第20話 睡眠
第20話 睡眠
「さて、わたしはそろそろ帰るが──、わたしがそうであることをアンナやクリスは知らない、ということになっている。できれば黙っていてくれるとありがたいな」
「それは、もちろん。でも、あの聞き方では勘違いしようもないんじゃ?」
「それでもだ。彼女達からアクションがない限り、わたしは変わった風の民でいるつもりなんだよ」
あー、それなら聞かない方がよかったか。
「……すいません。踏み込みすぎでした」
「いや、いいよ。では、また明日な、少年」
そう言い残して、オリアナ先生は帰っていった。ベッドに眠るアンナさんを残して。
「…………」
えっ、これどうするの? 俺ここにいていいの? とりあえず離れようと立ち上がった時、アンナさんがこちらに向かって寝返りを打った。普段のほんわかしたようなものでもなく、魔法に集中しているときの凛としたものでもなく。アンナさんの寝顔は、どこかあどけなさを感じさせるものだった。
「んっ……、……う、さ、ま……どうして」
ふと、寝顔が曇る。家族の夢を見てるのか……。つぅ、と目尻から涙が流れていく。寝ている女の子をこんな風にじっと見つめるなんて良くない。そう思っていても目を離すことができそうにない。それに、できればアンナさんには泣いて欲しくなかった。
眠っているアンナさんのそばへ寄り、手を伸ばす。いや、やめとけ、と遠くから自分を警告する声がする。せめてハンカチぐらい使えよ、と他人事のように思いながら指が触れそうになった瞬間、アンナさんの左手が俺の手首をつかんだ。同時に跳ね上がるように右手が俺の肩越しに伸ばされ、ひじの内側へするっと回される。腕がらみ?! 足を絡められる前にアンナさんを飛び越えるように前転してロックを外す。
寝てる状態から反射でそこまで動くのか! どういう訓練したらそうなるんだよ?! 心臓止まるかとおも──
アンナさんと、目が合った。ひどくダメな意味で時が凍り付く。そりゃ起きますよね。
「あの、わたし、どうして……?」
「いえこれは違うんです別に他意があったわけではなくて眠っているアンナさんが泣いているようだったので涙をぬぐおうとしたらなぜかアンナさんに極め技を入れられそうになったからそれを外すために転がり込んでしまっただけで別にいたずらしようとかそういう事では決して──」
ふふっ、とアンナさんは笑った。こんな状態なのに、ああ、この子はやっぱり泣いているより笑っている方がずっと素敵だな、なんてことを思う。
「そんな風に慌てなくても大丈夫ですよ……。マモルさんはわたしに変なことしたりするはずないです。さっき……つながったから、わかります」
「ああ、いえ、うん……ありがとうございます」
「ん……おはようございますっ」
ぐ、と伸びをするようにしながら起き上がる。俺も起き上がりながら、アンナさんに応える。
「ええ、おはようございます。さっき、オリアナ先生と話してる最中に突然寝ちゃうから、ちょっと心配しましたよ。もし疲れてるようなら、1日2日ぐらいゆっくり休んでもらっても大丈夫ですからね」
そこで初めて、アンナさんは少し恥ずかしげな表情になった。
「えへへ、ごめんなさい、なんだか、急に眠くなっちゃいました。もう、大丈夫ですよっ」
腕をぶんぶん!と振って見せるがどう見ても強そうに見えない。可愛い。だがしかしさっきの腕がらみは見事な技だった。見た目に騙されちゃいけないなぁ。
「アンナさん、さっきの技は……?」
「オリアナ・クインビーに師事する独身の貴族女性、なんて立場になると、自分の身は最低限自分で守れるようにならないといけないんです。色々とありますから」
無意識にあそこまで完成度の高い技が出せるもんなのか? 俺もかなり鍛えたほうだと思うけど、さすがに寝ながら技出せるほどじゃないぞ、多分。試したことないけど。
「マモルさん、わたしの話、聞いていただけますか?」
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