第21話 アンナの敵
第21話 アンナの敵
「私のフルネーム、アンナ・イレーナ・ナッサウって言います……。ナッサウ家は今、この国ではあんまりいい立場とは言えなくて、それで私はクリスに守られてここにいるんです」
重い話だ。
17年前、この国で何度目かの勇者召喚が行われた際、勇者に従って共に北の山脈を踏破したのがアンナさんの父、ヘンデリック・ウーゴ・ナッサウ子爵だった。彼は非常に優れた代官であったが、同時に極めて優秀な剣士でもあった。その武芸を買われ、当時の勇者を補佐するために、仲間として旅立ったのだ。
当時の勇者は5年という長い期間を生き延び、その間中魔族領で魔族を殺め続けた。そして、勇者が当時の四天王の一人と刺し違えて死亡した際、ヘンデリックは奇跡的に生き残った。いや、勇者によって生き残らされたのかもしれない。なんにせよ、彼は北の山脈を越えて、そして生きて帰ってきた数少ない人間だった。
帰還したのち、国王から伯爵として叙され、ナッサウ家は王都の南西部に居を構えたが、ヘンデリックが伯爵でいられたのは長くはなかった。
ヘンデリックは勇者召喚にも、魔族領への侵攻にも否定的な立場をとったためだ。勇者との旅の中で何があったのかはわからない。だが、さっきのオリアナ先生の話もある。勇者召喚の歪さを感じたのかもしれない。
当然教会に目を付けられ、ロムリアから名指しで批判された。国王は彼とその家族を保護しようとしたが、教会からの圧力によって彼はロムリアに召喚される。その旅路の途中、彼は事故によって亡くなった。
どう考えても暗殺だなぁ……宗教こわ。
「ナッサウ家には私の弟フリードリヒしか直系男性がいませんでした。フリードリヒは当時まだ7歳。ナッサウ子爵として叙爵されたばかり。とても伯爵家の当主として領地を経営することなんてできません。ですので、ナッサウ伯爵は停止状態にあります」
停止状態ってのがどういう状態なのかはわからないが、多分国から摂政、という表現が正しいかどうかはわからんが、代理人がやってきてナッサウ伯爵家の執務を代行している状態なんだろう。政治的にややこしい状態にあった先代と、まだ力を持たない現当主か。そりゃ立場的に難しそうではある。
「アンナさんがクリスと親しい理由は、国王の庇護下にあることを示すためですか」
アンナさんは、悲しげな表情を見せながら頷いた。
「陛下は、私の父を守れなかったことを悔いていらっしゃいます。だから家族の私たちを保護してくださっています。でも、未だにロムリアからは圧力がかかり続けているんです。だからフリードリヒは、もう成人しているのにまだ伯爵位を継げない……」
なるほどな……。アンナさんが俺に対して最初から好意的に振舞ってくれた理由の一部がそれか。少し残念ではある。
「アンナさんの事情、少しはわかりました。それで、アンナさんは、いったい俺に何を望んでいるんです? 勇者でもない、力もないただの異世界人の俺に」
「戦う力が欲しいです」
「魔法が使えて、あれだけの体術も身に着けてる。十分戦えるでしょう?」
わざとはぐらかす。ちゃんと意思疎通をしておかないと、さっきみたいによくわからない勘違いをする羽目になるからな。
「っ……」
きゅっ、と眉根を寄せこちらを見つめるアンナさんに続ける。
「さっきも言いましたけど、俺は俺のできることなら何でもアンナさんに協力するつもりでいます。でも、できないことを求められてもその期待には応えられないんです。アンナさんは何とどう戦って、何を勝ち取るつもりなのか。それために俺に何をさせたいのか。それがはっきりしたらもう一度教えてください」
勝つために力を求めるならそれはいい。何が必要なのか、何が足りていないかを分析できるからな。でも、戦うために力を求めるのは危険だ。今のアンナさんのような状態だと、特に。
「多分、今のアンナさんは、オリアナ先生も言ってましたけど、焦りすぎです。便利そうな武器が近くに突然現れたから、その力を想像して酔ってる」
「そんなつもりは! わたしは──」
「だったらもう少し時間を使ってお互い考えましょう。多分アンナさんと俺、敵は同じはずだ。でも、実際に戦うためには、何ができて、何ができないのか、自分と敵の分析がもっと必要なはずです」
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