、矢張り、昨夜以外、毎日欠かさず、庭に出て、何かを飲み込んでいたのだそうだ。


櫻井を帰した後は、玄庵を手伝いながら、貴時は事態の整理をしていた。


片桐は妻女を連れて、脱藩し、何者かに命を狙われ、江戸家老とは何も話さずに死んだ。


その片桐は、吉井の話だと、国家老小林の、金に関する悪事を掴んでいたとの事。


しかし、それで、妻女を取ると脅されるというのも妙な話だし、そもそも、吉井に無関係の事なら、吉井に相談して仕舞えばいい話だ。


片桐は書状には書けない、この藩で起きている全ての事を掴んだのでは無いのか。


だから、命懸けで妻女を連れて、江戸へ行き、唯一信用出来る江戸家老に直接話がしたかったのではないのか。

書状に書くのも憚れる事実を…。


そして、その国家老小林だが、屋敷の地下で何らかの薬を作って、近隣の娘で実験しているのは、間違いないように思える。


それが、あの莫大な収入源になっているのか、それとも、お袖の方のお化粧代として処理されている多額の金子の中に、その軍資金が入っているのかは、未だ不明だ。


吉井は、証拠を消す事に長けている。


お化粧代の使い道を敢えて、不透明にする事で、難を逃れているのか、それとも、これにも策があるのか。


小林と結託して何かを企んでいるのか、無関係なのか。


今の所、全く分からない。


玄庵は、お袖の唾液を皿に絞り出して、炙り始めた。

暫くすると、粉の様な状態になった。


「うーん…。なんだろな…。」


今度は、その結晶を顕微鏡で見ながら、生薬の辞典の様な物を出し、見比べ始めた。


「ああ、こりゃあ…。」


「なんだ。分かったのか。」


「大麻にケシ。それに、西洋のなんかが入ってるが、これも多分、そういう系統のもんだろう…。

それを混ぜもんにして、凄え濃度にしてあんだ。」


「それで気が触れたようになっちまったのか。」


「だな。刷り込んだ通りに行動するように出来るんだ。でも、身体は衰弱してく。

薬が効いてる間は、そのままだが、効果が切れると、幻覚が見えて、薬を欲し、それでも与えられないと、死に至る。おっそろしいもんだぜ…。」


「ーしかし、欲しがる奴は居そうだな。」


「そうだな。あの娘達は蟻を潰せだったが、人を殺せでも、なんでも出来るぜ。薬が効いてる限り、死ぬまでやってる。」


「商売になるな…。」


「なるだろうね。高値で取引出来るブツだろう。いつ踏み込む?」


「直ぐにでも踏み込みてえとこだが、お蓉の方が絡んでるかもしれねえから、もう少し調べてからな。」


「お蓉の方!?あの女、また女将軍とかバカ抜かしてんのか!?」


「分からん。だが、上様には昔から大変な反発の仕様だ。女将軍とまでは行かねえまでも、なんかしらはやりそうではある。」


「なんで生かしておいたんだい。」


「あの上様だ。いざとなったら、親類を殺すわけにはとか言いやがってさ。」


「気が小せえお人だからなあ。」


「そ。」


貴時はゴロリと横になると、突然、泣き出しそうな声で言った。


「あー、酒飲み損なったあ!もう店開いてねえ!」


「ココンチの貰えばいいじゃねえかよ。」


「俺が満足する量をか。」


「ー今夜は諦めな。」


「はあ…。」


「ー酒が無えと眠れねえのは相変わらずかい。」


「ーほっとけ。」


「忘れてえ事ってのは、なかなか忘れられねえもんだ。無理して忘れようとしねえ方がいい。」


貴時は黙ってしまい、そのまま行灯の灯りを見ているのか、見ていないのか分からない目で見ていた。

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