第4話 魔法と現象

第4話 魔法と現象


「ごきげんよう、マモルさん。……ってこれどういう状況ですの?」


 あの後着替えて、ベッドの上で悶絶しているとクリスティーナ王女がやってきた。アンナさんは「大げさだなぁ」と言わんばかりの表情でこちらを眺めていたようだが、クリスティーナ王女を確認すると美しい所作で挨拶してみせた。カーテシーという奴だ。こういうのは世界問わずあるもんなんだな。


 俺もさすがに王族が来ているのにひっくり返っているわけにもいかず、起き上がって挨拶する。と言っても、ここにきて三日間はそんな余裕もなかったけど。


「おはようございます、クリスティーナ様。毎日ご足労いただきありがとうございます」


「いいえ、お気になさらないで。そんなにかしこまらなくてもよろしくてよ」


「尊敬できる方に対して丁寧に接するのはごく当たり前のことですよ」


 そう、クリスティーナ王女はほとんど完璧なお嬢さまなのだ。治癒魔法のことになるとちょっと、いやかなりおかしくなるがその恩恵を思い切り受けてる身としてはなぁ。


「まぁ、ありがとう存じます。けれど、日に何度もお会いするのですもの、もっと親しくお付き合いしたいわ」


 困ったな……砕けた口調で話せってことだと思うけど、どこら辺までセーフなのか全然わからん。とりあえず曖昧に笑っておこう。


「もう……。仕方ありませんわね。左腕をこちらへ」


 雑談はとりあえず終わりのようだ。いつもと同じように治癒魔法をかけてもらう。もう何回も見ているが、この時のクリスティーナは本当に綺麗だ。俺みたいなのがこんなに近くにいて許されるのか? って気分になる。


「あと数日で動かせるようになると思うわ。それで? さっきは何をしていたの? もう痛みはほとんど引いたはずよ」


 さっき? ああ、そうだよな、そりゃ聞いてくるよな。てか口調が変わってる。めっちゃ歩み寄ってきてくれんな。


「クリスティーナ様」


 アンナさんだ。少し困った顔でこちらを見ている。俺の全身見てる時でもそんな表情しなかったじゃん。


「いいのよ、アニー。わかるでしょう?」


 いえ全然わかりませんが。


「もう、しかたないなぁ、クリスは」


 あれ、アンナさん愛称で呼び合うほどクリスティーナと仲良かったの?


「そういうわけですので、マモルさん。このお部屋では普通に話していいですよ」


「ああ、うん、ありがとう。アンナさん、クリスティーナ王女も」


「クリス。親しい人にはそう呼ばれたいわ。前にも話したでしょう?」


 ぐいぐい来るなこの子。


「クリス様、でいいかい?」


「別に様付けしなくてもいいのに」


「いやぁ、いきなり呼び捨てにするのはちょっと無理かなぁ」


 はふぅ、とため息一つ。


「まぁいいわ。で、結局さっきは何してたの?」


 ええ、話変わったと思ってたのに!


「体を拭いてあげたのよ。それからずっとああしてたの」


 アンナさんそれ言っちゃう?


「同世代の女の子に全身拭かれる、なんて経験ないし、こっちはすげえ恥ずかしいのにアンナさんは平然としてるからより一層恥ずかしくなって、それで……」


「そういうものなの? 不思議ね」


「そういうものだよ……」


 なんで俺がおかしいみたいになってんの?


「そんなことより、魔法のこと知りたいな。クリス様もアンナさんも魔法使ってたけど、こっちの人は誰でも魔法が使えるの?」


 もし誰でも使えるなら俺も使ってみたい。きっと誰でもそうだよな。


「そうね、魔力の大小や、属性の得手不得手にもよるけれど、訓練すれば大抵の人は魔法を使えるわね」


 すげえな異世界。誰でも使えるのか……高まってきた!


「その、俺にも使えるのかな?」


「気になる?」


「もちろん。できることなら自分でも使ってみたい」


「ちょうどよかったわ。それなら後で魔力を調べてみましょう。アニー、準備をお願い」


「はい、クリス」


 アンナさんが部屋から出て行った。外の騎士と何かを話しているようだ。


「クリス様、魔力を調べるっていうのは?」


 せっかくだからいろいろ聞いておこう。まだ治癒が終わるまで時間もありそうだし。


「その人の魔力量や得意な属性を調べる魔道具があるのよ、得意な属性を中心に訓練した方が覚えもいいし、魔力の伸びもいいの」


「属性?」


「火、水、土、風、光、闇と、それに属さない系統もあるし、属性のないものもあるわね」


 ふぅん……ゲームみたいだな。


「治癒は何属性?」


「そう!それは昔からずっと議論されているの!光系統とも、どの属性にも属さないと言われているわ。そもそも光属性の素養がないにもかかわらず治癒を使うことができる人もいるしわたしは個人的には属性外の魔法だと思っているの」


「治癒を受けている感じ、体をもとの状態に戻す魔法、というわけではないよね」


 神経をかた結びにされてんのかって程痛かったし、今の状態はもとの状態とはとても言えない。


「そうね、これも色々と議論されているけど、体の自己治癒能力を高めるものという説が今のところ有力ね」


 ちぎれた腕がくっつくのが自己治癒能力によるものとは思えないんだけど……。


「そういや、あいつのアレ、元に戻るんだって?」


「そうね、器官の再生は治癒とは全く違う魔法になるからわたしも詳しくはないわ。でも、どの属性にも属さない魔法なのは間違いないわね」


「属性、ねぇ……」


 なーんかちょっと腑に落ちないんだよなー。


 と、そこへアンナさんが戻ってきた。


「クリス、30分したらオリアナ先生が来てくださるそうよ。異世界の少年に興味があるんだって」


 少年て……もうそんな年でもないんだけど。まぁいいか。

 まぁ時間もあるみたいだし、ちょうどいいからアンナさんにも聞いてみよう。


「アンナさん、さっきお湯用意してくれたじゃないですか」


「ええ。どうかされました?」


「見てた感じ、水を出してから、それを温めるって手順でしたよね?」


「ええ、お風呂の準備はそうするものですから」


「お湯を直接出さないんですか?」


 わざわざ二段階に分ける意味あるのか?


「火属性と水属性は相性が悪いから、同時に行使するのは難しいんです」


 あー、そういう奴か。でも、やっぱ違和感あるな。


「水とお湯って、同じものの状態が変わっただけですよね?」


「? どういうことかしら?」


 小首をかしげるアンナさん可愛い。好き。


「俺の世界には魔法がなかったから、いろいろな現象を観察して、この世界を説明し、理解する学問が発達しています」


 そこでクリスも割り込んできた。


「興味あるわね、それで?」


 しかし魔法使いながらでも普通に会話できるとか、クリスは器用なんだな。


「うん、それによると、世界のありとあらゆるものは原子……目に見えないようなサイズの小さな粒でできているんだ。そして、温度はその粒が物体の中で動き回る力の強さで変動することがわかっているんだ」


 怪しい説明だけど、熱力学がどうたらとか初めてその概念に触れる人にわかりやすく説明する自信がない。


「例えば、瓶の中に入れた水を何度も振ると水の温度は上がる。振り回すことでその振動に影響されて水の粒が持つ振動も激しくなるからなんだ」


「そうなの? アニー、わかる?」


「いえ、そもそも瓶を振り回すことなんてありませんから……」


 ですよねー。説明難しいな。


「まぁとにかく、瓶を振る、という行動に対して火属性の魔法は関係がないよね」

「それはそうだわ。そもそも魔法使ってないじゃない」


「そう。だから不思議なんだよ。『水の粒を振動させる』ことに火属性が必要なのかかって」


「えっと……確かにそうね」


「水を操ることなら水属性であるべきだし、世界が粒でできている、という俺たちの世界の学問がこちらでも正しいなら『水の粒を振動させる』だけの行為に何かの属性がある必要もない気がするんだよね」


「ああ、なるほど、わかったわ。つまり、より粒が振動している水を作れば、それはお湯であるはず、っていうことね!」


 おお、クリス理解が早いな、賢い。


「早速試してみましょう!」

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