ぼくの名前は猫である

てっち

第1話 春

 ぼくはねこである。


 名前が、ねこである。


 ご主人がとても変わり者なので、ぼくの名前がねこなのである。


 この名前を受け入れているぼくもまた、とても変わり者なのかもしれない。


 ✴︎


 それは、空気の中に土のにおいがまざりはじめたある春の日のこと。


 ぼくの住む古い洋館に吹き込む隙間風にも春のにおいが乗りはじめた頃。


 おはよう、といつものあいさつを言いながらご主人が部屋に入ってきた。


 ぼくはいつもグルルと喉を鳴らして応える。


 ご主人は満足そうな笑みを浮かべながら、ペットボトルから鍋に水を移し、ガスコンロで火にかけた。


 背の高い食器棚の一番上の段、ずらりと並ぶ缶の左から2番目。


 ご主人はお気に入りの茶葉と一緒に、その棚に入っている僕のおやつも取り出して皿に移して出してくれた。


 カリカリ、ポリポリ。


 僕がおやつを食べる音ががらんとした部屋に響き渡る。


 ご主人が沸いたお湯をポットに移したちょうどその時。


 コンコンコンコン、ただいまー!


 ノックと共に、ドアの向こうから元気で明るい声が聞こえてきた。


 トーマくんだ。


 はいはいー、と応えながらご主人が扉を開けた。


 ただいま、ご主人!とトーマくんはざっくりと切り揃えた前髪を揺らしながら、ご主人に太陽のような笑顔を向けた。


 トーマくんはご主人のことを「ご主人」と呼ぶ。


 やはりトーマくんも変わり者なのだ。


 おかえり、トーマくん。今日の学校はどうだった?

 んー、まぁまぁかなー。


 トーマくんの小学校は山をひとつ越えた向う側にある。

 ご主人はトーマくんの一日の報告を聞きながら、手際よくお茶の準備を進めた。


 トーマくんのお気に入りは右から3番目の缶。


 ご主人がお茶をカップに移し、ご主人お手製のハーブ入りクッキーと共にテーブルに置いた。


 いつものおやつの時間だ。


 いただきます!と元気なトーマくんは早速クッキーを頬張ると、とても美味しそうに笑顔になった。

 クッキーをお茶で流し込むと、トーマくんの視線はおやつを食べ終えて意識がふわふわとし始めてベッドで丸まっていたぼくに止まった。


 これ食べたら遊んであげるからね、とでも言いたげなイタズラな笑みを一瞬浮かべると、すぐにクッキーに視線を戻してクッキー殲滅作戦に全力を傾けた。


 そんなに急いで食べたら身体に悪いよ、とご主人はトーマくんに優しく諭した。


 へへ、だって早く猫と遊びたいんだもん!


 洋館の外では春の虫たちが夜のしじまを切り裂くべく躍起になってパーティを繰り広げている。


 どうやら、ぼくは今夜もくたくたになるまでトーマくんと遊ぶことになるらしい。

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