ぼくらの武蔵野事情
kiri
*
ほどほどに都会で、ほどほどに田舎っぽい。
そう彼女は言った。
「そう思わない?」
「まあね」
僕と彼女の関係も、考えてみれば似たようなものだ。
ほどほどに恋愛、ほどほどに友達、どちらかと言えば友達寄り。
スタイリッシュな駅っぽくなろうと奮闘中の二、三個先の駅。そのくらいが、彼女に対する僕の立ち位置であり見た目である。
……·あまりにピッタリすぎて、言ってて悲しくなってしまった。
決して自分の住んでいる所を悪く言うつもりはないんだぞ。買い物もしやすいし、図書館も綺麗だ。友達とバーベキューをするのだって、駅前で買い揃えて公園へ走る。部活の打ち上げも、弓道部御用達の焼肉屋からファミレス、ファストフードまで何でもござれってものさ。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと脳内で地元愛が爆発した」
「何それ」
そう言って彼女が笑う。
上水沿いを並んで歩く。
「やっぱりバス乗れば良かったかな。少し遠くない?」
「ううん、好きだから」
そ、そんな唐突に告白? だから一緒に歩きたいってことかなあっ!
車の音で聞こえなかった、なんてフリをして知らん顔で歩いているけど、内心ドッキドキなんだが。勘弁してくれよ。心の準備ってもんがあるだろ。
っていうか、これくらいサラッとカッコよく言ってみたい。
「ここ歩くの気持ちいいから好きなんだ」
あ? 僕の勘違いかよ。
ドッキドキがガックガクに切り替わる。カッコ悪。くっそー、僕が言う時の参考にはさせてもらうぞ。
まあ、でも確かにあちこちに雑木林があって、歩いていて気持ちが良いのは確かだ。
一本向こうの自転車道も気持ちいいぞ。ただし、チャドクガには気をつけろ。お兄さんとの約束だ。あれは、ホント泣くから。
「まあったく、そんな上がったり下がったりしてたら大会前に疲れちゃうよ」
「いいんだよ。僕、遠的あんま得意じゃないし」
そう、今日は公園の弓道場で高校弓道部の遠的大会がある。僕らは長い弓を背負って、会場までをのんびり歩いてるとこなんだ。
僕はあんまり得意じゃないけど、彼女は遠的のほうが上手いんだよな。
「ね、オウム見たことある?」
「なんだよ、唐突だな」
彼女は黙って上を指差した。
「武蔵野って生き物いっぱいいるんだねえ」
うわ、ホントだ!
鮮やかすぎる緑の羽、曲がった嘴。インコじゃないな。それならもっと小さい。
「飼ってたやつが逃げちゃったんだな」
「
「ホントだ。二羽いるじゃん」
番かどうかはわからないけど、しばらく、ぼーっと見てしまった。
知らせるところもわからないからスルーしたけど、無事飼い主の所に帰れることを祈ろう。
「いやあ、さすが武蔵野だね」
公園の中は陽差しが木々の間から届く程度だから、いつ来てもわりと涼しい。
幹がひと抱えもある大きな木々を見れば、この辺は昔から変わらないんだろうなと思う。
「武蔵野、武蔵野言うな。お前んとこだって変わらないだろ」
「ウチは、もうちょい都会なんだなあ。だってタヌキとか見ないもん」
「僕だって見たことないよ」
「じゃ、あれ何よ」
一瞬、何かの影が横切った。
「猫だろ」
「いいや、猫のしっぽはあんなに太くない」
そんなに断定的に言われると自信がなくなる。もしかしたらタヌキなのかも。だって武蔵野だもんな。いやいや、まさか。
「しっぽの太い猫もいるよ、多分」
「多分かい!」
自信なさげな僕にツッコミが入ったところで、スマホが喚き出した。
「誰?」
「あ、顧問の先生だ……はい?」
『ヒロ、どこほっつき歩いてる! サヤもいるんだろ。お前ら以外全員集合してるぞ!』
「あー、すません。今アスレチックんとこです。すぐ行きます!」
ポチっとスマホをタップしてため息をつく。
もう着いてしまうなあ。今日こそは彼女に言ってやろう、と思っていた言葉があったのに。今言うべきか、後にするべきか。
「時間まだ少しあるのに」
「もう、みんな来てるって」
「あーあ、もう少し一緒に歩いていたかったのにな」
「うん、僕も」
「「好きだから」」
さらっと言って、カッコよくキメようと思ったのに、かぶったセリフは思いのほか熱くて。
集合時間には少しだけ遅れてしまった。
ぼくらの武蔵野事情 kiri @kirisyu
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