第18話 勇者とは
第18話 勇者とは
「……」
今、何かとんでもないことを聞いてしまった気がする。積極的に攻め入ってこない相手を打ち倒すために何故勇者召喚なんてものが必要なんだ?
「魔王は別に人類を滅亡させようとか、世界を支配しようなんてこと思っちゃいない。魔族の中にはそういう考えの奴もいるかもしれないけど、それは人間だってそうだろう?」
オリアナ先生の目が、ひどく重たい色をしている。
「でも、我々は魔王を打倒しなければならない。それが神の意志だからだ。正確には、神託を下した巫女が例外なくそのような神託ががあった、と述べるからだ。勇者を召喚するための木剣とともに、ね」
「それは……つまりロムリア聖王国の意志、ということですか」
「さぁね。実情までは知らないな。だが、神託の巫女は全て聖王国からもたらされ、この地にある18の国全てに派遣されている。勇者は召喚されると必ず聖王国に赴き、巫女とともに魔族領へ向かう。勇者召喚を行った国は同行者を用意し、これをサポートする。それがルールだ。150年間それだけは変わらず繰り返されている」
「何の、為にそんなことを?」
ふ、と口元をゆがませこちらを見つめるオリアナ先生。
「一応、我々にとってわかりやすい理由というのも存在しているよ。魔王は存在しているだけで魔族を強化する。神の加護を受けた勇者のように。そして、魔王の加護を受けた魔族は、自分の周囲の魔物を強化すると言われている。その強化を受ける器官が、魔核なんだ。魔物も、魔族も、おそらく魔王自身も体内にこれを持っている。まぁ──」
「オリアナ先生っ……!」
アンナさん?
「魔族が魔物を強化する、というのは真っ赤な嘘だがね」
「オリアナ先生!ダメです!」
アンナさんが血相を変えて割って入る。オリアナ先生がハッとする。目の色の重さが少し和らいだ。
「アンナ……、すまん」
疲れたようにため息。アンナさんもそれに合わせてトーンダウンした。
「外には何も知らない騎士がいるんです。マモルさんだって、巻き込むのは危険です」
いやー、勇者を旅立つ前からボコボコにしたんだ、すでに巻き込まれてるんじゃないかなー。どっちにしても、俺はあいつを認められない。
「いや、少年は完全に当事者だよ。勇者サマが戻ってきたら、少年は聖王国の巫女によって神敵扱いされる可能性が高い。知っておけば心構えができる」
「そんな……!」
「勇者に傷をつけられるコントロールできない個なんだ。危険視される。だから少年は勇者サマが帰ってくるまでに最低限の準備をしておかなければならない。アンナ、キミとの同調も、そのためだよ」
追い立てられて死ぬ羽目になりたくなければ逃げて生き延びる準備をしておけってことか……。物騒な話だ。俺はただの一般人でしかないのに。
暗い表情の俺に気づいたから、オリアナ先生が笑みを見せ、話しかけてくる。
「まぁ、わたしの方でできるだけのことはする。勇者サマが帰ってきても、時間稼ぎぐらいはしてみせよう」
「それだと、オリアナ先生が危険じゃないですか?」
アンナさんの言葉にオリアナ先生は笑う。
「ふふ、それぐらい少年の知識には価値がある、とわたしは考えているよ」
そういえば、ずっと違和感があった。魔法に関してもそうだった。異世界の人間を召喚しているのに、なんで異世界の知識、考え方が全然ないのか。魔法界の権威っぽくて好奇心旺盛、しかも長生きのオリアナ先生が勇者から知識を仕入れようとしないわけがないんだ。
「オリアナ先生。勇者っていうのは何なんですか? 今の説明を受けたら、大半の人間は戦うことを拒否すると思うんですが」
じ、と彼女を見つめる。今回は目をそらさない。はぐらかされるつもりもない。
「ふぅ、まぁ当然の反応だろうな。──勇者とは人の形をした兵器だよ。召喚を通して神と謁見し、加護を受け、そして同時に枷を受けた人間だ。勇者召喚には召喚以外にも様々な要素が含まれている。わたしにもまだ全ては解読できていないが、明らかなものだと、催眠、拘束、意志の強制がある。これら全てが神によってもたらされた儀式魔法だというなら、神なるモノは碌なもんじゃないんだろうね」
「お願いですから、あまり過激なことを言わないでください。誰が聞いているかわからないんですよ!」
一神教っぽいこの世界でなかなか大胆なことを言うな、この人。アンナさんの心配ももっともだ。だけど、言葉のニュアンスからだと、どうも本心とは違うことを言ってる感じがするな。
「勇者召喚を捻じ曲げたものがいる、ということですか?」
「ああ。150年前、最初に勇者召喚を行った国のトップだった男だ。聖王国法王、ロムリア3世。彼は当時それほど危険視されていなかった魔王を神敵として認定し、魔王の打倒を宣言した。魔王の強化能力云々もその時突然語られたものだよ」
クソ怪しいじゃねえか。
「勇者召喚の儀式魔法も、神託によって得たことになっている。そして神の名のもとに各地に教会という名の出先機関を作らせ、聖王国の権威を一気に高めた。その当時、聖王国はもっと小さく、国家間の影響力もほとんどないに等しかったんだ」
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