第2話

龍平は、気合いが違うのか、元の体力が違うのか、丸2日寝続け、目覚めた時には、すっかり元通りになってしまい、初の回診に来て、ついでに診察してくれた水原にも、もうなんの心配も無いと言われると、神田特製お昼ご飯弁当を元気よく食べ、シャワーを浴びて、初の両頬に手を当てて、満面の笑みで、ムニムニムニムニ!。


「ごめんな。心配したあ?。」


「すっごいした…。こちらこそ、ごめんね…。」


「お前は気にしないの〜。」


「はい…。ところで龍平、徹夜で何してたの?。ホン?。」


「ふふふふ…。伊達ちゃんとパパが来たら、ご披露するぜ。お楽しみに。」


「もしかして、月彦君のご先祖様の話?。」


「正解。流石お前。ツー訳で、ちょっと持って来るもんあるから、良い子で待ってんだぞ?。」


何故か初の目が輝いた。


「はい!。行ってらっしゃい!ごゆっくり!。」


これはなんだか怪しい。


「ごゆっくりってえのが、引っかかんな…。なんだそりゃ…。」


「別になんでもなくってよ!?。」


「怪しい〜!。その華族言葉!。なんだよ、何企んでんだ。」


龍平にジッと見詰められ、目を逸らす。


「ほらあ〜。早く言え〜。」


「ー水原先生が、もうシャワー浴びていいって…。」


「って言っても10分位って言われたんだろ?。ああ〜、なるほど。俺が監視してる間にって話だったけど、俺の留守中なら、オーバーして、ゆっくり入れると?。」


「う…。」


「別に急がねえから待っててやるよ。なんなら一緒に入って、見ててやろうかあ…。」


「ーちゃんと10分で出てきます!。」


初がシャワーを浴びに行くと、龍平はタイマーをセット。


初がシャワーを浴びに行って、初めて気が付いたが、自分からも、初の様な良い匂いがしている。


コンタクトを外していて、よく見えなかったので、思わずある物を使ってしまったのだが、どうも初のロクシタンのシャンプーやボディーソープを使ってしまった様だ。


タイマーが鳴ってもまだ出てこないので、シャワールームの扉を開けてしまうと、初は髪についた泡を流している最中だった。


「もう10分!?。」


「うん…。」


言葉少ない龍平は、スケベ心に襲われていた訳では無い。


この2週間の間で、初の背中が余りに骨っぽくガリガリに痩せてしまっていた事に、衝撃を受けていたのだ。


終わった様なので、バスタオルで包み込み、そのまま抱き上げてしまった。


「何…?。」


「すっげえ軽くなってる…。ちょっと尋常じゃない…。」


小さな脱衣所に体重計があったので載せて見て、龍平は目眩を起こしそうになってしまった。


当の初も驚いている。


「38キロ!?。俺の半分に近いじゃん!。マズい…。これはいくらんなんでマズい…。」


そして両胸を鷲掴み。


「やっぱりおっぱい小さくなってるうううう!。俺のおっぱいがあああああ!。」


初は思わず目を伏せた。


ーマズいってそこかよ…。ほんと揺るがないわねえ…。おっぱい大魔王…。ネタにはなるが…。




衝撃の余り、初の髪を乾かす手伝いをしながら、そのまま暫く居た龍平。


「そういや、ごめん。よく見えなくて、お前のロクシタン使っちゃった。」


「それで龍平から私みたいな匂いがするのね。隣のヴァーベナ使えば、男の人でも大丈夫だったのに。

パパと月彦君はそれ使ってるから、今度使う時は、そうしなね?。」


「ヴァーベナって、それもロクシタンのなの?。」


「そなの。シトラス系の良い匂いだよん。」


「ふ〜ん…。」


ー伊達ちゃんとパパは、そんな物まで高級品使ってんのかあ…。それでパパは老けねえとか?。


「龍平、もう大丈夫だから。取りに行く物あるんでしょ?。」


「ああ。なんか食いたいもんあったら、買って来るけど?。」


「ああ〜。アレ食べたいな…。でも遠いしな…。」


「遠いって?。」


「茗荷谷。」


「んな遠くは無えじゃん。茗荷谷の何処の何?。」


「お肉屋さんの唐揚げ。」


「どっ…どこの肉屋?。」


「分かんない。岳君が買って来てくれたの。あと、お稲荷さん。」


「それも、茗荷谷で、岳ちゃん?。」


「そう。」


「ー岳ちゃんに聞いてみっかあ…。」




病院を出て直ぐ、岳に電話で聞く。


「あああ!。あそこのね!。初ちゃん好きだし、月彦も懐かしいかなと思ったから、偶に買って持ってったんだよね。写真芸術館で用事あった時とかに。」


「どこにあって、なんて店?。」


「肉屋は牛源。お稲荷屋は、残念ながら、この不景気と後継者問題で潰れちまったんだよ〜。あ、ちょっと待って……。月彦が買ってくって。」


「いいの?。」


「うん。写真芸術館のカフェの測量、ついでにやって来るから良いってさ。お稲荷も、同じ味見つけたから買ってくって。」


「ああ〜、そっか。じゃあ、宜しくお願いします。実は初さあ。」


「どしたの!?。またなんかあったの!?。」


電話でも分かる、岳の周りのざわめき。


「違う違う!。順調だから安心して!。そうじゃないんだけど、すっげえ痩せちまって、38キロでさあ…。流石に太らせねえとと…。」


「38キロ!?。九鬼ちゃんと俺のほぼ半分!?。」


「やべえだろ?。身長も半分て訳じゃねえのにさあ…。おっぱいなくなっちまうよおおお!。」


「九鬼ちゃん!?。おっぱいの問題なのかよ!?。」


「いや、違う!。」


月彦が社長印を押しながら、肩を揺らして笑い、首を横に振った。


「違わねえな…。」


「月彦が違わねえって断言してるけど?!。」


「う…。兎も角、唐揚げ、宜しくお願いします…。」




龍平が病院に戻り、初を膝に載せて控え目にイチャイチャしながら過ごし、そろそろ夕食という頃、月彦と辰造が同時に来た。


そして、3人は唐揚げと稲荷寿司と、神田特製夕ご飯弁当を食べながら、模造紙の家系図を前にした龍平の講釈を聞いていた。


「先ず、この漢文調の文献ですが、これは、伊達ちゃんの7代前のご当主が手掛けた仕事の覚え書き。

んで、この達筆な…っつーか、こういうの見慣れてる俺でも、これは殴り書きにしか見えず、更によくよく見てくと、伊達ちゃんの早書きの字を、毛書体にしただけって感じ。字もよく似ています。

これは、日記兼仕事内容の記録。

伊達ちゃんの5代前のご先祖様、伊達貴時さんが書かれた物でした。」


辰造達3人は、龍平に渡された、貴時さんの日記の文字を見た。


ページ数が割を食ってしまう様な、字の大きさといい、一見上手く見える崩し方といい、筆跡は確かに月彦と良く似ている。


「という、伊達ちゃんのご先祖様は、江戸幕府開闢以来、代々、奥祐筆でした。」


早速、門外漢の辰造が質問。


「奥祐筆ってなんだ、龍平。」


「表向きは、記録係ですが、お庭番つー忍者集団とも繋がっていた節があり、この記録や日記からも、恐らく、現代で言う、内閣調査室の様な役割をしていたのではないかと。

だから、幕末、勝家と同じ様な仕事してたのも、幕臣なのに、子爵様になったのも、分かるっちゃあ、分かります。

色〜んな秘密、握ってるからね。

新政府も怖かったんでしょう。」


「成る程なあ。既に1個謎が解けたな。凄え、流石九鬼。」


「いやいや。本題はここから。で、そんな仕事だったので、幕末の波が未だ訪れていない、貴時さんの時代は、どっかの藩で悪さしてないかを、主に調査してた。

時に潜入捜査的に、身分をある程度隠して、その藩の家臣として入った事もある様です。ここまで大丈夫ですかあ?。」


「は〜い。」


3人仲良く返事をして、続きをせがむ。


「で、7代前のご先祖様、宗輔さんは立派にお仕事されてた様ですが、貴時さんのお父さん、つまり、6代前の信介さんは、ハズレ当主だった様です。

大して腕も無えのに、刀剣集めに勤しみ、宗輔さんが亡くなるまで跡を継がず、貴時さんが元服するなり、自分は隠居。

つまり、2〜3年しか働いてない、とんでもない親父。」


「腹立つなあ…。斬り捨ててえなあ…。」


「ーと、貴時さんも書いていらっしゃいます。

似てんね、やっぱり。

それだけでなく、この親父、貴時さんの産みのお母さんが亡くなると、直ぐに後妻を貰ってますが、この後妻さんが若すぎたってえのもあんのかもしれねえけど、貴時さんに迫って来たので、貴時さんは家を飛び出し、馴染みの芸者置き屋に居候しながら、出仕したり、仕事で地方に出たり。」


初と月彦は、思わず顔を見合わせてしまった。


これで、月彦の夢の中の、芸者と侍が繋がった。


「でね、山梨のとある藩に潜入すんだけど、この藩は色々問題あって、後の世でも、この藩は天領扱いになってるので、その歴史資料と重ね合わせると、貴時さんが暴いて報告して、お家断絶って事になるんだけども、それがとんでもねえ藩でさあ。」


3人共、興味津々で目を輝かせて続きを促す。


「今でいう麻薬の密造、で、それを村の若い娘で人体実験して殺しちゃったり。

それやってる悪代官の様な、悪家老の息子は、当然バカ息子で、その若い娘を慰み物にしたり。

そんで、もう1人、将軍の腹違いの姉ちゃんが、そこの藩の正妻なんだけど、こいつが天下狙ってて、悪家老と対立してるもう1人の実力者を抱き込んで、しかも深い仲。

でも、その実力者っつーのも癖者で、若い時の恨みを晴らす為に、その相手を夜毎辻斬りして、憂さ晴らししている。」


「どろっどろな藩だな、おい…。殿様どうしてんだよ。」


辰造が聞くと、龍平はスラスラと答える。


「通常、この時代は参勤交代で殿様はお国。

妻子は江戸で人質っていう感じな筈だったんですが、この殿様はとんでもない馬鹿だけど、家柄だけ良かったのと、将軍の姉ちゃんが嫁って事で、江戸詰めの、一応役職ある奴だったんで、ずっと江戸に居たんです。

逆に、正妻も、姉ちゃんの立場利用して、好き勝手に国残ると言えば、残れたって感じですね。

貴時さんの読みでは、例の辻斬り実力者が籠絡されたんじゃなく、正妻の方が辻斬りに籠絡されたんじゃねえかと。

まあ、その後の流れからしても、貴時さんの読みは当たってると思います。

だから、正妻は、お国に居たんでしょう。

話が逸れましたが、そんな訳で、殿様の目は盗み放題な上、この殿様、家臣が刺客を放たれて、半死半生で江戸屋敷に知らせに来たにも関わらず、放置。

で、そのニュースを察知した奥祐筆が動いたという訳です。」


「はあ〜ん…。成る程。そんでそんで?。」


意外な程、辰造の食い付きがいいので、龍平の講釈は続く。


「で、結局、天下取らせてやるっていう、辻斬りのは口から出まかせ。自分が辻斬りやり易くする為に、正妻は抱きこまれただけと、貴時さんの調査で判明。

正妻も分かったものの、その時にはもうアウト。

悪家老と息子の悪行も暴き、江戸に知らせに帰ろうとした貴時さんだったけど、ずっと世話になっていた、その国の家臣の奥さんが、バカ息子共に連れ去られたと判明。

自分のせいかもしれないと思った貴時さん、直ぐに助けに向かいます。」


ここから、美味しい唐揚げ達も忘れてしまう程、龍平の話は、どんどん面白くなって行った。

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