5.その時はただの気まぐれでした

 それは次に住む国をどこにするか決めるために旅をしていた頃のことだ。

 前に住んでいた国が比較的身分階級にうるさくなく住みやすかったから、柄にもなく同情したのかもしれない。

 だから拾ってしまったのだろう。

 あばらが浮き出るほど痩せ細り、かろうじて人に見える少女を。


 その国は旧時代の貴族制度がまだ色濃く残る国だった。

 そういった国にも住んだことはあるが、やはり住みにくさを感じてしまう。


(まぁ、わざわざ身分を作らなくても見た目だけで何とかなるけど)


 今もちらちらと道行く人たちに見られている。

 歩いているのは城に一番近い、非常に賑わっている大きな街の大通りからは一本外れた通り。

 高貴な身分の方というよりは、そこまでではないが貴族位の者たちが集まる場所といったところか。

 適度に着飾った者たちからの視線が集まっているのを肌で感じる。

 それはそうだろう。

 この国ではあまり見かけない色素の薄い茶の髪で、稀に見る美貌の持ち主である少年がたった一人で歩いているのだ。

 着衣しているものもそれなりに上等そうである。

 どこの国の貴族も美しいものには目がないのだ。それだけは万国共通なのだろう。

 さすがにじろじろと見られることに飽きて、貴族街から平民街を更に抜けた道へ足を向ける。

 そこはいわゆる貧民街と呼ばれる場所で、先ほどまでの整備されて綺麗な道とは同じ地域にあると思えないほど質素で汚く雑多な場所だった。

 さすがにこの階級になると、紅茶を嗜むといった贅沢なことはしないのでこういった場所に店を構えるつもりは毛頭ない。

 ただ、久々に貴族たちの視線に疲れを感じていたのは間違いない。

 何も考えずにただふらふらと歩いていたため、気付けば袋小路に入ってしまったようだった。

 道の奥には山積みにされた何が入っていたのか分からない木箱がたくさん積まれており、日が差さないじめじめとした場所のせいか箱の表面には黴らしきものが生えている。

 こういった場所には賊が潜んでいることが多いため『しまったな』と思い道を引き返そうとしたのだが、箱と箱の間に何か黒いものが動くのが見えて思わず身構えた。


(賊か…)


 しかし、その黒い物体はもぞもぞと動くだけでこちらへは向かってこない。

 動物にしても変な動きをしていたため、興味本意でフィンは道の奥へ近付いていった。


 そこにあった物体はひどく痩せ細り、汚くなった少女らしき人。

 少女らしきと思ったのは、汚れと暗い場所のため顔が見えなかったこともある。ただ長い髪が見えたので女性だと思った。

 その人物は先ほどまでもぞもぞと動いていたのだが、今は動かなくなってしまっていた。

 人ではないフィンにとって、その人物が死んでしまったとしても何かの感情がわくことはない。

 ただ何となく、このまま死なれても気分が悪いなとほんの少しだけその時は思ってしまったのだ。

 仕方なく人通りがある道まで連れていこうとしてこの地域のことを思い出す。

 ここは貧民街だ。毎日誰にでも死の影は忍び寄る場所である。

 フィンにとっては本当にただの気まぐれで、その少女を拾ったのであった。


 この国には家がないため宿屋へ向かう。

 しかし、今の少女では受け入れてもらえないだろう。

 体に合わない衣服はボロボロになっているし、髪と顔は汚れており少女自身も綺麗とは言い難い状態だ。

 少女には悪いが、部屋に入るまで大きな布で隠させてもらうことにした。


 無事に宿屋の部屋へ入ると、フィンはてきぱきと少女を綺麗にしていく。

 さすがに女性を裸にするのは気が引けたので、肌着はそのままだ。起きてからでも問題ないだろう。

 人ならざる者たちにも性別はある。ましてや、人に近付きたいフィンならなおのことだ。

 そんなことを思うのも人っぽいなと自虐的に笑いながら、少女が目覚めるまで待つことにした。

 その間に衣類や靴など、少女が起きた時に必要な物を準備しておく。

 それからは規則的な呼吸をする少女を寝かせたまま、静かに読書をする。人の想像は素晴らしいと思う。不可能なことを可能にするひとつの知恵だ。本当に人は面白い。

 一冊を読み終える頃に少女が寝具の上で身動ぎをしたのが分かった。起きたのだろう。

 そっと持っていた本を置いて、怖がらせないように優しく声をかけながら少女に近付く。


「気分はどう?」


 少女はフィンの顔を見たまま固まっていた。顔のせい?異性だから?…どちらも違う気がするが、問いただすことは出来なかった。

 少女の体がカタカタと見えるほど震えてきたからだ。


「…食事の準備をしてもらうから、先にお風呂に入って来て。体は拭いたけど気持ち悪いでしょ?あと、着替えはそこに置いてあるから使って」


 早口で伝えたいことだけ伝えると、フィンはさっさと部屋から出ていく。胃にやさしい食事を作ってもらうために女将にお願いしに行くことも理由のひとつだが、それよりも早く部屋から出た方が良い気がしたからだ。


「拾ったからには仕方ないか…」



 その日から少女との生活が始まった。最初こそ少女はかなり警戒をしていたが、衣食住が脅かされることがないと理解出来てからは少しずつフィンに対して怯えることが減っていった。

 少女の体はほんの少しずつではあるが、肉がついてきたように思う。はっきりと見えていた骨が隠れるようになっていた。

 そろそろ移動しても良い頃合いか、とフィンは少女に尋ねることにする。


「僕はこの国から出ていくけれど、君はどうする?この国に残っても良いし、もし僕に付いてくると言うなら条件がある。その条件をのむなら付いてきても良いよ」

「…それはなに?」

「これまでの君は消えること」

「!…わたしは死ぬの?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える」

「?よく分からない…」

「それで、どうする?」


 これ以上は詳しく話す気がないようで、フィンはすでに荷造りを始めている。早すぎる。この国が気に入らなかったのかもしれない。


「わたし…」


 躊躇っていたが、少女は意を決してフィンに答えた。


「今までのわたしはいらない」

「…決まりだね」


 フィンはそれだけ言うと荷造りをしていた手を止めて、少女の方へ近付いていく。


「僕の目を見て」


 今までになく近い距離のフィンに少女の体が震えるが、ここで残されても生きていく術がないと分かっている少女はぐっと堪えて、フィンの瞳を見る。

 するとじわじわとフィンの瞳の色が変わっていく。

 あぁ、とっても綺麗…と思ったのが少女の記憶にある最後の感想だった。

それからのことは覚えていない。

 次に目が覚めた時には、人形のように整った顔をした少年が少女を覗きこんでいた。


そして少年は、


「君の名はモネ。人になりそこなった人形だよ」

「はい」


 少女だった人形はにこにこと笑みを浮かべてフィンに返事をした。

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