ぼくらの武蔵野事情

kiri

 ほどほどに都会で、ほどほどに田舎っぽい。

 そう彼女は言った。


「そう思わない?」

「まあね」


 僕と彼女の関係も、考えてみれば似たようなものだ。

 ほどほどに恋愛、ほどほどに友達、どちらかと言えば友達寄り。


 スタイリッシュな駅っぽくなろうと奮闘中の二、三個先の駅。そのくらいが、彼女に対する僕の立ち位置であり見た目である。

 ……·あまりにピッタリすぎて、言ってて悲しくなってしまった。


 決して自分の住んでいる所を悪く言うつもりはないんだぞ。買い物もしやすいし、図書館も綺麗だ。友達とバーベキューをするのだって、駅前で買い揃えて公園へ走る。部活の打ち上げも、弓道部御用達の焼肉屋からファミレス、ファストフードまで何でもござれってものさ。


「どうしたの?」

「いや、ちょっと脳内で地元愛が爆発した」

「何それ」


 そう言って彼女が笑う。

 上水沿いを並んで歩く。


「やっぱりバス乗れば良かったかな。少し遠くない?」

「ううん、好きだから」


 そ、そんな唐突に告白? だから一緒に歩きたいってことかなあっ!

 車の音で聞こえなかった、なんてフリをして知らん顔で歩いているけど、内心ドッキドキなんだが。勘弁してくれよ。心の準備ってもんがあるだろ。

 っていうか、これくらいサラッとカッコよく言ってみたい。


「ここ歩くの気持ちいいから好きなんだ」


 あ? 僕の勘違いかよ。

 ドッキドキがガックガクに切り替わる。カッコ悪。くっそー、僕が言う時の参考にはさせてもらうぞ。


 まあ、でも確かにあちこちに雑木林があって、歩いていて気持ちが良いのは確かだ。

 一本向こうの自転車道も気持ちいいぞ。ただし、チャドクガには気をつけろ。お兄さんとの約束だ。あれは、ホント泣くから。


「まあったく、そんな上がったり下がったりしてたら大会前に疲れちゃうよ」

「いいんだよ。僕、遠的あんま得意じゃないし」


 そう、今日は公園の弓道場で高校弓道部の遠的大会がある。僕らは長い弓を背負って、会場までをのんびり歩いてるとこなんだ。

 僕はあんまり得意じゃないけど、彼女は遠的のほうが上手いんだよな。


「ね、オウム見たことある?」

「なんだよ、唐突だな」


 彼女は黙って上を指差した。


「武蔵野って生き物いっぱいいるんだねえ」


 うわ、ホントだ!

 鮮やかすぎる緑の羽、曲がった嘴。インコじゃないな。それならもっと小さい。


「飼ってたやつが逃げちゃったんだな」

つがいで?」

「ホントだ。二羽いるじゃん」


 番かどうかはわからないけど、しばらく、ぼーっと見てしまった。

 知らせるところもわからないからスルーしたけど、無事飼い主の所に帰れることを祈ろう。


「いやあ、さすが武蔵野だね」


 公園の中は陽差しが木々の間から届く程度だから、いつ来てもわりと涼しい。

 幹がひと抱えもある大きな木々を見れば、この辺は昔から変わらないんだろうなと思う。


「武蔵野、武蔵野言うな。お前んとこだって変わらないだろ」

「ウチは、もうちょい都会なんだなあ。だってタヌキとか見ないもん」

「僕だって見たことないよ」

「じゃ、あれ何よ」


 一瞬、何かの影が横切った。


「猫だろ」

「いいや、猫のしっぽはあんなに太くない」


 そんなに断定的に言われると自信がなくなる。もしかしたらタヌキなのかも。だって武蔵野だもんな。いやいや、まさか。


「しっぽの太い猫もいるよ、多分」

「多分かい!」


 自信なさげな僕にツッコミが入ったところで、スマホが喚き出した。


「誰?」

「あ、顧問の先生だ……はい?」

『ヒロ、どこほっつき歩いてる! サヤもいるんだろ。お前ら以外全員集合してるぞ!』

「あー、すません。今アスレチックんとこです。すぐ行きます!」


 ポチっとスマホをタップしてため息をつく。

 もう着いてしまうなあ。今日こそは彼女に言ってやろう、と思っていた言葉があったのに。今言うべきか、後にするべきか。


「時間まだ少しあるのに」

「もう、みんな来てるって」

「あーあ、もう少し一緒に歩いていたかったのにな」

「うん、僕も」

「「好きだから」」


 さらっと言って、カッコよくキメようと思ったのに、かぶったセリフは思いのほか熱くて。

 集合時間には少しだけ遅れてしまった。

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ぼくらの武蔵野事情 kiri @kirisyu

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