第22話 その後

第22話 その後


 あの後、アンナさんは部屋に戻った。少し落ち込んでいるように見えて、正直罪悪感にさいなまれた。だけど、けど、実際大きすぎる敵と戦うなんてのはそれこそ勇者みたいな人種がやることだ。まずはやるべきことをやってから判断しよう。


「まずは自分に何ができるかを知らないとな……」


 まずはしっかりと柔軟をして、筋トレだ。と言っても、筋力増加のためじゃない。こちらへ来る前と比べて自分の体がどうなっているかの把握の為だ。6日間も体をまともに動かさないなんてこと、向こうにいたときは考えられなかったからな。


 足運びの確認、右手のみだが突きの確認、蹴りの確認。簡単なコンビネーションの確認。基本的にはイメージ通りに動かせている。逆に言えば特に体が強くなった、というようなことはないようだ。まぁ自分の体の動きについてはあのクソ野郎とやった時にもわかっていたことだけど。問題は、こっちに来てから変わったことだ。


「自己強化……。あれを自分の思うタイミングで使えるようになっておかなきゃな」


 アンナさんと同調したときの感覚を思い出す。あの時、俺の左手は間違いなく俺の意志で動いた。逆に言えば、今の状態で左手を動かすことができれば、自己強化状態に入れた、という認識でいいだろう。しかし、強化したから動かないはずの手が動くようになるってのはどういう理屈なんだろうか。活動電流が強化されるから? ああでも実際には人体には電流が流れるわけではなかったか? もう生物の授業のことなんて思い出せないな……。


 特に理由はないが座禅を組み、ゆっくりと腹式呼吸を行いながらアンナさんと同調したときの感覚を思い出す。あの衝撃的な心地よさまで思い出してしまうと集中力が激しくかき乱されてしまうので、自分の胸の奥から何か──魔力が広がっていく感覚を重点的に思い出す。自分の内側に潜り、これまで自分で操作できなかった力を自分の意思で体に行き渡らせるイメージ。


「……っ」


 ダメだ。そもそも自分の魔力そのものが認識できない。さっきはできた。俺の意識の中にはなかったが、あの立ち合いの時にもできていたらしい。なら魔力や、魔力経路が細すぎることが原因ではないはずだ。なら問題は俺の認識そのものか。しまったなぁ、うちの流派には自分の中身にアクセスするための訓練もしっかりあった。真面目に取り組んでなかったツケが来てる感じするなぁ。うーん、ジジイはなんて言ってたっけ。


『答えは全て自分の中にある』、『自己とは自己を含むあらゆる全ての総体である』、『想念に克つ必要はない、どのように受けるかが重要なのだ』。

 ……うーん、変な自己啓発セミナーかな? 末那識とか阿頼耶識とか、まぁそういうものの話だとは思うんだけど。しかし、今回の話とは直接関係はなさそうだが。


 ……結局1時間無駄にした。わからない感覚をわかるようになるまで考える、なんてのは時間の無駄だわ。わかる人に教えてもらう方がいいに決まってる。


 というわけで、これから数日間は、アンナさんと同調し、クリスには治癒を続けてもらい、オリアナ先生には魔法とは何ぞや、というような話をしたり、実際に魔法を使ってみる訓練をしたりして過ごした。


 幸いにして自分の中の魔力の確認はできるようになった。それに伴って自己強化も瞬間的にだができるようになった。強化状態を維持しながら戦う、みたいなことはまだできない。魔力経路はアンナさんの協力もあって、普通の人レベルまでは広がってきている。ごく小規模だが魔力の放出も自分の意思でできるようになった。


 オリアナ先生の教えてくれる、イメージを現実に当てはめる魔法は俺と相性がいい。知識をイメージ源とすれば、かなりの割合で実現できそうだ。面白いのは「これは間違っている」とか「実際の答えとは違う思い込みのようなもの」であっても魔法は現出する、ということだ。これ、うまく利用できれば、とんでもなく強力な戦力として使えそうだ。


 だが、残念ながら俺には時間がない。今後この国にいられるかどうかすらわからない。


 勇者が帰ってくる。

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