第11話 価値

第11話 価値


「……」


「……」


 えっ、何この雰囲気。ダメですか、に対してどう反応したらいいんだ? わかんねえ。


「食器」


「え?」


「食器、片付けますね」


 アンナさんの笑顔は変わらない。


「え、ええ、ごちそうさまでした。いつもありがとうございます」


 何が言いたかったんだろう。俺なんか変なこと言ったか? わからん。


 気まずい。と、ガチャリとノックもせずにクリスが入ってきた。


「来たわよ! ……あら? アニー、どうかしたの?」


「おはよう、クリス。何もなかったわよ?」


「ふぅん?」


 クリスはこちらに目をやって言う。


「マモルさんの方は何もなかったとは言ってないみたいね」


「え? いや……」


 ため息一つ。


「まぁいいわ。ほら、治癒するわよ、腕出して」


「あ、うん」


「アニー、片付け続けてていいわよ」


「はい」


「で?」


 いつもの通り治癒を受けながら、クリスに問われる。アンナさんは食器を片付けるために部屋から出ている。


「いや、よくわからないんだ」


「なにそれ?」


「もっとアンナさんのこと知りたいって、何でも協力するって言ったんだけど……」


「ああ……。そういうこと」


 納得いったって顔だけど、それで分かるのか。


「あの子、多分マモルさんにまだフルネームも教えてないでしょ」


「ああ、確かに知らない」


「だよね。いろいろ複雑だから」


「それって、どういう……?」


「アニーが言わないなら私からも言えないわ。きっと悩んでるんだもの」


 回りくどい。二人とも何が言いたいのか全然わからない。


「マモルさんは勇者様、レンさんと違ってこの国から出る必要がない」


 必要がない……? どういうことなんだ。


「マモルさんはこの二日だけで自分の価値をわかりやすく提示しすぎたからね」


「クリス様、本当に何言ってるかわからないよ」


 クリスは、ふ、と微かに笑ってみせた。


「今日から、魔法の訓練でしょ。そうしたらすぐにでも周りにあなたの価値が伝わるわ。ならその前に……自分のところに取り込んでおきたいって、わたしでも思うわ」


 微かな微笑みが、いっそ妖艶さを感じさせるようなものに変わり──。


 何故だか見ていられなくなってクリスから目をそらす。その瞬間、。痛みだって?

 慌てて目をやると、クリスが俺の小指の付け根にカプリと噛みついていた。何やってんのこの子……?


「感じたでしょ? そろそろだと思ってた。今日からは治癒は1日1回でいいわ。これからどんどん良くなっていくから。また明日ね、


 そう言って、クリスが立ち上がると、ちょうどアンナさんが戻ってきた。


「アニー、マモルには試したりする必要ないわよ。でも、だからこそ言わないことは伝わらない。私たちとは違うわ」


 まるで謎かけみたいなことをアンナさんに告げて、クリスは去っていった。


 このまま黙ってたらまたあの気まずい時間が戻ってくる。それは、嫌だな。なら。


「アンナさん、俺、正直さっきアンナさんが何を言いたかったかわからなかったんです。アンナさんがもわからない」


「……」


「だから、まず話しませんか。お互いのこと。何でもいいです、好きなことでも、嫌いなことでも」


「……」


「俺、アンナさんにはほんとに感謝してるんですよ。勇者のおまけでしかないわけわかんない男にこれだけ良くしてもらって。こっちに寄る辺のない俺にとっては本当にありがたかったんです。だからさっき言ったことだって嘘じゃない。俺にできることがあるなら何でも協力しますよ。と言っても、俺はあっちじゃちょっと格闘技をかじっただけの学生でしかないんで、お返しできるほどが何ができるってこともないかも──」


「そんなことっ……ないです。私、私は……申し訳ありません」


 やっと口を開いてくれた。でも、悲しげにそのまま身を翻すのを見て、俺の体は自然とアンナさんの左腕を捕まえていた。


「離して……ください」


 俯きがちに、表情を見せないアンナさんに対し、わざとずれた物言いをする。


「ええ、話しましょう」


「そういうことじゃないです!」


「じゃあ、どういうことなんです?」


 キッ、とこちらを睨んでみせるアンナさんの瞳は、涙で濡れていた。


 その時。


「おーい、少年、レディに迫る態度としてはあまり褒められたもんじゃないなぁ」


 聞き覚えのある口調で、でも知っている声に比べて明らかに高い声がこっちへ投げかけられた。

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