第12話 先生
第12話 先生
「ふむ。クリスに言われて来てみれば、なかなか面白いことになってるじゃないか」
そこに立っていたのは見知らぬ少女だった。
「いつまでそうしているつもりだい?」
ハッとして慌てて手を放す。アンナさんも慌てたように姿勢を正した。
「オリアナ先生……」
「は?」
いやちょっと待て、それはない。背が縮むどころか何もかもが違うじゃねーか。
「いかにも! わたしはオリアナだ! 少年、驚いたかね?」
ふふん、とめちゃめちゃ嬉しそうに笑っている。いかにも、じゃねーよ。全く別人だろ。だってあんたその見た目──。
「エルフじゃん……」
ちっちゃいけど。
「キミらのところでは我々をそう呼ぶようだな。これはわたしがまだ幼気な子供であった時の姿なのだよ。どうだね! 可愛いだろうわたしは!」
そんな風に笑うオリアナ先生から幼気さなるモノは全く感じられなかったが、細く繊細な体つき、透けるようなプラチナブロンドの髪、好奇心に輝く翠玉の瞳、なにより、特徴的な長い耳が、どう考えてもこの人がエルフだと伝えてくる。確かに見た目は完璧にかわいいんだよなぁ。
何も言えないでいる俺に、アンナさんは何か色々なものを諦めたようにため息。
「先生、いつも思うんですけど、悪ふざけが過ぎます」
「はっはっは! 人生には新鮮な驚きが必要なんだよ。それに……」
ニヤニヤ笑っている表情から一変、こちらを真剣に見据える。
「あの空気の中では、ろくに話すこともできなかったろう?」
そうだけど。空気ぶっ壊しすぎじゃないですかね。
「でだ、若人たちよ、キミらはいったい何をやっていたんだね? まぁおおよその予想はつくがね」
「何の予想がつくっていうんです?」
何もかも見透かしてますって態度は面白くないぞ。
「いやいや、悪意はないんだよ、少年。どうせキミたち、会話が成立しなかったんだろう?」
「……」
「当然だとも。我々は違う世界の人間なんだ。違う常識の中で生きて、ここで初めて会ったんだ。言葉が通じるだけでも奇跡なんだよ」
さっきクリスも言ってたな、私たちとは違う、って。この事なのか?
「アンナ、マモルに貴族の文法は通用しない。それに、自己嫌悪か恥じらいかは知らんが、逃げ出したくなるようなことなら、初めからやらないことだ」
その言葉には、アンナさんを気遣う気持ちが明確に含まれていた。
「さっきからずっと、みんなの言ってることがわかんないんですよ」
「心配しなくても、ちゃんと解説してやるから。というわけで、何を話し合ったのかもう一度やってみたまえ」
……鬼か。ほらアンナさんもみるみる赤くなっちゃったじゃないか。あの恥ずかしいやり取り人前でもう一回とかありえん。
ありえんって言ったのに、なんだかんだでほとんどの部分話させられてしまった……。
「なるほど」
うんうんと頷き、くるくる回り始めるオリアナ先生。やべぇ……。
「若いというのはいいものだな……。よし、それでは説明してあげよう、聞きたまえ!それと、アンナ、キミはそこに座って黙って聞いていたまえ」
クルクルと、指先で何かを描くようにすると、アンナさんは力が抜けたようにベッドに座り込んだ。何かやったのか……?
「少年は『キミのためならどんなことでもやってみせる』と言ったんだったな? なかなか情熱的なお誘いだな」
「いや言ってないです。俺のできることなら何でも協力しますって言っただけで」
突然そんな口説き文句みたいなこと言うわけないだろ。いや言ってるのか?
「それに対して、アンナは『私はあなたのメイド、それではダメですか?』、と言ったんだな?」
「え、ええ、間違いないです」
アンナさん無視で大丈夫なのか? と思ってそちらを向くと、アンナさんありえないほど赤くなってるんだけど。逆に大丈夫なのか?
「それはな、翻訳すると『あなたの特別になりたいです』というような意味になる。否定されることを前提にした告白みたいなもんだよ」
「マジですか?」
え、いつの間にそんなフラグ立ってたんだよ全く気付かねえよ。
「この子は昔からちょっと夢見がちなところがあってなぁ……。そういうやりとりを好みそうだ、とは思ってたんだ。異世界の人間にそれをやるとまでは思っていなかったが」
「アンナさんは、こっちに来てから一番長い間一緒にいた人だし、優しくて親切で、笑顔も可愛いし、魅力的な女の子だとは思います。そんな人が恋人になってくれるなら、それはものすごい嬉しいですけど」
と、言うと同時に、アンナさんの方からふひゅっ、とかいう変な音が聞こえてきた。見ると、アンナさんがグルグル目になっている。どういう反応なのそれ。
「まぁ、それは置いておくとしても、少年、キミには手元に置いておくだけの価値がある。こちらにはない知識、というとてつもない価値だ」
その言葉と同時に、アンナさんの顔色が真っ青になる。
「そういう人間を自分の身一つで縛れるなら、安いものだ、と考える貴族は多いだろう。貴族っていうのは家の利益を最大化するために育てられる生物だからな。だが──、何も知らない人間にそれを押し付けて何も思わないほどアンナは恥知らずじゃあない」
そう言って、アンナさんの方を見つめるオリアナ先生は見た目は少女のようでも先生と呼ぶに足る慈愛に満ち溢れていた。
「恥じらいと、勘違いによるショックと、自己嫌悪。まぁそんなところだろう。少年、アンナを嫌わないでやってくれ。アンナ、キミは焦りすぎだ。別にお前が家を背負って立つ必要はないんだ。もっとゆっくり生きたらいい」
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