第19話 疑問

第19話 疑問


 ロムリア聖王国、か。ロムリア3世ってのがやり手だったのはわかるけど、それから150年間も他国をだまし続けることができるもんなのか?


「オリアナ先生は、なぜこの件を世間に公表しないんです? 特定の国家の意志で誰かと敵対させられてる状態なんでしょう?」


「証拠がない。それに事実である点もあるからな。さらに言えば、わたしは好き好んで神敵認定などされたくない」


 そりゃそうか、自分で自分の死刑宣告にサインするアホはいねえな。


「まぁロムリアの方は、相手からのアクションがなければこれ以上は何とも言えないな。少年の方は他に聞きたいことがあるかね?


 ちょうどよかった、さっきの話でも気になることは結構あった。


「そうですね……。勇者ってのは最初の召還からこれまでに何人ぐらい現れて、今何人ぐらい生き残っているんですか?」


「およそ60人だな。今現在生きている勇者は1名だ。というより、勇者は同時に1人しか存在できない仕組みになっているようだ。前の勇者が死ぬと、新たに神託が下りて、また新しく勇者が召喚される」


 150年間で60人……。多いな。多すぎる。


「勇者ってのは召喚されてから2年半しか生きられないんですか」


「ああ、一番長く存在したものでも5年を超えていないはずだ」


 異世界怖すぎ。加護を得てそれじゃあなんもない俺なんてすぐ死ぬのでは? 神敵認定とかされたくないなぁ。ご機嫌取って何とかならんだろうか。


「これまでに召喚された勇者はどんな人たちでした?」


 オリアナ先生が考えるそぶりを見せる。長生きなだけあって、実際に見ている勇者も多いのかもしれない。


「そうだな、肉体的には極めて頑強、人に対して同情的で献身的。従順と言ってもいいな。特殊な力を持つものも多い。魔力も人間とは思えないほど莫大だ。それだけに、今回の勇者召喚で、戦えないものが召喚されたことには驚いたよ。その人間性にもな」


 頑強なのは確かに間違いないな。あんな物理的に硬い人間ちょっと見たことないわ。それでもたった2年半で死ぬ世界なのか。


「まぁあいつのことはいいです。クソ野郎だっていう認識があれば十分でしょう。頭のおかしいやつには近づかないのが一番ですからね。それより、魔族っていうのはそんなに強いんですか?」


「──強い。一人一人が人間よりはるかに強いよ。勇者と正面から戦えるものも相当数いる。その代わり、人口は少ないから、軍隊などは持っていないのが救いではある。あとは、そうだな、ものも数は少ないが存在しているよ」


 えっ、マジかよ。何の意味があってそんなことしてるんだ? いや、生活が苦しければ都会に出てきた方がいいって考える奴も出てくるか? 単純に強いなら、あとは知恵さえ回れば活躍できる場はありそうだ。


「まぁこっちで暮らしている連中は害はないな。むしろ人間に対して興味を持っていたり、好意的であるモノばかりだよ」


 さて、踏み込んでみるか。


「それは、オリアナ先生みたいに?」


 言った瞬間空気が凍った。こちらを見つめるオリアナ先生の瞳が金色に光っている。圧力が実体を持ったように体を縛り付け、体が勝手に震えはじめる。怖い。昨日から何度も感じてた圧は、これだったのか……!


 ばたんと音がして、アンナさんがテーブルに倒れこんだ。同時に圧力が幻のように消え去った。瞳も元の灰色に戻っている。


「少年、キミの言うとおり、わたしは魔族だ。しかし、なぜそう思った?」


「エルフなんだから長命なのは当たり前かも知れないですけど、それにしたってあなたは人と魔族のことを知りすぎている。その上で、神というか、聖王国に対して否定的だ。姿が変わることだってそうです。俺と同じヒトだとは思えない」


 オリアナ先生がにやりと笑う。この人こうやって笑うときすげえ邪悪な感じなんだよな、これも魔族だからなのか? いや、好意的だって言ってたしただ単にこの人の笑い方が邪悪なだけか。


「なかなか面白い意見だな。しかし、わたしが魔族ではなかったらどうするつもりだったんだ? 神の信徒たる人間にとってはかなり無礼な物言いだぞ?」


 オリアナ先生がひどく丁寧な手つきでアンナさんを抱き上げ、ベッドに横たえる。ううん、と悩ましげにうめくアンナさんだが、苦しそうではなくてよかった。


「まぁ外してない、という予感はしてましたし、もしそうだったとしても、オリアナ先生なら笑って許してくれそうだな、と思ったからですよ」


 なんか心の中読むようなこともしてくるし、隠し立てしても意味がない。


「なるほどな。しかし、念入りに隠していたわけではないとはいえ、会って2日で招待が露見するとは思っていなかったぞ」


 嘘付け、ヒント出しすぎだろ。あんたみたいな人間がそうそういてたまるか。


「まぁ魔族は俺にとって当面の敵にはならなさそうでよかったですよ。勇者の話を続けましょう。勇者が持っていた特殊な力っていうのはどんなものでした?」


 瀧見漣、アイツが何か変わった力を持っている可能性は普通にあるしな。何か参考になるかもしれない。


「そうだな、まず、普通に戦えるものが多かったよ。力だけじゃない、戦闘技術を有しているものが殆どだ。特殊な力といえば、そうだな──」


 そこで言葉を切って考え込む。そんなわけわからない能力なのか?


「敵と向かい合うと特殊な結界を張る者がいたな。その結界は極めて強固で、余人を寄せ付けず、相手を逃がさない。特定の動作を行っている最中あらゆる攻撃がすり抜けるようになってしまったり、明らかに手が届かない距離の敵をつかんで投げ飛ばしたり、どんなに傷ついても死の間際まで普段と同じように動けたり……。理屈は全く分からなかったが、あれほど理不尽な人間をわたしは他に知らないよ。彼がこれまでで一番魔王にまで近づいた人間だった。恐るべき戦士だったよ」


 んん? 確かにそれは人間離れしている……しているというか、それゲームキャラじゃないか? そんなのまで呼んでるのか異世界。とんでもねえな。


「ちょっとその人は多分現実の人間ではなかったんじゃないか、という気がしないでもないですがまぁいいです。あと気になったことと言えば、科学、ええと、この世界を観察して解明しよう、というものなんですけど、そう言った視点がなさすぎんじゃないかっていう気はしてますね。召喚された勇者、みんながみんな魔法使いじゃなかったんでしょ? オリアナ先生なら、そういう知識を得ていないわけがない」


「勇者はね、基本的に自分の世界について語らない。それは加護と引き換えに神に懸けられた枷なんだ。これも理由はよくわかっていないが、世界そのものを急激に変動させることに神は否定的なのかもしれない」


 ならなおさらわざわざ異世界から勇者を召喚する意味が分からんなぁ……自分の信徒から勇者を選べばそれで済むような気がするけど。


「だから、まともに話ができる勇者でない異世界人とここまでお近づきに慣れてわたしとしては大変うれしいんだよ。できれば長く生きて色々話してほしいものだな。過去に少年と同じように巻き込まれてきた異世界人は、2人いたが、すぐに死んでしまったからな」


 ていうか、俺も来て早々腕ちぎられて死にかけてるんですけどね。

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