替えのきくモノ。

蛍石

第1話

20XX年。この世界は極めて平和な世界であった。ほんの数年前まで、争いの盛んな世界であったことなど、誰もが知らずに呑気に笑っていた。平和かつ、便利な世の中であった。

「うむ、そろそろこの腕も替え時かな。君、新しいものを頼むよ。」

「かしこまりました。後日お持ち致します。」


機械化がおぞましいスピードで進む世の中で、富豪たちがこぞって手に入れていたもの。それは、「体のスペア」である。

例えば右腕、転んでしまって擦り傷ができたとする。痛くて我慢ならないと思えばそれを捨て、新しい右腕を手に入れる。それを自分の腕にすることで傷を治す手間も無くなるというわけだ。もちろん相当な金がかかる。しかし、この世の中、豪邸を手に入れようと家に着いた機能などほぼ同じ。貧富の差関係なく、全自動で生活のできる家を持っていた。だからこそ、長生きをしようとし、怪我など痛い思いはしたくない、と金のある者は、自分の体を何度も手に入れたわけだ。


「ああ、機械化が進み仕事がない。家に帰っても、機会が身の回りの事を全てやるせいで何もすることがない。」

「生きている意味がないようだ。」

こんなことを言う貧しい者も現れた。政府はそんな者に、金を手に入れる機会を与えた。無論、仕事ではなかった。いや、仕事ではないと言い切るには少し早いか。しかし、仕事と明確に表現をしたら少しだけ、感覚のズレが生まれるような気もする。政府が新たな仕事を担う部署を作った。その部署に所属するものは、一日中、職の無い、路頭に迷う健康な者を探す。発見すれば、ところ構わずこう言うのだ。

「君、貧しい暮らしをしているそうだね。どうだ、ここで一発大きな金を手に入れないか。」

「そうしたいのは山々ですが……。」

「なあに、簡単な事さ。君、体は資本という言葉を聞いたことがあるかね」

「何をおっしゃっているんです。ロボットたちが何でもやるから、人間の体なんて1円にもなりませんよ。」

「そうか、本当にそうだと思うのだな。」

「えぇ。」

「君、どこか怪我をしているということは無いかね。」

「いえ、何せ危険なことはロボットが何でもやりますので、怪我なんてしませんよ。」

「それなら良かった。例えば君のその右腕。」

「右腕……?」

「それは、売るといくらになると思う?」

「腕を売るって……はぁ……?」

「右腕だけでも、質によっては0がいくつつくか。何度か売買を見てきた私も、未だに基準がわからん。」

「君のその腕にいくら払う人物が居るか、予測もつかない。」

「そ、そんな金があったらこんな生活からも……!」

「どうだ、売ってみる気はあるか。」

「も、もちろんですよ!こんな体で良ければ右腕でも左腕でも!」

「そうか、ならば両腕頂いていこう。」


その後両腕を失った彼は、腕の代わりに莫大な金を得て、大富豪となった。そして彼は考えた。金を手に入れて何をしよう。豪邸を買うのもいいが、機能は今まで住んでいたのと大差ない。広い家を手に入れたって、住むのは自分1人とその他多くの家事代行ロボット。きっと虚しくなるだけだろう。


彼がその後どうしたか、もうご理解頂けただろう。きっと彼は、政府の人間にこう持ちかけられる。

「あぁ、大変。貴方も被害者なのですね。」

「何の話だ。私は何も被害など受けていない。」

「あなたのその両腕、誰かに話をもちかけられ売ったのでしょう?」

「あぁ、いかにもそうだが。」

「近年、貴方のように騙されてしまう事件が多発しているのです。」

「なんだって、あれは騙されたのか。」

「どうです?貴方の欠けた両腕を取り戻しませんか?以前よりもっと使いやすい腕ですよ。」

「金は有り余っているしな。買うとしよう。」


そう言って、手に入れた金の倍の金額の腕を購入したのだった。彼が手に入れたのは、着け心地のとても良い、まるで生まれてからずっと自分の腕だったような、そんな両腕だった。

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替えのきくモノ。 蛍石 @shizuku11

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